灯篭の妖かがり
よすがは急いで駆け寄り、声を上げて呼びかけた。
揺すってみると、かすかに意識はあるようだった。良かったとホッとする。
皆、何があったのか訳も分からずあっけにとられてきょろきょろしていた。
噂話を聞いていた馬酔木は、隅の方で青くなっている。
よすがは、このままではまたうわさ話が余計に広がってしまうと案じていた。
弁慶様も、側にきて、高槻様の様子を見る。
「大丈夫です。息はあります」
「おおそうか良かった」
九条様は、
「榊様、今宵は宴をお開きにしてお客様にお帰りいただいてから、お話をさせていただいた方が良いかと思います」
ただならぬ雰囲気に、榊様は、直ぐに動いてくれた。
宴はお開きにして、お客たちを全員帰した。
一通りの話を聞き、大まかな状況を理解した榊様は、奥方と、高槻様を休ませ医者を呼んで介抱させた。
その間によすがと、九条様は、がらんとした広間に残り、弁慶様の話を聞いた。
弁慶様は、にゃまとが大活躍したとほめちぎった。
「にゃまとが居なければ、奥方様を見つけられなかった。本に立派な式神ですな」
弁慶様は、にゃまとの頭をしきりに撫でている。
にゃまとは、嬉しそうににゃあと泣いて、よすがの膝の上に載ってきた。
よすがにも、ほめてほしいのだろう。顔をすりすりして甘える。
「まあ、にゃまと、偉かったわね。帰ったら、玉どんにも、皆に話さなきゃね」
「僕は偉いにゃん」
にゃまとはますます得意そうに言う。
「おお、にゃまとがいてくれて良かった。弁慶も、助かったな」
九条様もほめてくれる。
「はい。殿、大助かりでした」
戻ってきた榊様に、弁慶様は、、倉に入ってしまったことを詫び、そこでの様子を話した。
「盗みが目的で入ったわけではないので蔵に入ったことは、構いませぬ。かえって、面倒をかけてしまい、その上妻を助けてもらいました。感謝の気持ちしかありません」
榊様の言葉に、よすがもホッとした。
奥方様を助けてもらった、弁慶様にお咎めはなかった。
しかし、かがりの話をすると、榊様は、かがりの存在は、ほとんど覚えていないようだった。
「かがりと言う白拍子ですか、…全く覚えがないのですが、何故我が館で、宴が催されていたのかも記憶がありません」
しきりに首をかしげる榊様の記憶は、半年も前からほぼ空白の状態らしい。
それを聞いた弁慶様が、思い出したように言った。
「そういえば、奥方様も、半年くらい前から座敷牢に入れられたと話していましたな」
弁慶様の話に榊様は驚いていた。
「麻呂が、妻を座敷牢に入れたというのは本当のことなのか? とても信じられぬ」
分からないだらけで、話が進まない。よすがは操られていないものを探すべきではないかと思った。
「誰かその間のことがわかるものはいませんか」
「屋敷の管理は石月にまかせている。誰か石月を呼んでまいれ」
やってきた石月様は、少し白髪交じりの初老の小柄な男性だった。
優しそうな面差しと、品のいい叔父様で、話し方も、穏やかな口調の感じのいい人だった。
しかし、石月様も、榊様同様半年ほどの記憶がない状態だった。
この方が嘘をついているようにはとても思えない。
屋敷中、奥方以外全員が操られていたのだろうか?
だとしたら、かがりは相当な力を持った妖怪だ。
何を仕掛けてくるかわからない。
よすがは、ゾクリと身震いした。寒気がして何処かでかがりが覗いてあざ笑っているような気がした。
「奥方様が、言っておられましたが、女中頭のさえさんはどうですかな。ずっと奥方の世話をされていたそうです」
弁慶様の言葉に、榊様も思いあったったように頷いた。
「そういえば、さっき妻の世話を頼んだ時に、座敷牢から出られて良かったと、たいそう喜んでいた。さえなら、何か知っているかも知れぬ」
古くから、このお屋敷に仕えている奥方付きの女官を呼び、話を聞いた。
「さえ、お前、かがりがいつから、この屋敷にいたのか知っているか」
「はい。半年ほど前でございます。何処から来たのか、素性も知れぬものを、旦那様が、おそばに置くと言われて、奥方様が、たいそう反対されたのですが、お怒りになった旦那様が、奥方様を座敷牢に閉じ込めてしまわれました」
あっけにとられたように言葉を失くしている榊様に、九条様は、気の毒そうに言
った。
「なるほど、その時にはすでにかがりに操られていたということですな」
「そうとしか思えません。いくらお怒りでも、奥方様にはたいそうお優しかった旦那様が、座敷牢に閉じ込めるなんて、わたくしには信じられない出来事でした」
「それなのに、お屋敷の中にとりなすものが誰もいなかったのですね」
よすがも、そんな理不尽なことに誰も反対しなかったのかと不思議に思い訪ねた。
「そうなのです。普段なら、旦那様を、諭してくださる石月様まで、まるで人が変わったようで、聞く耳を持たない状態でした」
石月様も、呆然と、さえさんの話を聞いて、信じられないという顔をしていた。
馬酔木さんの話に信憑性が出てきた。屋敷の中にいた沢山の霊達も関係あるかもしれない。
よすがは思い切って聞いてみた。
「それで、さえさん、他の使用人に突然死人が出たりということはあったのですか?」
さえさんは、ひどく驚いた様子で、急に震えだした。
「そのことをご存じなのですね」
「この屋敷に来た時に、馬酔木さんが、噂を聞いたと言っていたので、もしやと…」
さえさんは、よすがの言葉に、榊様の顔色を窺うように視線を送った。
榊様は、話せというように頷いて見せた。
それを受けて、さえさんは意を決したように話し始めた。
「はい。入ったばかりの若い下働きばかりが、突然姿を消すようなことが相次ぎ、でも、誰も気にしている様子もなくて、石月様にも聞き入れてもらえませんでした。私は、どうすることも出来ず、様子をさぐっていました」
さえさんの、顔がますます青ざめ震えもひどくなってきた。よほど恐ろしいことがあったのだろう。
皆は深刻な顔で、さえさんの話に耳を傾けた。
「其れからしばらくして…蔵の奥の藪から異様な臭いがするようになって…」
「何かと行ってみると、姿を消していた使用人たちの遺体がいくつも倒れて腐っていたのです」
さえさんの話に、皆がぞっとして青ざめた。
「そういえば、蔵の前に行ったときに、異様な臭いがしましたな。私は、それで、蔵の中に遺体でもあるのかと思ったのです」
弁慶様が、りりしい眉を顰め、ぽつりと言った。
さえさんは、よほど苦しかったのだろう。袖で顔を隠して涙を拭きながら、くぐもった声でつぶやくように声を絞り出した。
「おそらく、…かがりが生き血をすすって、殺してしまい…。そして、藪の中に捨てたのだと…思います…」
「と言うことは、遺体はまだそのままに?」
「はい。可哀想に思いましたが、わたくしにはどうしたらいいのか判断が付きかねましたので。奥方様にもこんな話をして、さらに心労をかけてはと思い言えませんでした」
榊様は、頭を抱えて大きくため息をついた。
よすがは、この屋敷の中にいた、沢山の霊達は、それだったのかと、ぞっとした。浮かばれない可哀想なものたちだったのだ。
弁慶様が、腕を組んで考え込んでいたが、深刻そうに口を開いた。
「蔵の中には沢山の妖がいるようでした。もしや、かがりは、その中の一人なのではないかと思うのですが、かがりのように害をなすものが、他にも出てくる可能性もあります。一度、蔵の整理をなさって、
榊様も、神妙に頷いて蔵を見てみようと言われた。
だが、今日は夜もだいぶ更けている。このような時間にには、妖の思うつぼかもしれない。
明日明るいときにしましょうと言い、皆で榊様のお屋敷を後にした。
念のため蔵の入り口に弁慶様が護符を張って封印をした。
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