あやかし合戦再び!(2)
菊さんが、首を伸ばして水ノ上様に絡みつきながら言う。
「生き血を絞るなら逆さにつるして首をもがないといけないねえ」
水ノ上様は、悲鳴を上げて、菊さんの首を振りほどいて逃げようとすると、慎太郎さんが、ドスンと水ノ上様の上に乗った。
水ノ上様は、ぐへっと、カエルのつぶれたような声を出してぺしゃんと押しつぶされた。
「おいらが、抑えているから、平助さんと
「たすけてたも! よすがはあきらめるでおじゃる! もう二度とよすがの名前は口にしないでおじゃる! ど、どうか許してたもれー!」
「駄目だ! 直ぐに約束を
「平助さんと慎太郎さんで、胴体をつかんでいてくれ、俺が、首を引っ張るぞい」
「任せておけ。菊さん、たらいを用意してくれ、大きめのたらいがいい、絞った血があふれ出してしまわないようになあ」
「もう、用意してあるよ。さっき台所から借りてきた」
菊さんは、大きな抱えるほどのたらいを、どんと、水ノ上様の目の前に置いた。
それは、水ノ上様がゆったり入るほどの大きなたらいだった。
「許してたも! 許してたもれ!
目の前にたらいを置かれ、水ノ上様おんおんと泣き出し震えながら必死に
口をへの字に
その姿があまりにも哀れに見え、少しやりすぎたかもしれないと、よすがは九条様を見た。
九条様は、あきれ顔で、何とも見苦しいという顔をしていたが、よすがの視線を受けて妖達をなだめに入った。
「まあ、まあ…、河童さんも、平助さんも、今回だけは見逃してあげて下さらぬか?」
「水ノ上様も、二度とよすが殿の
「そうだなあ、その念書をたがえたら首をもらい受けると約束するなら、今回だけは見逃してもいいぞい」
河童さんが腕を組みながら偉そうに言う。
「いいや、それだけではだめだ、忘れぬように毎月酒と一緒に約束を守っているという手紙を添えてわしらに届けてもらう。もし、それが守られなかった場合は、生き血を絞って、宴会をするというのはどうだ? なあ、皆?」
とりあえず、
「それはいい!」
妖達の考えが決まったようなので、どうにか慎太郎さんの石臼から解放された、水ノ上様に訊ねると、こくこくと必死に同意を示した。
「よし! そうと決まれば、今日は宴会だ! 酒も、魚もたんとあるし、朝まで飲み明かすぞ!」
「…、此処でのむでおじゃるか…? もう、帰ってはどうでおじゃる…」
水ノ上様は、思ったことを口にせずにはいられない性格のようだ。
恐ろしいくせに、妖達を怒らせてしまいそうな言葉を、小声ではあるが呟いた。
だが、妖達も、似たような性格なので、水ノ上様の言葉など聞きもしないで、それぞれに酒を注いで飲み始める。
妖達は飲み始めたらきりがないので、よすがと九条様は、先に引き上げることにした。
屋敷の前まで送ってくださった、九条様と、弁慶様に挨拶をして門の中に入ろうとしたよすがの手を九条様に捕まれ、よすがはびっくりして振り返った。
「九条様?」
「よすが殿のぬくもりを、ほんの少し分けてほしい…」
九条様は、そう呟いて手をぎゅっと握りしめた。
お酒の席では手を握られることはよくあるが、よすがにとって、手は大事な商売道具なので、握られないように
よすがの手を握り損ねた殿方が悔しそうにするのを冷たい目で
だが、不意を突かれて手を握られてしまったよすがは、九条様の大きな手のぬくもりに心地よさを感じてしまった。
本来なら、
弁慶様は、そっと物陰に身をひそめ二人を見守った。
ほんの一瞬の出来事だったが、こんなところを誰かに見られては、又妙なうわさを立てられてしまうと心配になった。
九条様は、そんなよすがの気持ちを察してか、パッと手を離すと体を
「よすが殿、又明日、奉納舞をお願いします」
それだけ言うと去って行ってしまった。
何だか物足りないような妙な気持ちのまま、よすがは屋敷に入った。
にゃまとはいつの間にか、屋敷にの中に入ってお気に入りの布団にくるまっていた。
九条様の気持ちを知ってしまった日から、ほわほわと幸せな気持ちが止まらないよすがだった。
ましてや、あんなふうにされたら、何もかもが崩れ落ちてしまいそうに浮かれてしまう。
名残惜しくて、引き留めたくなってしまったのだと、一人になってから気が付いた。
今まで、考えたこともないことだった。…これが恋をするということなのかしら…。
よすがは、自分の変わりように、改めて呆れてしまった。
九条様は家路に向いながら、星空みあげて上機嫌で弁慶に言った。
「弁慶よ、今日は良い日であったなあ」
「はい、殿。ほんにすっきりいたしました。胸のつかえがとれた思い出ですな」
「よすが殿は、私に特別に気を許してくれている。さっき、実感したぞ」
「誰にもよすが殿のあの柔らかい手を握ることは許さないのに、私には許してくれたのだ。こんなうれしいことがあろうか!」
「はい。ほんに素晴らしき
九条様が屋敷につくと、頼朝様のご使者が来ていた。
頼朝様は、悪霊退治の知らせを受け、よすがに興味を持たれたようで、都で名高い白拍子の舞をぜひ見てみたいと使いを寄こしたようである。
「兄上は私に、よすが殿を連れて、鎌倉に来るようにお命じになったというのか?」
「はい。直ぐにでも連れてまいれと、仰せられて、私は、手ぶらでは帰れません」
「しかし、よすが殿は、人気故、すでにひと月先まで約束が決められているであろう。それを断るわけにはいかない。予定を立ててからでなければ無理だ」
「はあ…。」
使いは、ションボリとうなだれて、困り顔になった。
「一先ず、よすが殿に話をして、私と行ってくれるか、聞いてみよう」
「お願いします。殿は、十分な
九条様の言葉に安心した使いは、意気込んでまくしたてた。
翌日、九条様は、よすがのもとを訪ね、事のあらましを話した。
「頼朝様が私を鎌倉にお呼びなのですか…」
よすがは戸惑った。鎌倉までの道のりはいったいどのくらいかかるのだろうか…?
ついこの間、妖の屋敷にとどめられてひと月ほども行方不明になっていた。
幸い、皆が理解してくれ、やっと元の状態に戻ったばかりだった。
「急な話故、よすが殿に聞いて見なければと返事を待たせているのですが、もちろん、無理なら断ってくださっても構いません」
九条様は、そう言ってくださるが、頼朝様の命令をむげに断っては、反乱の意志ありと取られてしまうかもしれない。
そうなれば、九条様の立場は危うくなってしまう。
よすがが、困った顔をしていると、九条様は、弁慶様に言い放った。
「弁慶、この度はよすが殿の都合がつかぬゆえ、お断り申すと、使いを返してくれ」
「殿…。かしこまりいたしました…」
弁慶様も、さすがに煮え切らない返事をしたが、九条様がよすがを大切に思っていることを知っているので、仕方なく頷いた。
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