妖大合戦

  何か良い策を考えねばならなかった。

 このお屋敷は、お社様が守ってくださるゆえ、悪霊あくりょうなどは決して入っては来られない。

 しかし、見た目はどうであれ、水ノ上様は普通の人間なので、屋敷の守りも、弾いてはくれない。

 福さんも人見知りなので、普通の知らない人が訪ねてきたときは、顔も見せない。

 よすがが、思案しあんに暮れていると、平助さんと慎太郎さんがやってきた。

「よすがさん、鏡をもらいに来た」

「平助さん、慎太郎さん、お仕事終わったのね。お疲れ様、ここにあるわよ」

 二人は、鏡が入った箱を覗き込んだ。

「よかったなあ、平助さん、これで鏡が治せる。そうすれば、目が痛いと、蔵に閉じこもることもなくなるな」

「え、割れた鏡直せるの? 蔵で休んでいたのもこのせいだったの?」

 よすがは、妖の屋敷にいたころ、平助さんが蔵で休んでいるので、慎太郎さんが寂しがって大泣きしていた時のことを思い出した。

「直せるが、おれは、このままにしておこうと思う。これは、おれがしてはいけないことをしたいましめだ」

「平助さんは、悪くないぞ、奥方は、赤子が生き返って喜んでいたんじゃ。おいらが気を抜いてしまったのが悪いんだ」

「違う。妖は人間にはなれん。いずれ問題が起きてたはずだ。おれは、やってはいけないことをやってしまったんだ」

「そんな事ゆうなよ…」

 慎太郎さんが、泣きそうな顔をすると、平助さんが、泣くな、泣くなとなだめた。

「悪かったな。おれがお前を引っ掻きまわしてしまった。只の石臼いしうすの方が良かったじゃろが」

「今は、もう、ただの石臼だ。名前は赤ん坊の名前だがな」

「そのせいで、泣き虫になってしもうて。だが、もう、大泣きしてもいいぞ。石臼が側にあれば、力がなくなっても石臼いしうすに戻って休めばいい」

「平助さんもじゃ」

「ああ、そうだな。よすがさん本当にありがとう。この恩は忘れない」

「私は何も、見つけたのはにゃまとだし、あ、そうだわ!」

 にゃまとは、自分の名前が出ると、にょこっと布団から顔を出したが、又すぐに潜ってしまう。

 よすがは、いたずら好きな妖達あやかしたちを頼ることを思いついた。

 ちょうど、鏡と石臼を取りに来た平助さんと、慎太郎さんに相談した。

 平助さんと慎太郎さんは、よすがの話を聞くと、嬉しそうに、それぞれ鏡と石臼を持って妖の屋敷に戻っていった。

 

       *-*

「誰かある。水ノ上様がおこしである」

 お付きの者が声をかける。

 にゃまとは猫の姿で出て行った。

「何だ、猫か。誰もいないわけはあるまい。これ猫、よすがの所にあないせい」

 供の者が偉そうににゃまとの命令する。

 にゃまとは、目の前で男の子の姿に変わって言った。

「こっちにゃ」

 それを見ていた二人は、目を白黒して怖気づいていた。

「よすがが、待っているにゃ」

 よすがの名前を聞いて、水ノ上様は、靴を脱ぎ捨てると、ずかずかと家の中に上がり込んできて座敷の障子しょうじ戸を開けた。

 次の瞬間、悲鳴を上げて、腰を抜かしてしまった。

 それもそのはず、妖達が勢ぞろいして出迎えたのである。

「水ノ上様、お待ちしておりました」

 よすがは、座敷の戸口に座って三つ指を突き、皆を代表して丁寧ていねいにあいさつをした。

 よすがの後ろから、河童かっぱさんが顔をのぞかせて興味深々きょうみしんしんに訊ねた。

「今日の宴会の酒のつまみは、この人間か?」

「父ちゃん、今日のつまみは奇妙きみょうな人間だね」

「な、無礼な! 麻呂のどこが奇妙だというのでごじゃる!」

「何処って、奇妙な顔をした人間だねえ。こんな滑稽こっけいな顔は始めて見たよ」

 どれどれと、皆が集まってくる。

「本当だ。奇妙な顔だ」

 皆が大笑いするのをこわごわ眺め、それでもぽつりと言い返す。

「麻呂より、お前たちの方が奇妙でおじゃる…」

 そういいながら、後ずさり、逃げ出す機会を探っている。

 こそこそと帰ろうとした水ノ上様の前に、慎太郎さんがでんとすわっ廊下をふさいだ。

「何処へ行くんだね?」

「麻呂は用事を思い出したでおじゃる、そこを通してたもれ」

 水ノ上様は、言葉で言っても動こうとしない慎太郎さんをどかそうとして、押してみたがびくともしなかった。さすが石臼だけある。

「何を、勝手に帰ってはだめだぞい。酒のつまみがなくなるぞい」

 河童どんが、水ノ上様の首根くびねっこをつまんで引きずって座敷にもどそうとする。

「な、麻呂はつまみではないでおじゃる!」

「離すでおじゃる!」

 わめきながらも、河童さんの力にはかなわず、ずるずると引きずられていく。

 よすがは、公家様ともあろうお方が、この扱いは少し気の毒な気もするが、妖怪たちにしてみれば、公家様であろうが関係なかった。久々に見つけたおもちゃなのだ。

 水ノ上様は、座敷に引き戻され、亀吉さんと菊さんの間に座った。

 ソワソワと腰を浮かして、冷や汗をたらたらと流していた。

 まるで食われるとでも思っている警戒けいかい仕様しようだが、人のいい妖達は水ノ上様に酒を進める。

 こわごわさかずきを受け取り、口に運ぶが、隣でちびちびと飲んでいる亀吉さんを不思議そうにじっと見ている。

「お前は、首から酒を飲むのか? 変わった妖怪でごじゃる」

「首じゃない! わしの口は小さくてかわいいのだ! お前の様に偽物の口と違うわい」

「それが口なのか? 首のしわかと思ったでごじゃる…」

「な、なんだと!」

 亀吉さんが額を真っ赤にして怒る。

「そ、そんなに怒らなくてもいいではないか? 麻呂は思ったままを言っただけでごじゃる…」

 亀吉さんはぷんぷん怒って、隣の平助さんと席を入れ替わってしまった。

 平助さんの顔を見た水ノ上様は、ぎょっとして、しかし、珍しいものには興味をひかれるようで、平助さんの顔をじっと見入っている。

 そして、又ぽつりと言う…。

「大きな目のわりに、目玉が小さいのだな…」

「なに! もとは一つだったものが二つに割れたから半分になっただけだ! もとは大きくて立派な目玉だったんだぞ!」

 平助さんは、目玉が小さいと言われるのが一番許せないように、二つの目玉を寄せてぎろりと睨む。

「そ、そんな事情じじょうを麻呂は知らないでおじゃる…。ここのものは、皆怒り虫でおじゃるな…」

「あんた、人を怒らせる才能さいのうがあるね」

 反対隣りの菊さんが、おかしそうに声をかけた。

「おお、そなたは、なかなかの美人でおじゃる。麻呂は気に入ったでおじゃる」

「そお?」

 菊さんは、ご機嫌で、するすると首を伸ばして天井から水ノ上様を見下ろしてキャハハと笑う。


 さすがにこれには水ノ上様も驚いた。盃を投げ出して部屋の隅まで逃げ、ふすまに張り付いた。

「うわー! く、首が」

 菊さんは、そこに座ったまま、首だけで、水ノ上様をおいかける。

「私の首、素敵でしょう?」

「ひー!」

 水ノ上様は、のけぞってひっくり返り、はって逃げようとすると、こんどは慎太郎さんがやってきて、その背中に覆いかぶさる。

「おんぶしておくれよ…おいら眠いんだ」

 慎太郎さんが、水ノ上様におぶさると、水ノ上様は、慎太郎さんの重さでぺしゃんとつぶれてしまった。

「ぐふっつ!」

 その潰れた白い顔は腹芸で、泣き顔をつくっている様子にそっくりだった。

 潰れた水ノ上様の上に乗っかって慎太郎さんが今にも泣きそうに駄々をこねた。

「おんぶしてくれないと泣くぞ」

「う、うわー! な、泣きたいのは麻呂でおじゃる」

 水ノ上様は、必死に慎太郎さんから逃れようと、手足をバタバタさせてもがいている。

 その様子が余りにもおかしくて、しかし、さすがに笑っては失礼だと思い、必死で笑いをこらえた。

 そのお顔は、汗と涙で白粉しろこが流れ落ちてぐしゃぐしゃで、いつのまにかおちょぼ口は塗り広げられて大口になっている…、誰が妖なのか分からないほどだった。

「た、助けてくれ!」

 水ノ上様は、腰を抜かし、はいつくばって屋敷から逃げ出し外で待っていた従者にかつがれて帰って行った。

「なんだ、つまらないぞい。わしらのでばんがなくなってしまったぞい」

「もう少し、根性のあるやつだったらよかったねえ、あんた」

 まだ、遊び足りなかったようで、河童の夫婦は、がっかりしていた。

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