灯篭の妖かがり

 よすがは、今日は高槻高槻様からご紹介いただいた、公家のさかき様のお屋敷に招かれている。

「福さん、行ってきますね」

「行ってくるにゃ」

 今日もにゃまとと二人でお出かけだ。

 今日行く榊様のお屋敷は初めてなので、少し緊張している。気に入ってもらえれば、又、お声をかけてもらえるかもしれない。お得意様を増やすチャンスである。

夕暮れ時の初夏のさわやかな風が頬に気持ち良かった。

 まだ明るさの残る空には、すでに満月に近い月が中天近くに上ってきていた。

 にゃまとは夜目がきくので暗い夜道は、にゃまとに手を引いてもらって歩いたが、まだ足元を照らすほどには暗くないので、にゃまとと二人、歩くのも楽しかった。

 意気揚々と出掛けてきたよすがだったが、榊様のお屋敷について、中に入った途端息をのんで固まった。

 それ以上前に進むことが出来なかった。

 このところ家で妖などを見ることがなくなったので、つい、護符ごふを置いてきてしまったのだが…。

 いるいる…。

 いるなんて可愛いもんじゃない。見渡す限り何処にでも、目につく妖の存在。

 にゃまとは、自分も妖の癖に、妖が苦手で、見る早々よすがの袖の裏に飛び込んできた。

 しかし、こんなに怖がっていても、いざとなるとよすがの為に牙をむいてくれるとても頼もしい相棒なのだ。

「にゃまと…。凄いね。大丈夫かな?」

「よすが、帰れにゃいにゃんか?」

 にゃまとはよすがの袖の陰からそっと、覗きながら、心細そうに言う。

 何時ものくりくりの目が、萎んで細くなっていた。

「う、うん、さすがに高槻様のご紹介なのに不義理ふぎりをすることはできないわ」

 よすがと、にゃまとが怖気づいて廊下を進めずにいると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。

「よすが殿、今日もご苦労様です」

 よすがが振り返ると満面の笑みを浮かべた、九条様と、弁慶べんけい様が、そばまで来ていらした。

「九条様、弁慶様も、今日の宴に参加されるのですか」

「おお、高槻様に、よすが殿が来ると聞いて、是非にとお頼みしました」

よすがに会えたことが嬉しくて仕方がないというように、まぶしいほどの笑顔で、得意そうに言った。

 九条様の満面の笑顔をまぶしく見ながらも、元気なく答えた。

「そうでしたか…」

「よすが殿どうされましたか?」

 よすがが、なんとなく沈んでいるように感じた九条様は、不思議そうに尋ねた。

「それが…」

「悪霊がいるにゃん」

「悪霊とな?」

九条様が、驚いた様子で尋ねた。

 よすがは、頷き、振り返って、さっきの廊下を見た。

 ところが、さっきまであれほど沢山いた妖の姿がいつの間にかなくなっていた。

「あら、いなくなっているわ…」

 よすがが、呆気に取られたように廊下を眺めていると、九条様も、じっと廊下を眺めてて不審そうに言った。

「それは、奇妙ですな…」

「はい、さっきまでずらっと、廊下いっぱいに、皆でこちらを見ていたのです」

 九条様は、よすがの話を聞いて少し考えてから言った。

「弁慶、ちと、探ってみてくれ。よすが殿に、危害でも加えられてはならんからな」

「は、かしこまり申した」

「僕も、一緒に行くにゃん」

 にゃまとは、猫の姿になって、弁慶様の後について行った。

 弁慶様は、にゃまとと一緒で嬉しくなった。ついでに、ダメもとで言ってみる。

「にゃまと、私の肩に乗るか?」

 弁慶様は、かがんで、自分の肩をポンと叩いて見せた。

「はいにゃ」

 にゃまとは、ためらう様子もなく弁慶様の肩によじ登ってきた。

「見晴らし良いにゃ!」

 弁慶様の肩は厚くがっしりしていて安定感があっていごごちが良かった。

 にゃまとは上機嫌である。

 弁慶様も、にゃまとが肩に乗ってくれたのが嬉しくて、つい足取りが軽くなる。

 鼻歌交じりに裏手に回ってみると、大きな蔵がどんと立っていた。

 妖、幽霊と言えば、たいがいが、蔵などにしまってある古いものにつく可能性が高い。

 それに、何やら腐った魚のような、異様な臭いがあたり一面にただよっている。

これは、蔵を調べてみるのがよさそうだと、弁慶様は、にゃまとに耳打ちする。

「にゃまと、この蔵が怪しい気がする」

 弁慶様が、こそっと言うので、にゃまとも声をひそめて、弁慶様の耳元でつぶやく。

「弁慶様、今周りには人の気配がないにゃん」

 お互いに悪だくみが一致したように頷きあう。

 にゃまとと仲良しになった気がする。いい! すごくいい! 弁慶様は嬉しくなった。

「おお、にゃまと、それならちょうどいいこっそり調べてみようぞ」

「はいにゃ!」

 弁慶様は、先の曲がった鉄の棒を鍵穴に押し込んで起用にかぎを開けてしまった。

 こっそり蔵の中に入る。

 蔵の中には、いくつもの棚がならんでおり、陳列棚には、びっしりと高級そうなものが並んでいた。

「ほわー、妖がいっぱいにゃん」

にゃまとは、蔵の中を見るなり声を上げた。くりくりの目をさらに見開いて、周りを見回す。

 警戒しているのだろう、弁慶様に捕まる肩に爪を立てていた。

「古くて、人の念の入った者には精霊せいれいが付くというが、これだけ立派なものが集まっているなら、そうなるかもしれんなあ…」

 弁慶様も、ぼやーっと感じるほのかな光を眺めてつぶやいた。

 蔵の中に一歩入った途端に、ぞろぞろと妖が集まってきて、嬉しそうに付きまとう。

 妖ではあるが、悪いものではなかった。

 どの妖も、古い道具についている付喪神のようなものばかりだった。

 榊様は家柄の古い公家くげなので、蔵の中には、沢山の名品と言われる。道具類がしまわれていた。

 彼らは、何もしゃべらなかったので、聞いてみても無駄かと思った弁慶様は、蔵の中を物色してみた。

 しかし、蔵の中は真っ暗闇で、明り取りの窓もなく、物を探すにはとても苦労しそうだった。

 灯篭の明かりでもなかったら、ほぼ何も見えない状態だ。

 手探りで歩いていると、足元で何かにぶつかった。

 何かとよく見ると、棚から落ちてしまったのか、古い灯篭とうろうが床に転がっていた。

おや、やっぱり灯篭が使われていたのか…?

 にゃまとはどこにいるのかと気になって探すと、その少し先で、じっと何かを見ているようだった。

 ふたもない古い木箱の中に折れ曲がって割れた古い鏡が入っていた。その隣に、古びた石臼いしうすがあった。

 にゃまとは、目を見開いて、じっと古い鏡と石臼を見ていた。

「にゃまと、どうした?何かあるのか?」

 弁慶様が、不思議そうに聞いた。

「知りあいにゃん」

 つぶらな瞳で、弁慶様の方に視線を移して言う。

 暗がりでにゃまとの目が光って見えた。

 黒猫の光る目が余りにも可愛いので、思わず見とれ、言葉の意味を理解するのにしばらくの間が必要だった。

「…知り合い? その鏡と石臼いしうすがか?」

「平助さんと慎太郎さんにゃん」

「…?」

 弁慶様は、しばらく考えていたが、自信なさそうに、にゃまとに聞いてみる。

「つまり、…平助さんと、慎太郎さんは、この蔵の中で生まれた付喪神つくもがみと言うことか?」

 にゃまとは、くりっとしたつぶらな瞳でじっと弁慶様を見ている。

 小首をかしげ何とも可愛らしい。

 弁慶様は、可愛くてついじっと見いてしまった。

 にゃまとは一生懸命考えたのか、ぽつりと可愛い声で言う。

「? 僕が、玉どんの坊やだけど、よすがの式神しきがみなのと同じにゃんか?」

「…、あ、ああ、似ているかもしれない」

 弁慶様は、答えながらも、にゃまとの考えを理解しようと思考を巡らせた。

 しかし、その思考は、理解できなかったので、にゃまとがそう言うならそれでいいだろうということにした。

「これを持って行ってあげたら喜ぶにゃんか?」

 弁慶様は、又しても考える。付喪神が、本来の形代かたしろから離れて、姿を保てるものだろうか? 今は、どんに状態なのだろう? 

「にゃまと、事情がよくわからぬゆえ、今は、このままにしておいて、平助さんと慎太郎さんに、話を聞いてからにしようぞ」

「分かったにゃん」

「しかし、にゃまとは、立派な式神だなあ。そんなことがわかるとは、大したものだ」

「僕は大したよすがの式神にゃん」

 弁慶様に褒められ、にゃまとは嬉しそうに言った。その得意げな様子が、さらに可愛い。

「しかし、これと言って、問題はなさそうだが、他に行ってみるか?」

「弁慶様、あっちに何かあるにゃん」

にゃまとは鼻をスンスンさせながら、首を伸ばした。

 弁慶様は、にゃまとが首を伸ばした方向に目を凝らしてみたが、真っ暗で何も見えなかった。

「何も見えんが、何があるのだ?」

 にゃまとは、真っ暗な蔵の中も見えるらしく、ずんずん奥へ進んでいく。弁慶様は、半信半疑でにゃまとの後をついて行った。

 壁の所まで来るとその前で止まって言う。

「弁慶様、人の匂いがするにゃん。女の人にゃん」

「この奥に女人が、いると?」

 弁慶様が、にゃまとの前に行って壁を調べてみると、壁に見せかけた引き戸であることが分かった。

「これは、もしや隠し部屋かも知れんな」

「誰か閉じ込められているにゃんか?」

「うむ、そうかもしれんな」

 引き戸を止めている栓を引き抜いて開くと、奥は座敷牢ざしきろうになっていた。

 暗い牢の奥に女の人が横たわっている。

 弁慶様は、注意深く声をかけてみる。

「もし、あなたはなぜこのような場所にいるのですかな?」

 女人は、相当弱っているらしいが、かろうじて体を起こし、かすれたか細い声で答えた。

「助けてください。私は、榊の正室ですが、かがりに騙されここに閉じ込められてしまいました」

      *-*

宴の席に行くと、他にも白拍子が呼ばれていた。顔見知りの馬酔木(あしび)と、もう一人は初めて見る顔だった。

「こんばんわ。始めまして、よすがと申します。よろしゅうお願い申します」

「こんばんわ。かがりです。よろしゅう」

 かがりと名乗った子は、ぽつりと、小さな声で言うと、顔をそむけてしまった。

 なんだか、避けられているような気がして、よすがは、それ以上話しかけるのは気が引け、仕方なく、馬酔木の元に戻って訪ねた。 

「馬酔木さんは、かがりさんにあったことあるの?」

「ううん。うちも初めてや。よすがさんみたいに沢山のお座敷に招かれているお人でも初めてなん?」

「わたし、さかき様のお屋敷初めてなの。榊様のお得意なのかしら」

「そうかも知れないわね。私も、榊様のお屋敷初めてよ。」

「あら、馬酔木あしびさんも? そういえば、榊様って、こんなふうに宴を開くお方じゃなかったわよね」

「そうやねえ、…」

 馬酔木は、言葉を濁して、あいまいな返事をした。

 何か、気になることでもある様子だ。

 よすがが不思議そうに馬酔木を見ると、我慢できなくなったように話し始めた。

「よすがさん、私、おかしな話を聞いちゃったんだけど」

 扇越しに声を潜めてこっそり言った。

「最近榊様さかきさまの奥方様が行方不明とか、屋敷の使用人が、何人もいなくなったとか…」

 馬酔木は、眉を寄せる。

「このお屋敷入ったとき何となく背筋が冷たくなるような気がして…、よすがさんは、何ともない?」

 何ともないどころではなかった。この屋敷にはたくさんの妖がいる。

 しかし、そんなことを言って、馬酔木さんを怖がらせてもいけないし、榊様に対しても口にしていいことではないと思った。

 今、弁慶様とにゃまとが調べているし、もし何かあればわかるだろう。それまでは黙っていた方がいいと判断した。

 馬酔木あしびさんは、妖などが見えない人らしいが、異様な空気は感じていたらしい。

 それは、これだけ沢山いたら、見えない人でも何かは感じるだろう。

 よすがは何と答えたらいいのか答えあぐねていると、榊様からお声が掛かった。

「よすがよ、そなた今宵の一番手をかざってもらえぬかえ?」

「はい。お任せくださいませ」

 一番手は、よすがの番だった。よすがは、九条様のくださった、藤の扇で舞を披露した。

 藤の扇は仄かな光をまとっているように輝いて、ふわふわと軽く、よすがの手になじんで、いつもよりも、とび切り綺麗に舞うことが出来た。

 皆が喜び、拍手喝采はくしゅかっさいをおくった。

 よすが自身も満足の行く舞で、今日は出だしは不安だったが、嬉しくなった。

 榊様は、公家様なので、やはりお客様も公家様が多かった。

 公家様というのは風流を好み、頻繁に宴などを催して、よすがも呼んでいただくことが多かった。

 謝礼金も、桁が一桁違うくらい沢山いただける。

 今日は新しいお得意様ができるかもしれないと期待した。

 榊様をご紹介してくださった、高槻様もいらっしゃったので、榊様へのあいさつが終わると、真っ先に挨拶に行った。

 高槻様は、よすがをひいきにしてくださる公家のお得意様である。

「よすがよ、今宵の舞は格別であったぞ。そなたはおごらず、常に精進している。ますます芸に磨きがかかって見事じゃのう。麻呂は、いつもそなたの舞を楽しみにしておるぞ」

「ありがとうございます。そういっていただけることこそ、わたくしの励みでございます。本に何時もご贔屓にしていただいてありがとうございます」

 高槻様がら、お褒めの言葉をいただいて、今日の仕事は合格点をいただいたのだと、よすがはほっとした。

 よすがは、一通りご挨拶あいさつをして回ると、皆が口々にほめてくださった。初めてのお屋敷で、思い通りに舞うことが出来て幸せだと思った。

 お陰で、何人かお得意様を確保できた。この分なら、何か所かでお座敷に呼んでいただけるだろう。

 最後に九条様に挨拶に行くと、隣の席を開けてくださったので、隣に座った。

 二番目に馬酔木あしびが舞う。

 三番目が、かがりの番だった。宴もだいぶたけなわになって、皆がかなり酔いが回ってにぎやかになっていた。あまり真剣に舞を見てもらえなさそうである。

 よすがは、ここで舞うのは、少し気の毒な気がしていたが、かがりは、気にした様子もなかったので見守ることにした。

 九条様は、隣に座るよすがに満足し、よすがに酒を進めた。

 よすがも、自分の役目を果たし、気持ちがほぐれたようで、頬をほんのり染めて妙に色かを漂わせている。

 九条様は、そんなよすがを見つめて、もじもじと落ち着かない気分になった。

 そんな時、よすがが、すっと何気なく手を横に置いた。

 九条様の真横に置かれたよすがの白い手は、好きにしてくれと言わんばかりである。

 その手の愛らしさにじっと見入る。

 よすがは、気分が良かったので、お酒も勧められるままに杯を重ねてほろ酔い気分だったが、突然、緊張が走った。

 隣の九条様が、よすがの手の上にお手を重ねられたからだった。

 九条様は、無防備に隣に置かれているよすがの白い手が、可愛くて、触ってみたい衝動に駆られていた。

 じっと手を見る。白くて、小さくて、触ったら柔らかそうで、触りたい。と思っているうちに、うっかり手が動いてしまったことに気が付いて焦る。

 よすがのしなやかな白い手は、まるで誘惑しているようだ。

 その手で、おいでおいでをして誘っているようで触ってみたい衝動が、抑えられなかった。

 どうしたものか…。

 よすが殿に思いきり軽蔑されてしまうだろうか?

 九条様が、びくびくして様子をうかがっているが、よすがは、動く様子がない。

 …気が付いていないのか? 

 怖くて顔を見ることはできない。少しでも動けば気づかれて軽蔑されるかもしれないと思うと怖かった。

 固まったまま九条様は、考える。

 このままそっと、手をどければ、よすが殿に気が付かれずに済むだろうか? 

 いや、だが、触れた手は、思った通り、柔らかくて小さく、九条様の手の中にすっぽり入って何とも愛しかった。

 よすが殿は、まったく動く気配がない…。

 もしかして、拒んでいないのかもしれない?

 せっかくよすが殿の手に触れることが出来たのに離してしまうのは何とも惜しい気がして、九条様は、身動きもできずに息をしてもばれてしまいそうで、息を殺して固まっていた。

 よすがも、固まっていた。

 九条様、お酒を召されたにしても、いつもと違う大胆さだった。戸惑いながらも、嬉しい気持ちが勝ってしまう。

 九条様の大きな温かいお手は、よすがの手を包み込むようで、じわじわと、心が温まり、じんわりと幸せがしみ込んでくる。

 だが、しかし、どうしてこうなったのだろう? 

 もしかしたら、うっかりお手を置いた場所が、私の手の上だっただけで、気が付いていらっしゃらないかもしれない? 少し落胆しながら、多分そんなことだろうと思った。

 もしそうなら、無為に手をどけては恥を掻かせてしまうかもしれない。

 ここは、素知らぬふりをしていた方がいいだろうか。そうすれば、もう少しこのままいられる。

 きっとそのうち動かれる筈だ。

 よすがも、できるだけ動かずじっとしていることにした。

 二人の間に妙な緊張感が漂っている。お互いに顔を見ることが出来ず、顔をそむけあって、手を重ねたまま息を殺してまるで絵画のようにじっと固まっていた。

 そうしてから、しばらくたつが、いっこうによすがの動く気配がない…どうしてだろう?

 九条様は、考える。

 もしかしたら、拒まれていないかも知れない…? 

 そうならどんなに嬉しいことだろうと、湧き上がる欲望に耐えられなくなって、ほんの少しだけ、手に力を入れて、よすがの手を握ってみる。

 よすがは、動く様子がない。

 もしかして、気が付いてはいるが、私を拒んではいないのか? ?

 心臓がバクバクと大きくなり始めた。

 よすがは手を握る力を感じて気が付いた。

 これは九条様の御意思で触れているのだと。

 誰にも気づかれず、禅の下でそっと手を重ねている。

 心が高揚するのを抑えられない。

 これは、相愛の男女がすることだと思うと、嬉しさと、困惑が入り混じる。

 困惑するよすがの視線の先に、光るものが見えた。

 扇が、さっきよりもさらに光を放っているのに気が付いた。

 かがりが舞台に出て舞い始めると、よすがの持っていた藤の扇が、時々ポッポっと光るような気がした。

 同じような光が九条様の周りにも光っている。

 よすがは、不思議に思って、周りを見回してぎょっとした。

 何やら、異様な雰囲気がすると思ったら、、皆がその場で倒れている。

 よすがは、隣の九条様に声をかける。

「九条様!」

 九条様は、息をするのも止めるほど固まっていたので、不意によすがに声をかけられ飛び上がるほど驚いた。

 慌てて手をどけて、その手を自分でぺしぺしと叩いている。

「よすが殿、いや、これは、その…」

 九条様は、必死で言い訳を試みるが、よすがの様子がおかしいと気が付いた。

 何やら、おびえているようだ。周りを見回してみて初めて気が付いた。

「おや、何やら怪しい雰囲気ですな」

 いつもながら、九条様の動じない物言いによすがは、頼もしく思った。

 良かった。九条様は、恐れていらっしゃらない。

「九条様、起きているのは私たち二人だけのようです」

 よすがは、小声で九条様に耳打ちする。

「そのようですな。一体何が起きているのかを見極めなければいけませぬな」

「そうですね…。でも何故私たちだけが平気なのでしょう?」

「分かりませぬが、しかし、我々も、倒れたふりをしておいたほうが良いですかな。何か仕掛けてくるかもしれません。探ってみましょう」

「はい。分かりました」

 よすがは、その場に蹲る。九条様も同じように蹲ったが、しまった。向かい合わせに倒れたため、やたら顔が近かった。

 前を見ればばっちり目があってしまった。

 さっきの余韻を引きずったまま、心臓が早鐘を打つ。

 手を握り合った男女は、その後どうするのだろう? 

 そんな考えが頭をよぎってしまって、どうしていいのかわからず、二人目を皿のように見開いたままじっと見つめあって固まっていた。

 しばらくして、ハッと気が付く。こんなことをしている場合ではない。

 二人気まずそうに顔の向きを変えた。

 倒れた状態で、あたりをよく見てみると、その場にいた中で、一人、白拍子のかがりだけが立って舞を舞っている。

「九条様、白拍子のかがりは操られていないようです」

 かがりも、我々のように掛からなかった一人なのだろうか? それなら危険だ! 助けなければならないだろう。

 だが、逆に、かがりが犯人なら、何をするつもりなのか見極めなければならない。

「うむ…。もう少し様子を見ましょう」

 九条様は冷静に言い、真剣な目でじっとかがりを凝視している。 

 九条様とよすがは、息を殺してじっと様子を窺っていると、かがりは近くの者に顔を近づけて何かしている。

 しばらくそうしていた後、満足そうに顔を上げると、ニタリと笑う。誰かはわからぬが、かがりに捕まっていたものはぐったりと動かない。

 かがりは、次の獲物に手をかける。

 そのまがまがしい雰囲気によすがは背筋がぞっとするのを覚えた。

「九条様、もしかしてかがりは、人の命をすする鬼なのでは…」

 よすがは九条様に耳打ちする。

 九条様も、一部始終を見て判断したように立ち上がった。

「これは見逃すわけにはいきませぬな。吸い付くされたものは死んでしまいますぞ」

 次の獲物に手を伸ばしかけていたかがりは、九条様に気が付いて振り返るとぎろりと睨み、何やらつぶやいているようだ。

 九条様に何らかの術を掛けて、ここの皆と同じように眠らせるつもりなのかもしれない。

 しかし、九条様の体を光が包んでいて、かがりの術をはじいているように見えた。

「おのれ、邪魔をするものは先に食らってやる」

 かがりが、九条様に襲い掛かろうとしたが、九条様は、刀を抜いてスパッと、かがりの首を切り落としてしまった。

 切り落とされたかがりの首は、ごとッと音を立てて床に落ちて転がった。

「ひっ!」

 転がった首をまじかに見てしまって思わず悲鳴が漏れた。体にギュッと力がはいって縮上がった。 

「よすが殿、気を付けなされ。私の後ろにいなさい」

 九条様は、よすがを後ろにかばいながら、刀を構えている。

 悪鬼の首が落ちたというのに、まだけりが付いたわけではないようだった。

 不審に思い、恐る恐る首を見ると、ぎろりと光る目が、こちらをにらみつけていた。

 首が落とされたのに睨みつけている! 

 だが、問題はそこではなかった。

 さっきまで大人しく倒れていた人々が起き上がって、九条様に襲い掛かってきたのだ。

 さすがの九条様でも、この人数は厳しい。操られているようだが、皆、刀を持ったそれなりの武人と言える人たちばかりだ。

 キン、キンと、金属のぶつかる音に、身がすくむ。

 何時もなら身軽な九条様も、よすがを後ろにかばっているため動きが取れない状態だ。

 声を上げて助けを呼ぶべきだろうかと思うが思いとどまる。

 もし、助けに来た者たちが、操られてしまえば,さらに敵を増やすことになってしまう。

 頼みの弁慶様は、まだ帰ってきていない。

 思案していると、よすがのすぐそばでポッポと何かが光っている。

 なんだろうと見ると、藤の扇だった、そういえば、今日はずっと、光っていたような気がする。

 無意識に扇を開くと、扇から、さあーッと光が流れ出した。その光を見ると操られているものたちが怯んでいる様子だった。

 よすがは、光に誘われるように舞い始める。

 何故か、扇がそう、教えてくれているようで声を上げて歌う。


花咲け光の宴。今宵集まれ花の申し子らよ


歌い、踊り、ここに集いて、花の園を築き上げよ


今宵は宴、皆集まれ。咲き誇る花の美しき時を楽しもう


ここに集まれ、咲き誇れ、花咲け、今宵は光の宴


 よすがの歌声に屋敷のあちこちから光が集まってくる。

 輝ききながら、ふわふわと浮かびながら精霊? 妖? 分からないがきっと助けに来てくれたのだと思った。

 その光が集まってくると、九条様に襲い掛かっていた者たちがバタバタとその場に倒れて行った。

 光りが消えるとそこにいたはずのかがりの姿がその場から消えた。転げ落ちていた首もなくなっっていた。

「よすが殿、怪我はありませぬか?」

 九条様は、真っ先によすがの側に歩み寄り、無事を確認した。

「は…い。九条様は、お怪我はありませんか?」

 沢山の男達と闘っていた九条様が、怪我でもしていないか、よすがは心配で仕方なかった。

「私は大事ありません。」

 そういいながらも、九条様の着物が避けているのを見て、ぎょっとした。

「でも、衣装が切れています。お怪我をなさったのでは…」

 よすがは、九条様の腕に触れて確認するように言う。

「いや、着物をかすっただけです。怪我はしていません」

 あっけらかんと笑う九条様だが、よく見ればあちこちに切り裂かれた跡があった。

 よすがは、顔を抑えて座り込んでしまった。

「御無事で、ようございました…」

「ご安心くだされ、どっこも怪我などしておりません」

 よすがが、とても心配してくれたようなので、九条様は嬉しくなって、よすがの前に座り笑ってみせた。

 座り込んで笑っている場合ではないのだけれど、と、よすがは思いながら、周りを見回してみる。

 また起き上がってきたらどうしようかと考えるが、不安そうに周りを見るよすがに、九条様が言った。

「よすが殿、おそらくかがりは何者かに連れていかれた様子。しばらくは戻りますまい。心配いりませぬよ」

 全く九条様は、何時ものことながら神経の太いかただ。

 よすがは、九条様の言葉でいつも安心させられている。

 本当に心配いらないのだろうか。この倒れた人たちをどうしたらいいのか頭を悩ませている。

 この中に、高槻様や、榊様もいらっしゃるのだ。もしも元通りにならなかったらどうなってしまうのか? 

 しかし、かといって怖いので側に行って様子を見ることもためらわれた。

 側に行って無駄に起こしてしまって、又襲ってこられたらもう、どうしていいのかわからない。

 よすがが、気をもんでいるのにたいして、九条様は、にこにことよすがの前で笑っている。

 何がそんなに嬉しいのですかと、よすがはもう少しでブチ切れそうだった。

 そうして居る内に、弁慶様とにゃまとが、女人を連れてやってきた。 

 にゃまとと、弁慶様は、座敷牢ざしきろうに閉じ込められていたさかき様の奥方を助け出して連れてきたのだ。

 弁慶様とにゃまとを見てよすがはほっとした。

 良かった。

 決して九条様が頼りないというわけではないが、弁慶様の安心感は、何よりも大きかった。

 一人より二人の方がいいに決まっている。

 それに弁慶様なら、九条様にお怪我をさせずに守ってくださるはずだ。

 奥方様は、あたりを見回し、座敷に横たわる人々の姿に驚いていたが、九条様が、直ぐに戻るだろうと話されると、疲れたようにそこにすわり、はなし始めた。


 奥方様の話によれば、かがりと言う白拍子がやってきてから、屋敷の中がおかしくなったと言う。

 榊様が別人のようになり、奥方を座敷牢に閉じ込めてしまったのだそうだ。

 奥方の話を聞いているうちに、かがりが消えて、術が解け始めたのだろうか、倒れていた人たちが一人二人と起き始めた。

 よすがは、最初の人が起き上がったのを見て思わず悲鳴を上げてしまい、起き上がった人をひどく驚かせてしまった。

「よすが殿大事ないですぞ、皆正気に戻ったようです」

 九条様になだめられ、よすがは、慌てて口を押えた。

「よすが、大丈夫にゃん?」

 にゃまとがよすがの膝の上に載って心配そうに見上げる。

「ごめん。にゃまと、大丈夫。九条様申し訳ありません」

「いやいや、驚いて当たり前です。よすが殿の舞がなければどうなっていたかわかりませんでしたからな」

「いえ、私などは…。九条様こそ、沢山の相手と戦われて、お疲れでしょう」

 そこへ、榊様も起きだし、奥方を見つけると不思議そうに、側に来た。

「お前どうしたんだい? これはいったいどうなっていいるのだ?」

 榊様は、不思議そうに周りを見渡した。

 普段から、あまり宴などを催したことのない榊様にとっては、不思議な光景だったようだ。

「あなた、私を座敷牢に入れたことを覚えていらっしゃらないのですか?」

「何を言っているんだ。麻呂まろが、お前を座敷牢などに入れるはずがないではないか」

 全く覚えがないようで、奥方の言葉に驚いている。

 弁慶様が、奥方が蔵の座敷牢に閉じ込められた話をすると、まるで呆けたように目を白黒させて、言葉を失くした。

「おや、榊様の奥方様ですか? 」

 皆が集まってくる。惚けていた榊様は、我に返り、慌てて自分の扇を奥方に渡して顔を隠した。

 その様子は、とても奥方を座敷牢に入れてしまうようには見えなかった。

 しかし、かがりは、どこにいってしまったのだろう?

 首を落とされたが、この場にいた人々を操っていたのだから、大したダメージは受けていないのかもしれない。

 そうなると、ほっておいてはまた同じことの繰り返しになってしまうだろう。

「九条様、かがりを探し出さなければなりませんね」

「うむ。そうしなければ、又被害が出るであろうな」

 被害で思い出したが、先ほど生き血をすすられていた人はどうなっただろう?

「九条様、先ほどの方は、もしや亡くなってしまったのでは…」

「おおそうじゃ!」

 九条様と、よすがが、襲われていた人の方を見ると、そこには、ぐったりと横たわった高槻様の姿が目に入った。なんと、被害者は、高槻様だったようだ。

「高槻様!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る