対決! よすがとかがり


 よすがは、昨夜の話を九条様に話した。

「うむ…。どうするかは、榊様の決められることだが、一応この話はしてみた方がよさそうですな」

「はい…。それで、平助さんの鏡と慎太郎さんの石臼いしうすを譲っていただけるよう、お願いしに伺おうと思っていたのですが、九条様も、榊様のお屋敷にいらっしゃるのですか?」

「そうなのです。今朝、榊様から使いが来ましてな、出来ればよすが殿にも来てもらいたいというので、迎えに来たのです」

「まあ、私に御用がおありなのでしょうか」

「あの宴の席でかがりの術を解いたのが、よすが殿の舞と今様であったので、今日も舞ってほしいということでした」

「あ、そういえば、九条様からいただいた、あの藤の扇。あの日は、ずっと光っていて、あの時も扇が光って、何かを教えてくれているような気がしたのです」

「それは不思議ですな」

「九条様も、あの日かがりの術をはじいていらっしゃいましたね」

「おお、私は、弁慶が護符ごふを持たせてくれていたのです。外に行くときには何時も持たされるのです」

「そうでしたか。さすがは、よくできた御家来です。お陰で命拾いでしたね」

「そう言っていただけると弁慶も喜びますな」

 九条様は、そう言って弁慶様の方を振り返り何やら促している。

「実は、よすが殿の分も、護符を用意いたしましたので、受け取っていただけると良いのですが」

「まあ、私にも護符をお授けくださるのですか。大変ありがたいことです」

 弁慶様は、ふところから護符を取り出し、よすがに渡した。

 にゃまとが側に来て興味深そうにじっと見ている。

「よすが、それがあれば、悪霊も怖くないにゃんか?」

「そうなのよ。にゃまと、とっても助かるわ」

「よすが、良かったにゃん」

 にゃまとは、嬉しそうによすがにすりすりする。

 弁慶様は、それをじっとうらやましそうに見ていた。

「朝早くに藪に打ち捨てられた遺体いたいとむらううそうで、昼頃に、蔵を開けて調べる予定らしいです」

「お坊様も、陰陽師おんみょうじもいらっしゃるのでしょう?」

「もちろん、呼んでいるようですがまあ、念のためと、払い終わった後の奉納と言うことですかな」

「私で、お役に立てるのでしょうか?」

「それはもちろんですぞ。都中さがしても、よすが殿以上の舞手はおりますまい」

「そういっていただいては、行かないわけにいきませんね」

「我々こそ、行っても何の役にも立たぬと思うのですが、榊様さかきさまが、どうしてもとおっしゃるので、成り行きだけでも見届けようかと思いましてな。おまけによすが殿の舞が見られるとあれば喜んで出かけていきます」


     *-*


 榊様のお屋敷に伺うと、すでに弔いが終わった後のようで、お庭にはなんと、九つもの棺桶かんおけが並べられていた。

 これから、それぞれ引き取られていくようだった。荷車に積み始められていて、家族の者たちがそばですすり泣いていた。

 なんとも気の毒な光景に、よすがも胸が詰まった。

 護摩ごまがたかれていたようで、煙の臭いが漂っている。九条様も、弁慶様も神妙な顔で手を合わせている。よすがも、心から冥福めいふくを祈った。

 しかし、問題はここからなのだ。かがりとの対決が待っている。

 よすがは、家にいる時に九条様から見せられたものがあった。

 九条様が、かがりの首があったあたりに妙なものが落ちているのに気が付いて拾ってみたそうだ。

 よすがが見せてもらうと、焼け付いた紐の切れ端のようなものだった。

「灯篭の紐の切れ端で…! 」

 そこまで言って、ぎょっとした、まさかこれは落ちたかがりの首では…?

 にゃまとが、側からのぞき込んでいった。

「かがりにゃん!」

「え! にゃまと、やっぱりそうなの?」

「なるほど、トカゲのしっぽ切りならぬかがりの頭切りですかな?」

 弁慶様が感心したようにつぶやく。

「そんなことが…」

 よすがは言葉を失くして、青ざめる。しっぽに比べて頭は無くてはならないものなのじゃないのか? 

「さすが灯篭だけありますな。確かに灯篭は紐の先が焼けきれることはよくあることですからな」

 九条様も感心したように言う。

 九条様は、一緒に弔ってもらいましょうと、まるで、菓子でもしまうように紙に包んだかがりの首をふところにしまった。

よすがはギョッとする。

 それ懐にしまうのですか? 首ですよ! とはいえずに、黙認するしかなかった。

 榊様のお屋敷につくと、屋敷内もかなりあわただしい様子だったが、榊様もかなりお疲れのようだった。

 高槻様は、昨夜のうちに、意識が戻られたので、網代車にてお屋敷へ帰られたということだった。

 それを聞いてよすがはほっとした。高槻様は、ご無事だったようだ。

 通された畳の間で、榊様は、御簾を上げて対面してくださった。

「昨夜は、色々世話になりました。続けてご足労頂き感謝する」

 榊様は、よすがたちに丁寧にお礼を言ってくださった。お疲れの様子の榊様ではあるが、今日これから蔵を開けるなら、知って頂いた方がいいとよすがは口を開いた。 

「榊様にお話ししておいた方が良いかと思いまして…」

 よすがは、昨日平助さんから聞いた話を、榊様に話した。

 榊様は、平助さんの鏡のことや、石臼の話にも驚いていたが、かがりの話には神妙に頷いていた。

「かがりは、灯篭の妖なのですか…数十年前にもわが屋敷で同じことが起こっていたと…」

「榊様にお渡ししたいものがありまして」

 九条様は、先ほど懐にしまった、かがりの首を榊様に差し出して、あらましのことを話した。

 榊様は、恐る恐る包みを開け中をのぞいていたが、気味悪そうに石月様を呼んで手渡した。

 石月様も、話を聞くとぎょっとした様子でそれを受け取り何処かへ持って行った。

 よすがは、やっぱりこの反応が普通だと思う。

 九条様も、弁慶様も、強者過ぎる。

 元々、何事にもあまり動じる様子のない九条様だったが、不気味ではないのだろうか?

 懐に仕舞うなどと考えられない!

 だが、考えてみれば沢山の戦場を乗り越えてこられた方だ、これくらいのことで驚いてはいられなかっただろう。

 今は穏やかに笑っていらっしやるが、九条様の背景を垣間かいま見た気がして、苦難の道を歩んでいらした九条様の様子に思いをはせる。

 そこへ、陰陽師おんみょうじが準備が整いましたと呼びに来た。

 蔵の前に行くと星形の五芒星ごぼうせいなわで作ったじんが、三つしかれていた。

 陰陽師の手順は、一つによすが、もう一つに九条様と弁慶様、残りが陰陽師と榊様が入る。

 そして、弁慶様が護符を外してかがりが出てきたところを、陰陽師が縛りの術を掛けて抑えたところで、灯篭とうろうのありかを知る弁慶様が、蔵の中から灯篭を持ち出し、側にいている護摩ごまの炎の中に投げ入れれば、かがりは消滅するだろうという考えのようだった。

 なるほどと皆でうなずき、それぞれ位置についた。

 よすがは、五芒星の陣に入りながら不安はなくならなかった。

 かがりは、九人もの人を食らった妖怪になってしまっている。

 もし、予想外のことが起こったなら対処できるのだろうか…。

 しかし、手はず通りに事は運ぼうとしていた。

 弁慶様は、蔵の前にスタンバイして、すでに護符を外そうとしている。

 よすがにできるのは、見守り、最後に霊鎮たましずめの舞を舞うことだけだ。

「それでは、皆様方よろしいですかな。開けますぞ」

 弁慶様が、護符を外し、蔵の引き戸を思いきり全開に開いたとたんに、首のないかがりが飛び出してきた。

 陰陽師が、術を唱え、かがりは一瞬動きを止めた。

 良かった、予定どうりに運びそうだと思ったが、弁慶様が蔵の中に入ろうとすると、蔵の戸がぴしゃりと閉じてしまった。

 弁慶様の力で開けようとしても、びくともしないようだった。

「駄目ですあきませぬ」

 弁慶様が叫んだ。

 九条様が、刀を抜いて、かがりに切りかかろうとすれば、かがりはふわりと浮かび上がり刀を避けてしまった。

 陰陽師の力がかがりに負けているらしい。

 浮かびあがったかがりの肩から、にょきっと、頭がえてきた。

 皆が、驚愕きょうがくしてその様子を眺めた。

 やっぱり、首を落とされたくらいでは、かがりには大したダメージはなかったようだ。

 新しく生えた頭で、昨夜と同じ今様と舞を舞い始めた。

 すると、屋敷の本殿から、榊様の使用人たちがぞろぞろと出てきた。

 皆操られている! 

 何も見ていない目をして、無表情で、五芒星の陣を壊そうとする。

 それぞれ縄に手をかけ引っ張る。陣を壊されてしまっては、陰陽師はともかく榊様は操られてしまうかもしれない。

 弁慶様、九条様は、すでに陣の中にさえいないが、護符の守りは聞いているようだ。

 九条様と弁慶様が、追い払おうと威嚇するが、操られているため恐怖も感じなようで、弁慶様が長刀を振り回しても近寄ろうとして、かえって弁慶様の方が避けなければならない有様だった。

 五芒星の陣を壊されないように、せいぜい突き飛ばすくらいしかできない。

 よすがの陣の周りにも、三人ほどの使用人が寄ってきている。九条様がそばに寄らないように頑張っているが、相手は感情も持たない人形のように、避けても避けてもよってくる。

 よすがの懐で、また藤の扇が光っていた。よすがは扇を取り出した。

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