和解
まほろばの
雲の切れ間に
あらわれし
うたかたの夢
よすがの舞は、
今にも、そのうるんだ瞳から涙がこぼれるのではないかと思えるような儚さで、切なく胸を締め付けられた。
扇で顔を隠すと、もしや泣いているのではないかとひやひやした。
傷付いた心を押し隠し、一心に舞う姿によけいに胸が痛んだ。
浅はかな自分を悔やみ、許せなかった。
出来るものなら今すぐ駆け寄り抱きしめたい。
しかし、今の自分に許されるのは、心を殺して見つめることだけだった。
よすがは、舞が終わると、何時も挨拶をして回るのが常だったが、今日に限って、舞が終わるとそのまま席を外してしまった。
まるで、こぼれる涙を見られないように逃げ出したように見えた。
九条様は、胸を切り裂かれる思いで、いてもたってもいられず、
心は焦るが、夜の暗闇は、探し物には向かない。まばらにある
声を上げることも出来ず、もくもくと探し続けた。
雲の切れ間に月が顔を出すと、木の陰に白いものが目に入った。
白い
やっと見つけた…。
よすがはじっと佇み、月を見上げていた。
どう、声をかけていいのか分からず、言葉もなくそっと近づいた。
人の気配によすがは体を固くして樹の陰に隠れるように身を引いた。
願わくば
雲の切れ間に
恋う人を
朧月夜の
うたかたの夢
九条様は、よすがの今様に対しての返歌を返してみた。
よすがは、見つかってしまったことに気が付き、あきらめて樹の陰から出てきた。
白い水干姿のよすがが、月の光の中に現れる。
九条様は、月の精霊が舞い降りたように綺麗だと切なくその姿に見入った。
「九条様、お酒を召されすぎましたか?」
よすがは平静を装って話しかけた。
「いいえ、違います!」
九条様は、今まで決して言えなかった言葉をためらいがちに言葉にした。
「…あなたの側にいたくて、追いかけてきてしまいました。私は、何か、あなたの気分を害すことをしてしまったようだ」
「…九条様、それは、…誤解です。私は何も気分を害してなどいません」
「それなら、あなたの中を、水ノ上様が占めてしまっているので、私にはつれない態度なのでしょうか?」
「何のお話でしょうか? 私にはわかりかねます」
よすがは
九条様は、いったい何を言おうとしていらっしゃるの?
さっきの歌も、恋の歌だった…。まるで、私に恋い焦がれているとでも言っているような態度を、何故、するのだろう?
そんなよすがの心をさらに揺さぶるように、九条様はたたみ掛ける。
「
「水ノ上様と、あなたの
私が水ノ上様と仲睦ましいですって?
そんなことを考えただけでもおぞましいのに、そんなことがあるわけがないわ。
よすがは、眉を寄せて気持ち悪い話を止めようと思ったが、九条様は、どんどん話を続ける。
よすがは黙って聞いているしかなかった。
「だが、幸い、
「私は、もう二度とあなたのそば近くで親しくしていただくことは許されぬのですね…」
ますます、よすがに
これ以上聞いていたら、せっかく思い切った心が揺らいでしまいそうだった。
「その様な
九条様は、今まで半信半疑だったが、よすがの口からはっきり水ノ上様はいないの言葉を聞けて気持ちが落ち着いた。
「その一言が、私にとって、どれほど嬉しいことかお分かりになりますか」
よすがは心をゆすぶられることに耐えきれず、
「九条様、どうか、その様なお
九条様は、悲しそうに顔を上げてよすがをじっと見た。
「私は、
いきなりの、九条様の本心に、よすがは、震える。
震える声で、やっと言葉を口にした。
「それはいけません。あなたは源のりっぱな武将なのですから」
「私は源の九男なので、気楽なものです。私は源の家にとって無くても良い存在なのです。
「そんなことはありませんわ! 立派な
「九男ごときが出しゃばってはいけませんでした。かえって
「…」
「なので、私は都でふらふらと遊び暮しているのが一番ふさわしいのです」
あ、やっぱりとよすがが思ったのを察した九条様が慌てて言葉を繕った。
「…都でふらふらと遊び暮らしていると言いましたが、女人のもとを渡り歩いているわけではありません」
「…違うのですか…?」
「違います! その様に見せかけて、実際には間諜(かんちょう)のような役目をしています。都の
「…」
やっと誤解を解けたと思ったのだろうか、九条様は話を元に戻して尋ねる。
「よすが殿、私がよすが殿の元に行けなかった事情は、理解していただけたでしょうか?」
よすがも、ここまでまっすぐ打ち明けられては、社交辞令でかえすわけにいかなくなった。
よすがは、扇をたたんでしまい、丁寧にお辞儀をしてわびた。
「九条様、私は、あの日とても失礼な物言いをしてしまったと、悔いていたのです。もし、お会い出来たら失礼を詫びたいと思っていました」
「いえ、私も
九条様は、その懐の深さで、よすがの過ちを許してくださったのだと思うと、自然と素直な言葉がこぼれた。
「ずっと、待っていました。一日千十の思いで…。九条様のお顔が見られないことがこのように寂しいことだと思い知らされました…」
伏せたまつげが寂しさをたたえていて、胸を切なくさせた。
「よすが殿…」
九条様は感極まり、かけよるとグイッとよすがを引き寄せ抱きしめた。
いけないと思うのに、寂しかった心が望んでい過ぎて、拒むことが出来なかった。
*-*-*-*
この後二人がどうなったのかは、皆さまのご想像にお任せしたいと思います。
ちなみに、その1
二人で宴会に戻って、今まで通りに楽しく過ごした。
その2
思いがあふれて、口づけを交わしてしまった。(きゃー!)
その3
二人で抜け出し、秘密の夜を過ごしてしまった。(ありえない
かな)
この時代の背景的にはかなり緩かったようなので、その3もありかもしれませんが、続きは、この後の出来事を飛ばして進みたいと思います。
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