1-3◆渡会 楓の秘密
学校の裏門にある駐車場は、いつも人影がない。南校舎が新設されてから、
北側にあるせいか駐車場の
先生のグレーメタリックのSUVに
駐車場の車止めと、ブロック塀の間には花壇があり、躑躅が延々と植わっていた。昔、家の庭にも躑躅があった。母と父が病院にいるから一緒に行こうと、連絡があって、私のことを祥子さんが迎えに来た。あの朝もこの匂いがした。
「
声の方を向くと、いつの間にか現れた先生が、スマホを手に持って、車に近づきながら、電子キーを押していた。車から解錠の音が鳴る。そのままスマホで話しながら、こちらへ近づいてくる。私は助手席のドアを開けて、シートに腰を下ろした。
通院初回のときに、私に合わせたシート位置が、変えられていない事に安心する。先生はドアに手をかけたまま、車の外で会話をつづけている。車の中は、雨の匂いと無縁だ。シートの布の匂いと、
「ごめん、すぐ出発するから」
電話を終えた先生が乗り込んで、車が動き出す。
「足、悪化するようなことしてない? 何か……また
先生はいつも、運転中は前を見たまま話しかける。表情が読みづらいけど、横顔を見つめていてもあまり気づかれない。
「いえ? 実は朝、少し走ってみたんですけど。痛みはないし、今日OKもらったら、明日から練習出ようと思ってます……」
「そっか、良かったよ。しかし、度会って走るの好きなんだな。俺なら医者からOKもらうまでは、絶対に自主練は休んでるよ……」
「朝、走るのが習慣になってるので、走らないと調子がでないというか……。あの……先生って、学生のころ部活とか、やってたんですか?」
地区予選が六月末から始まるので、早く調子を戻したい、というのが本音だが、それを言うと先生に気を
「うん……実は、バスケ部だった。科学部とか、将棋クラブとか思ってただろ? どっちも
少し右に体を傾けて、先生の横顔を盗み見る。
「そうですね……意外です。あの画像見て、色の恒常性がー、とか
先生は一瞬こちらを見るが、すぐに左下に目線を落として、笑い声を上げる。先生は笑う前に、左右のどちらかに目線を落とす
「空気読めなくて悪かった。けど、空気は吸うもんだろ? 読むってどうもなぁ……」
「なんですかそれ、
笑いを
「そうだよ。空気読んで
信号が赤に変わって、車が止まる。先生は左手の中指で、小さく三三七拍子を始める。これも先生の変な癖。
「私は、先生みたいに強くないから、やっぱり空気は読んじゃいます。」
俺は強いんじゃなくて、鈍感だって言われるよと、先生が呟く。その間も中指のリズムが全く崩れないので、それも可笑しくて、また笑ってしまう。
父が事故を起こした時、時間帯が遅かったことと、母の
当初、クラスメイトの多くは、歩行者の自殺行為に巻き込まれ、母を亡くした私に最大限の優しさで接してくれていた。変に
事故後、父は家に戻ることはなく、親類がかわるがわる家に来て、私の世話をした。祥子さんが、一番良く家に来てくれた。父の裁判と、中学への進学が重なった。私の生活の変化は、あまりに大きく、正確には全てを把握できていなかった。
起きたことを理解しようとするよりも、自分はこれまでと変わらないと
しかし、飲酒運転の報道から、クラスメイトの空気が変わった。母を亡くしても、明るく振舞う私は健気ではなく、犯罪者の娘として、あるまじき態度と映った。
更に、父が
SNSを通じて、そのことが学校であっという間に広まった。
事故じゃなくて殺人。父親は嘘をついて、罪を逃れようとしてる。事故の後も、娘は大声で笑ってた、新しい服買って、はしゃいでた。死んだ人に申し訳なくないのか。調子乗った書き込みしてる、父親がしたことを恥ずかしいと思わないのか。母親が死んだのは
周りが好き勝手に、言ったり書き込んだりする。見えない無数の正義の目が、常に見ていた。私はいつも周りの空気に敏感でなくてはならなかった。
もう一つ、状況を悪くさせるものがあった。私の瞳の色だ。私の瞳の
校則を守らずカラコンを入れているのに、家庭の事情がかわいそうだから特別扱いされていると、女子から冷ややかな仕打ちを受けた。正義は次第にエスカレートし、
「そうだ、今日診察してる間ちょっと用事済ませるから、終わったら電話して」
診察は三〇分もかからないので、先生はいつも待合室で待っている。私も帰りに用事があることを思い出す。
「あ、今日は帰りに寄るところがあるので、一人で帰ります」
「何だ? 遠慮するな、帰り乗せてくよ」
「いえ、通院とは関係ない用事で、方向も逆ですから……」
母の仏前に
「まさか、先生にばれるとヤバイとこに、寄るんじゃないだろうな……?」
「違いますよ!」
「じゃあ終ったら必ず電話して、支払いもあるし」
大丈夫だ、上手く嘘を吐けばいい。私は先生の言葉に
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