にゃまとは、掛け替えのない大切な家族
よすがは、次の日、意を決して玉どんのもとを訪れた。
玉どんに思い切って鈴を見せる。
「この鈴は…坊やの鈴…」
玉どんはじっと鈴を見つめ、すぐにわかったようで、何かを期待したような、何かをあきらめたような声で、恐る恐るそう言った。
「十年ほど前に雨の中で拾った子猫がつけていたものなんだけど…」
「そ、その子猫は、今はどうしている?」
「ごめんなさい…。見つけた時に、あまりにも衰弱していて、すぐに死んでしまったの」
玉どんはがくりと膝をついておおんと泣き出した。
「あ、あのね、その続きがあって、…これ、にゃまとの鈴なの」
玉どんは、大きな目からポロリと涙の粒をこぼしてよすがを見上げた。
「え…」
「ごめんなさい。その子猫の魂が自分が死んだことを理解していないみたいで、私に懐いてしまって、
「それじゃあ、にゃまとは、…?」
「ごめんなさい! 玉どんの坊やに勝手なことをしてしまって」
「それじゃあ、やっぱり、にゃまとは、わしの坊やなんだ!」
「そうなんだね! よすがさん、にゃまとはわしの坊やだ! わしの坊やなんだ!」
「あ、あの、にゃまとは式神として生まれ変わってしまったから、子猫のころの記憶があまりないみたいなの。だから、玉どんのこともわからなかったみたいで…」
「にゃまとが、わしの坊やには間違いないんだね?」
「この鈴が、坊やのものであるなら…」
「間違いない。赤い紐を付けてあったはずだ」
玉どんは、確信を持って言った。目をキラキラ輝かせている。
「ええ、赤い紐が付いていたわ。これよ」
よすがは、鈴と一緒にしまっておいたよれよれになった紐を見せた。
玉どんは、ギラギラ光る目を大きく見開いて言った。
「…、間違いなく坊やのものだよ!」
玉どんの言葉がずしんと心に重く響いた。
玉どんは、高揚した様子だった。長い年月探し求めていたものを見つけたのだ嬉しいだろう。
しかし、喜びにあふれる玉どんとは裏腹に、よすがの心には緊張が走る。
「玉どん、…あの、」
「死んでしまったと思っていた坊やに、こんな形でも巡り合えるとは奇跡だ。ありがたい。本当にありがたい」
玉どんは、また大きな目からぽろぽろと涙を流した。
「玉どん…」
「よすがさん、よくぞ坊やを拾ってくださった。なんとお礼を言ったらいいのか、わしは…、坊やが、優しい人に拾われていればいいと、どんなにか願っていたんだ」
「わしの坊や、やっと、やっと…」
玉どんは、言葉に詰まって、また、わおおーんと鳴き声を上げる。
よすがは胸をなでおろす。よかった、少なくとも玉どんは怒ってはいなかった。
しかし、玉どんに会うまでは、心に決めていた言葉を言うことが出来なかった。
ひたすら坊やを探し続けた玉どんに、にゃまとをくれとはどうしても言えなかった。
よすがは言葉を失くしてただそこにたたずむことしかできなかった。
玉どんを置いてよすがはとぼとぼと、部屋に戻ってきた。
にゃまとが心配そうに部屋の隅でよすがを覗き込んでいる。
「にゃまと、玉どんに、にゃまとのこと話してきたわ。玉どん、にゃまとに会えて良かったって、とても喜んでいたわ」
「よすがは、もう、僕のことをいらなくなったにゃんか?」
にゃまとはションボリとうなだれて言う。猫になっていたなら、きっと耳がぺしゃんこになっているだろう。
「何言ってるのにゃまと、玉どんに、にゃまとを返してくれって言われても、にゃまとはもう、私の家族だから、返せないって言うつもりだったのよ」
「だけど、玉どんを見ていたら、可哀想になって、言い出せなかったの…」
「よすがは、僕を玉どんに渡さないニャンか?」
にゃまとがくりくりした、大きな瞳を輝かせてよすがを見上げる。
にゃまとが元気がなかったのは、もしかして、私がにゃまとを手放すつもりだと思っていたから?
「渡したくない。にゃまとは、私のたった一人の大切な家族なんだよ。でも…、にゃまとは、お父さんのところに行きたい?」
「僕はよすがの側がいいにゃ!」
にゃまとは猫の姿になるとよすがの膝の上に丸くなった。
よすがが不安になるといつもそうしてくれる。
にゃまとを抱っこしてじっと耐えてきた。
二人でそうして頑張ってきた。
何時でもにゃまとは側にいてよすがを慰めてくれる存在であった。
にゃまとは玉どんに返さなければいけないだろうか?
玉どんに返してしまったら、もう、こんな風にいつでもそばにいてくれないだろうな…。
よすがは一人ぽっちになってしまうような寂しさをひしひしと感じた。
その日の夕刻、玉どんが、訪ねてきた。
ずっと泣いていたのだろう、顔がぐじゃぐじゃに濡れていた。
「玉どん…」
よすがは、玉どんが、にゃまとを返してくれと言いだすのではないかと、怯えながらじっと緊張して座っていた。
「坊やを死なせてしまったのはわしの責任だ。わしが、坊やに気を付けていなかったから、背中から消えていたことに気づかず…うう…」
やっぱり玉どんは、また泣き出した。
「にゃまと、わしは、駄目な悪い父親だ、許してくれ…」
おおんおおん泣きながら玉どんは、にゃまとに許してくれと何度も言う。
にゃまとは、それを見ていて、とことこと、玉どんのそばに行ってしゃがみこんだ。
「許すにゃん。玉どんは、駄目じゃにゃいにゃん」
玉どんは、泣くのをやめてにゃまとを見る。
「…そんなに簡単に…許すもんじゃない…」
「僕、玉どんがすごく坊やを大切に思っていること知ってるニャン」
「にゃまと…」
「でも、僕は、今はよすがの式神だから、玉どんは、子猫でがまんするにゃん」
なんだか、男の子の姿をしたにゃまとが、頼もしく見える。
「…にゃまと」
玉どんは、がっかりした顔をした。
よくわからないが、くしゃくしゃに濡れた顔で、口を不満そうに開けているから、そう見えた。
「子猫が沢山いるから玉どんは寂しくないニャン、でも、よすがの式神は、僕しかいないニャン。よすがが、一人ぽっちになるニャン」
よすがの気持ちをちゃんとわかってくれていたにゃまとに驚いた。
「一人ぽっちは嫌にゃん」
にゃまと自身も、一人ぼっちの寂しさを分かっているのかもしれないと思った。
よすがは、うれしくて涙があふれるのを止められなかった。
「にゃまと…」
「僕はずっと、よすがのそばにいるにゃん」
にゃまとは、小さな手で、よすがの頭をポンポンと叩いた。
よすがは、言葉もなくただうん、うん、とうなずいて涙を拭いた。
その様子を見ていた玉どんは、二人のきずなの強さを感じ取ったのだろうか、ニコーと笑っていった。
「わかった。わしは子猫の世話があるから、にゃまとはよすがさんに預ける。でも、会いたいときは会いに来る」
「でも、捕まえてなめたらだめにゃ!」
「なんだよ、それくらいいいだろ」
「だめにゃ!」
にゃまとは断固として断る。
良かった。にゃまとが何となく元気がなかったのは、にゃまともよすがと同じ気持ちで、離れたくないと思っていてくれたのだと思うと、余計ににゃまとへの信頼が深まった気がした。
そして、もう玉どんが坊やを思って泣くこともなくなった。
この近辺で化け猫の泣き声が聞こえるなどと言う噂もなくなるだろう。
全てが丸く収まって本当に良かったと、胸をなでおろすよすがだった。
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