かがり封印

 弁慶様が、なぎなたを横にし、通せんぼうをして五人ほどを一気に押し返している。

「来てはなりませぬ!」

 九条様は、三人ほどの着物を引っ張ってしりぞけようと奮闘ふんとうしながらも、心配して声をかけてくださる。

「よすが殿陣から出てはなりませんぞ!」

 よすがは、扇をばっと開く。

 高くかざして大きく振り仰ぎ、扇をくるくると回して風を起こす。

 扇は光を四方にまき散らした。

 今様は、昨日と同じ光の宴だ。

 よすがの声は扇が起こした風と光に乗って震撼していく。木々が、草花が、身震いする。

 よすがが舞い始めると、昨夜のようにまた光が集まってきて、よすがの陣の周りを取り囲んだ。

 よすがの声が響き始めると、かがりの声がかき消されていくようだった。

 よすがの声が響いて、かがりの声を打ち負かしている。

 よすがと、かがりの一騎打ちだ。都一と言ってもらったプライドから負けるわけにはいかない!

 震撼した木々や、草花から反響したよすがの声が返ってくると、あたり一面に響き渡って、かがりの声を完全に打ち負かしてしまった。

 今まで五芒星ごぼうせいじんを壊そうとしていたものたちが、バタバタとその場に倒れた。

 次の瞬間、よすがの周りを守っていた光たちが一斉にかがりに飛び掛かっていった。

 かがりは光に押しつぶされその場にぺしゃんと落ちた。上に積み重なった光はかがりを抑え込んでいる。

「弁慶、今のうちに灯篭とうろうを取ってまいれ」

「は、殿、承知いたしました」

 弁慶様が、蔵の戸を開けると、今度は、簡単に開く。

 中に入り灯篭をもって戻ってきた弁慶様が、護摩ごまを燃やした炎に近づこうとすると、かがりを抑え込んでいた光たちが、灯篭の周りに集まって、弁慶様をはばもうとしている。

 その様子を一同呆気に取られて見ていたが、事情を察した九条様が、自分が持っていた護符ごふを灯篭に張り付けて言った。

榊様さかきさま、彼らはかがりを助けてほしいようです」

「かがりも、長きにわたって、我が家に仕えてくれた灯篭。皆仲間なのだろう。かがりを処分しては皆の反感を買ってしまうな。どうしたものか…」

 榊様が困り果てていると、にゃまとが蔵の中から、かがりが入っていたらしき箱を持ってきて九条様に渡した。

「にゃまと、これはかがりが入っていた箱か?」

「そうにゃ、かがりはまたここに入って、蔵の奥の部屋にしまうのがいいにゃ」

 にゃまとが言っているのは、奥方が閉じ込められていた座敷牢ざしきろうのことだろうか?

 九条様は、にゃまとから箱を受け取り、かがりを中にしまって、榊様に手渡した。

 箱は、外から護符を破った跡があり、明らかに人の手によるあやまちと思えた。

 榊様は、何やら考えていたようだが納得したように頷いて箱を受け取り感心したようににゃまとを見た。

「確かにわが屋敷に座敷牢などは不要なもの。あそこをかがりの居場所として、二度と誰も開けないようにとびらを封印しましょう」

 榊様がそう言うと、光たちは納得したようにすっと、消えて行った。おそらく蔵の中に帰ったのだろう。

 いつの間にか、かがりの姿もなくなっていた。陰陽師おんみょうじは、力を使い切ったようにふうっと、息を吐いてその場に座り込んだ。

 あまり役に立たなかったが、それでも精いっぱい頑張っていたのだろうご苦労様である。

 いや、陰陽師はこれからが仕事で、かがりを奥の部屋に封印しなければならない。

 榊様は、割れてしまった皿を、綺麗な新しい皿に変え、からからに干からびた紐を、油を吸わせた新しい紐と取り換えて、灯篭の中に入れ、箱にしまった。

 陰陽師が箱にもう一度護符を張った。

 最初に九条様が張った護符と箱の外と、二重の封印をして座敷牢の中にしまい、扉にも封印をした。

 割れたお皿と紐はお祓いをして、護摩をいた炎の中で燃やされパチパチとぜて粉々に砕け散った。

 これでかがりが人を襲うことはなくなると良いのだが。

 

 ともかくこれでひと段落付いたので、よすがは、魂鎮たましずめの奉納舞ほうのうまいを舞った。

 当たりは日が暮れかけて、夕日が照らし、赤く染まっている。


斜陽しゃように染まりしくれないかすみをまといて


幕引きの静かなる祈り捧げん


心やすけき眠りとこ永久(とわ)に


いさお振るいし勇者らも、幕下りしいまは眠り給え


まほろばに時を重ねた子供らは家路に帰り眠りにつく


心やすけき眠りとこ永久(とわ)に

 


 夕日に背を預け、りんと立つ白拍子しらびょうしくれないに染まり、扇を翻す。

 静かに響き渡る声に耳を傾け、その美しき姿に目を奪われて人々は息も止めて見入っていた。

 たくみに翻る扇は夕日をちりばめてきらめき、白い袖の周りを滑り踊る。

 はかなくもたおやかに、しなやかに、舞う白拍子の姿は、美しく幻想的げんそうてきだ。

ひらりひらりと袖がひるがえる様子は白いはすの花が開くようだった。極楽浄土ごくらくじょうどに咲くと言う美しい蓮が花開いてく…。

 夕日に輝き、気高く咲き誇る蓮の花。これ以上に美しい花はないだろう。

 そこにいる一同は極楽浄土ごくらくじょうど垣間かいま見た。


 よすがの舞が終わっても、一同は皆魂が抜けたように身じろぎもできずに、放心した状態で美しい舞の余韻に浸っていた。

 日が沈んでしまった頃に、ほうっと、ため息をついて現世うつしよに戻ったかのような様子で動き出した。

 榊様は、これまではあまり舞などに興味を持ったことのなかったお人のようだが、よすがの舞にはすっかり魅入られてしまい、自分だけではもったいない。奥方が元気になったら、ぜひ奥方にも舞を見せてほしいと懇願された。

 さらに、蔵の妖が起きださないように、年に一度、蔵の前で奉納舞を舞ってほしいとも頼まれた。

 よすがは心良く引き受け、榊様と言う新しいお得意様が出来た。

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