平助さんと慎太郎さん二人の出来事



  翌朝、九条様と弁慶様が、よすがの家にやってきた。

 よすがは、昨夜のことは、自分の出番ではないと思っていたので、榊様が何とかするだろうと思っていた。

 なので、これ以上関わるつもりはなかった。


 しかし、昨夜のうちによすがは、にゃまとから聞いた、榊様の蔵にあった、鏡と石臼の話を平助さんと、慎太郎さんに話さなければと思い、夜もだいぶ遅かったが、妖の屋敷を訪ねた。

 にゃまとも、男の子の姿で、とことことついてきた。今日のことを自慢する気満々のようだ。

 幸い、妖達は、夜更かしはほぼ毎夜のことだ。

 深夜にも関わらず、懐かしい顔ぶれがそろって、今日も、皆で酒を飲んで盛り上がっていた。

 よすがを見ると、皆上機嫌で喜んでくれた。

「よすがさんだ、どうしたのか? こんな夜遅くに。珍しいのう」

 のっぺらぼうの亀吉さんが、顎のあたりにあるチマっとした口を開いてうれしそうに言う。

「今日は、平助さんと、慎太郎さんに聞きたいことがあってきたの」

 よすがの後ろからひょこっとにゃまとが顔を出して口をはさんだ。

「僕が、平助さんと慎太郎さんを、榊様の蔵の中で見つけたにゃん」

 にゃまとが得意そうに言うと、平助さんが驚いたようににゃまとの側ににじり寄ってきた。

「榊様のお屋敷? にゃまと、榊様のお屋敷に行ってきたのか」 

「そうにゃん、蔵の中で見つけたにゃん」

 平助さんと慎太郎さんは、顔を見合わせて驚いていた。

「平助さんと、慎太郎さんにとっては、大切なものなのでしょう? もし、間違いがなくて、その鏡と石臼を側に置きたいのなら、榊様に譲っていただくことも出来ると思うのだけど、どうかしら?」

 よすがは、恐る恐る聞いてみる。もし、余計なお世話だと言われたら、にゃまとががっかりするだろうけど、ほっておくしかない。

 よすがの言葉に二人はうなずいて、しんみりと話し始めた。

「おいらは、最初は石臼いしうすだったんじゃ」

 ぽつりと慎太郎さんが口を開いた。

 平助さんの話によれば、平助さんは、確かにその鏡に宿っていた付喪神だったらしい。

 その当時の奥方が、大事に使っていたそうだ。

 奥方は、蕎麦そばが大好きで、趣味が高じて、自分で石臼を使ってそばを引いて作るほど凝っていたという。

 その石臼から慎太郎さんの元となる精霊が生まれていた。

 そのころ、奥方は赤ん坊を生んだが、その子は弱くてすぐに亡くなってしまったそうだ。

 奥方が嘆くのがかわいそうで、平助さんは、石臼の生まれたばかりの精霊を、亡くなった赤子の中に入れてしまったというのだ。

 赤子は生きていることになったが、元々石臼の精霊、うっかり気を抜くとずしんと、重くなってしまうので、周りが気味悪がり、その赤子を忌み嫌った。

 奥方はそれを気に病み病にかかりやつれて行った。

 平助さんは、それを見て自分のしたことを後悔したそうだ。

 自分のせいでやつれていく奥方の姿を鏡に映し出すたび、取り返しのつかないことをしてしまったと悔やんだ。

 奥方は最後の時に鏡を見て自分のやつれた姿を見ながら息絶えてしまった。

 その時、鏡の上に倒れてしまったため、鏡は真っ二つに割れてしまい、もともと一つだった平助さんの目は、二つに割れてしまったのだそうだ。

 しかし、そのことより、奥方のいなくなった、慎太郎さんは、どうなるかと心配して平助さんは、慎太郎さんを連れて、屋敷を逃げ出した。

 赤子を背負って、途方に暮れていたところに、お社様にお声を駆けていただき、今の妖の屋敷に住まわせてもらうことになったというのだ。

 慎太郎さんは、石臼から離れて赤子に憑依したので問題なかったが、鏡から離れた平助さんは、鏡が処分されてしまっては消える運命かも知れなかった。

 平助さんが、妖として消えずに、ここで暮らせているのはお社様のお陰なのかもしれない。

「そうなのね…それではやっぱり、榊様にお願いして、鏡と石臼は譲っていただいた方がいいかもしれないわね」

「よすがさん、そうしてください。お願いします」

 皆が口をそろえて言った。

「平助さんがいなくなるなんて、考えられないよ! 誰が買い出しの荷物を持ってくれるんだい?」

 菊さんが困るよと大げさに言った。

「そうだ、平助さんがいなくなったら、慎太郎さんが、毎日泣き明かして、耳がおかしくなる」

 玉どんが言うと、それに合わせて慎太郎さんも言う。

「そうだ、平助さんがいなくなったら、おいらは毎日泣くぞ」

「やっと玉どんが泣かなくなったのにねえ」

 菊さんが、玉どんをつつきながら言う。玉どんはプイとそっぽを向いてとぼけた。

「玉どんは、もう泣かないニャン」

 にゃまとが嬉しそうに言った。

「なんだ! みなして、おれの心配より自分の心配か? 薄情じゃのう…」

 平助さんが、不満そうに口をとがらせる。

「結局のところ、皆が平助さんにここにいてほしいと言っておるのだ」

 富さんがみんなの意見をまとめる。

「うん。私もそう思う」

 よすがが、笑いながら平助さんを見ると、まんざらでもないらしく、嬉しそうに笑った。

「そうか?」 

  やっぱり、明日にでも榊様のお屋敷に伺って、平助さんの鏡と、慎太郎さんの石臼を譲っていただけるようにお話ししなければと思う。

 ついでなので、かがりのことも聞いてみようと思った。


「平助さんは、かがりのことを知っている?」

「…! もしかして、かがりと言う灯篭とうろうのことか?」

「知ってるの! がかがりは灯篭だったのね。…蔵の中じゃなくて、お庭にいたの?」

 庭にいたなら、蔵の入り口を封印しても、無駄だ。今頃榊様が襲われているかもしれない? よすがは驚いて浮足立つ。

「いや、かがりは小さな箱型の灯篭とうろうで、天井のはりからつるしてあったというぞ」

 平助さんの言葉にホッとする。良かった弁慶様の護符が役に立つ。

「そうなのね。やっぱり蔵の中にいたの?」

「ずいぶん分前の話だな。お屋敷の使用人が、何人も不審な死に方をして、偉い坊さんに来てもらったことがあった。その時、坊さんが、灯篭を封印して、それからかがりは現れなくなった」

「と言うことは、…当時封印した護符か何かが説かれてしまったということかしら」

「蔵の中で、箱にしまわれて、しょっちゅうガタゴト音をさせていたが、出てくることはできないようだったなあ」

 慎太郎さんが、しゃがれた声で思い出したように言う。慎太郎さんは、平助さんと違って、蔵にいることが多かったのだろう。

「灯篭は、床に出ていたにゃん」

 にゃまとが、くりくりした目でよすがを見上げ、蔵の中で見たと話した。

「にゃまと、そうなの? どうして箱にしまわれていた灯篭が床に出ていたのかしら」

「だれかが、封印を破って箱を開けちまったということじゃない?」

 興味深そうに聞いていた菊さんが口をはさむ。

「一体誰がそんなことを…」

 慎太郎さんは、菊さんにうなずいて話をつづけた。

「元々、かがりは蔵の中を照らす灯篭として使われていたから、誰かが明かりが欲しくて、探すうちに、箱に文字でも書いてあったのかもしれん、開けてしまったのかもな」

 ありそうなことではあるが、封印の護符を外してしまうなんてとんでもなく不注意だ。

 お陰で、何人もの犠牲者が出た…。

 もしかしたら、本人もその一人になってしまった可能性もある。

 よすがは考えながら、やりきれない思いにため息をついた。

「かがりは初めは普通の灯篭だったのよね、どうして人の生き血をすするようになってしまったの?」

「ああ、あの時からだな」

「知っているの?」

「蔵で灯篭に火をつけたまま消し忘れた者がいて、かがりは燃え尽きてカラカラになってしまった。その時皿にひびが入って、割れ欠けていた。後から来たものが、油を足そうと、皿を持った時、うっかりひび割れで手を切ってしまった。その血が皿に落ち、からからに乾いていたかがりは生き血の味を覚えてしまったんだ」

「それから、蔵に来たものの生き血をすすり、だんだんと妖として大きな力を持ってしまった」

「若者と、高貴な身分の持ち主を好んで襲ったが、榊様の一族には手を出さなかった。そこは、義理を感じていたのかもしれん」

「そうなの…。かがりも何だか可哀想ね…」

 生き血をすするかがりは、恐ろしくてほってはおけないが、元々は悪いものだったわけではない。

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