妖合戦再び(1)

 九条様は、伝手つてを使って、水ノ上様に近づいた。

「水ノ上様は、よすが殿と親しくされているそうですね」

「おお、そうでおじゃる。麻呂は、よすがを気に入って夜な夜なよすがの元に通っておりますのじゃ」

 その一言に九条様は、はらわたが煮えかえるほど腹がっ立った。

 でたらめを言うなと殴ってやりたい気持ちをグッと堪える。

「実を言いますと、私もよすが殿とは親しいのです。何しろ、私の屋敷をよすが殿に管理してもらっていますので」

「…ほお…」

 水ノ上様は、実に微妙な反応をしてくれた。

 妖達に追い出されたことを知っている九条様にとっては、この反応は実に面白かった。

「あの屋敷については、秘密がありまして、水ノ上様も、夜な夜な通っていらっしやるなら、当然知っておられると思いますが…、特に夜は、彼らの時間なのでいくら、お社様やしろさまが守っていらっしゃるとはいえ、抑えるのも限度がありましてな…」

「…」

 水ノ上様は、思い出したのか、身震いする。

 九条様は、それを横目にわざと大げさに言う。

「夜に顔を出そうものなら、嫉妬しっとに狂ったような彼らの餌食えじきになってしまいかねませんから、私も昼間のよすが殿の奉納舞の時以外は行かないようにしているのです」

 水ノ上様は、餌食になった経験から大きく頷いて、ぶるぶると震えた。

「彼らは、よすが殿にほれ込んでいますからなあ。少しでもよすが殿に、ちょっかいを掛ければ、何をされるかわかりませんよ」

 水ノ上様は額から冷や汗をながしながら、うんうんとうなずいている。

「それに、彼らは非常に耳がいい! ほんの噂話でも耳して、いたずらをしかねないのです。水ノ上様も、よすが殿の話はしないに越したことはありませんぞ」

「え、ええ!」

水ノ上様は、驚いて、きょろきょろと周りを見回す。さっきの話を妖に聞かれたのではないかと心配になったようだ。

 九条様は、たっぷり脅しをかけて、ほくそ笑んでいるが、まだまだこれで終わったわけではない。

 水ノ上様のことだ、少しくらいの脅しではすぐに忘れてまた何をしでかすか分かったものじゃない。

「ところで、水ノ上様は、先ほどよすが殿の所に夜な夜な通っているとおっしゃいましたが、本当ですかな?」

「い、いや、…あれはほんの冗談でごじゃるよ…」

「そうですか…、しかし、問題ですな。妖達は冗談の通じるやからではないのですよ。もしかしたら、今夜にもおかえりになる道中で、襲われかねませんぞ」

 水ノ上様は青くなってブルブル震え上がる。

「九条よ、そなた、麻呂まろを守ってたもれ。そなたの方が、奴らをよく知っているのであろう。何とかなだめてもらえぬであろうか」

 九条様は、水ノ上様の言葉ににやりと笑う。掛かった!

「そうですな…。ここはやはりよすが殿に詫びを入れて、心を入れ替えて二度と嘘をつかないと約束されるのが良いのではないでしょうか」

「し、しかし、あの屋敷には…」

 水ノ上様にしてみれば、あの屋敷には、二度と近づきたくないのだろう。

「水ノ上様が出向かなくても大丈夫です。よすが殿を水ノ上様のお屋敷に招いて、もてなせばいいでしょう。ああ、何なら、明日にでもどうですかな」

 明日は、新月である。さすがの水ノ上様も、新月の夜に妖が動き回ることは知っているかもしれないなので、大げさに脅しをかけておいたのだが、案の定うろたえていた水ノ上様は、そんなことはすっかり忘れてすがるように、頷いた。

「それでは、手はずは私がととのえておきましょう。明日よすが殿を水ノ上様のお屋敷にお連れしますので、門を開けてお待ちください」

「おお、頼みました。これで、麻呂は、今夜襲われずに済みましょうか?」

 心細そうに、水ノ上様がつぶやいた。

 九条様は、必死に笑いをかみ殺して神妙な顔で答えた。

「もちろんです。心を入れ替え、詫びをしようとしているものに、いくら彼らだとて悪さはしないでしょう」

「おお、そうでおじゃるなあ。麻呂は心を入れ替えたでおじゃる。明日は、よすがに会えるでおじゃるか。いいことずくしでおじゃる」

 水ノ上様は、本当に懲りない方のようだ。前向き思考と言おうか、都合の悪いことは直ぐに記憶から消されてしまうようだ。

 これは、月に一度の妖怪合戦などで足りるのであろうかといささか心配になる九条様だった。


 そして、翌日の夜。

 妖達と計画を立て、よすがと九条様は、妖達と共に水ノ上様の屋敷に訪れた。

 もちろん、妖達が一緒なのを、水ノ上様は知る由もなく、大喜びでよすがを迎え入れた。

「よすが、九条も、よく来てくれた。麻呂の為に出向いてくれて嬉しいでおじゃる」

 いやいや、水ノ上様お詫びはどうなったのですか? と思わなくもなかったが、これから嫌と言うほど詫びてもらうつもりなので、とりあえず、皮肉だけ言っておく。

「水ノ上様、わたくしのほうこそ、先日は大したおもてなしも出来ませんでしたのに、水ノ上様からわざわざ、返礼を只けるとは思ってもいませんでした」

 水ノ上様は、よすがの言葉に妖達のことを思い出したのか、ぎくりとして言葉を濁した。

「い、…あ、あ…あ…ま、ま、…ろ…ろろろ…」

 すでに震え上がって言葉になっていなかった。

 少しは思い出してくれただろうか…?



「ところで、水ノ上様、昨夜二度と嘘は言わないとお約束してくださったのに、その舌の根も乾かないうちに、又、よすが殿を愛人にしているなどと吹聴ふいちょうしておられたようですね」

「な、何を申すか、麻呂はそのようなことは一言も言ってないでおじゃる」

「そんなはずはありませんな…。妖達が耳にしたと騒いでおりましたからな」

「ひ!…」

 水ノ上様は、慌てて口を両手で覆った。

(聞いたぞ…、聞いたぞ…)

 何処からともなく声が響いてきた。

 水ノ上様は、頭を抱えてうずくまった。

「ち、違うでおじゃる! 麻呂は、よすがと、恋仲になりたいと言っただけでおじゃる! そうなったらいいなあと…言っただけでおじゃる」

「まあ!」

 よすがは呆れて、冷たい目で水ノ上様を見下ろした。

「まあ、妄想もうそうも、願望も紙一重ですから…、夢を見るくらいは自由でしょうが、人に吹聴した時点で噂は立つものです。それが、どんな尾ひれがついたとんでもない話に膨らまないとも限りませんし、そのようなことは言わずにおくのがいいと思いますよ」

 九条様は、哀れみの声色に、脅しを交えて力説する。

「そ、そうであろう! 夢を見ることは希望にもつながる良いことなのじゃ。麻呂は、夢を持って未来に希望を抱いただけなのでおじゃる」

 水ノ上様は、本当にプラス思考で、九条様の脅しも全く通じていないようである。

 よすがと九条様は、顔を見合わせてため息をついた。

「…はあ…」

(だめだ、こいつはお仕置きしなければ)

 姿を隠していた妖達が騒ぎ始めた。

(今度は私らの出番かねえ、あんた!)

(そうだな、人間は本当に胡瓜の味がするのかたのしみだなあ)

(河童さん、その前に生き血を絞って、酒に混ぜて皆で宴会をしようじゃないかい?)

「ひー! た、助けてたもれ…、麻呂は死にたくないでおじゃる」

 泣きながらぶるぶる震える水ノ上様の前に、妖達が一人二人と姿を現して取り囲む。

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