妖の屋敷と、懐かしい顔ぶれ
九条様は、次の日から御家来を引き連れてやってきた。狭いお堂の隅に、ちんまりと行儀よく座って、熱心によすがの舞に見入っている。
よすがは宴会の
もちろん、宴会の席でも、話も忘れて一心に見てもらえる時もある。そんなときは、なんだか勝った気になる。
これは、最初から勝ちが決まっているようなものだから、白拍子
舞を舞うことに勝ち負けもないのだが、よすがは、舞にすべてをかけているので、つい、そんな考えに至ってしまうことがあった。
お社様は、日々沢山の人が訪れてくれて、活気づいているように感じる。
それでも、
鈴のことについては何も教えてくれない。一体、どうしたらいいのだろうか…?
舞が終わった後によすがは、お社様が何か言ってくれないかと祭壇に向かって座ってみた。
「よすが? どうしたにゃ」
にゃまとが、よすがの隣に座って心配そうに見上げている。
「にゃまと…」
「よすが殿、まだここにいらしたのですか」
「九条様、戻っていらしのですか」
九条様のご家来が、お社様にご挨拶をして帰られた後に、九条様一人で戻ってこられたようだ。
「よすが殿、玉どんは急に子だくさんになってどうしているだろうか。様子が気になりますな」
「そうですね。そういえば、あれからどうしているのか聞いてみませんでした」
「子猫を押し付けた責任もありますので、気になりましてな。様子を見に行かねばなりますまいと思い立ちまして」
よすががいろいろ考え悩んでいるのを見かねた九条様が、玉どんの様子を見に行こうといってくれた。
福さんに相談してみたところ、元々妖の屋敷にいた、私や、九条様なら、入れるかもしれないと言ってくれた。
少しづつ、裏と表をつなぐ入口は、広がってきているようだった。
それで、子猫を六匹もおしつけたままほっておくのは申し訳ないし、鈴のことはとりあえず置いておいて、玉どんにどうしたいのか聞いてみなければならないだろう。
「にゃまとも一緒に行く?」
一応、にゃまとに聞いてみた。にゃまとはうなずいた。
「うん。いくにゃ」
にゃまとは、この間から、なんだか元気がない気がする。
何となく、私の顔色を窺っているような、怯えているような感じだ。
福さんの後について、九条様と、にゃまとと、三人で出かけてみると、縁側に座って、子猫たちがじゃれあっているのをさみしそうに見ている玉どんの姿があった。
「玉どん久しぶりね。子猫たちはどう?」
「よすがさん、にゃまとに、九条様まで、心配して見にきてくれたのか?」
「ええ、子猫をたくさん見つけたのはいいけど、残念ながら坊やじゃなかったみたいね」
「わしの心配をしてくれて、ありがとう。わしは、気付いてしまった…。」
「玉どん…?」
「わしは、もう、坊やの父親ではなくなってしまったのだよ。いつの間にか
玉どんは、しんみりと言い、肩を落とした。
「玉どんの坊やは、いるにゃ!」
突然にゃまとが大きな声を出した。
「にゃまと」
「だから、あきらめちゃ駄目にゃ」
よすがは戸惑う、にゃまとは、玉どんに話すつもりなのだろうか?
よすがの胸に,一抹の不安がよぎった。もしかして、にゃまとは玉どんのところへ行ってしまう気なのだろうか?
「おや、よすがさんじゃないかえ」
いきなり菊さんの首だけがにょきっと真横に現れた。
さすがによすがは
「菊さん、吃驚したわ。外の様子は全く見えないから、他にもみんな居るの」
「いるよ。皆、上がっといで、九条様とよすがさんににゃまともいるよ」
「おお、久しぶりじゃのう」
にょこっと広ーい額の亀吉さんが、のっぺらぼうっぽく表れる。
さすがにもう慣れて驚かなくなった。
続いてこなき爺の慎太郎さんに、一つ目小僧もどきの平助さん、河童の夫婦も、皆勢ぞろいだ。
にゃまとの緊迫した空気はどこかへ消え失せていた。
よすがは内心ほっとしながらも、話す機会を失ってしまったことに罪悪感を覚えた。
たとえ、元の坊やが亡くなってしまっていても、にゃまととして存在していることは話してあげるべきではないかと思う。
それが、いいことなのか、悪いことなのか、よすがには判断できずにいるが、にゃまとが話そうとしたのなら、その気持ちを尊重してあげたい。
だが、同時に、そうしてしまったら、にゃまとは玉どんに返さなければいけないのか? と不安に襲われる。
よすがにとって、にゃまとは、かけがえのない家族なのだ。
「殿、酒樽をお持ちしました」
皆が広間にわらわらと集まってきたところでタイミングよく、
「おお、弁慶ここにおいてくれ」
さすが、弁慶様、入ってこられたのか…。確か、法力が使えると聞いていたから、普通の人にはできないことが出来たのだろうか?
九条様は、広間の真ん中に酒樽を据えた。
「ここが話に聞いていた妖の屋敷ですか。本にあちらの屋敷と同じに見えますな」
弁慶様はぐるりと部屋の中を見回していった。
「おお皆様方が、殿が大変お世話になり申した。私は一の家来の弁慶と申す。以後お見知りおきくだされ」
皆が、そばに行って、それぞれ挨拶するが、さすが弁慶様。肝の座ったお方だ。少しも怯む様子もなかった。
なんといっても、猫又の玉どん、のっぺらぼうに、一つ目小僧、こなき爺に、ろくろく首、河童の夫婦だ。皆、もどきともいえるが、それでも最初に見た時よすがは、腰を抜かしてしまった。
ついでに、神出鬼没の富さん、福さんもいるが、弁慶様はもともと福さんにも驚いた様子もなく受け入れていた。
広間にはいつの間にか御馳走が並べられていた。
九条様が差し入れてくださった魚やお肉があっという間に料理されて並べられた。
福さん富さん二人いるのだから早いこと、あっという間だった。
弁慶様は、玉どんの隣に座って話し仕掛ける。
「子猫は気にいってくれましたか」
「ああ、可愛いのう。黒猫はいい。玉子と同じじゃ」
「玉子というのは、奥さんの名前でしたな」
「そうだ。凛とした、本当にきれいな黒猫だった。わしは一目で気に入ってしまった」
弁慶様は、猫を相手でも、まったく
九条様もそうだったが、
「ほう、一目ぼれというやつですか。そう言えば殿も、よすがさんの舞う姿に一目ぼれしたといっていましたな」
「そりゃ、誰でも惚れるぞい。よすがさんの舞は美しいものなあ」
反対隣りの亀吉さんが言う。
「そうですな、確かに素晴らしいですな」
弁慶様も、深く頷いて同意する。
「そう、あの満月の夜に九条様とお二人で舞を舞われて、それはきれいだった…」
つながった目の中の二つの目玉をきょろきょろさせて、平助さんも、思い出すように言った。
「そんなにきれいでしたか」
弁慶様が身を乗り出して平助さんに答える。
「そりゃあ、天から舞い降りた
「
「それは見たかったですな」
弁慶様は残念そうに酒を飲みほしていった。
玉どんの奥さんの話から全く違う話に飛んでしまったが、玉どんは、子猫を
どうしたらいいかはもう少し考えてからでもいいかもしれないとよすがは思う。
「よすがさん扇はどうですか? 問題ありませんかな」
「ええ、
「それでは、今の扇も湿気払いしなければなりませんな」
「え、そんなに甘えていいんですか」
「もちろんだぞよ。秋も、冬も、持ってくるがいいぞよ。ついでに全部払ってあげますぞよ」
「そ、それではお言葉に甘えて、今お持ちしてもいいですか」
「ああ、持ってきなさいよ。ねえ、あんた」
「おお、母ちゃんその通りだぞよ」
相変わらず熱々の二人だ。
福さんが言うには、一度通った者は、入り口が覚えるから、次からは、一人でも通れるということだった。
通ってみると、本当にすんなり通ることが出来た。
扇を全部持って河童さんに渡した。
その中に九条様からいただいた藤の扇もある。
河童さんは、この前のように扇を一つ一つ開いてポンポンと叩いては丁寧に確認している。
その様子を皆で感心しながら見ていた。
河童の女房は、得意そうにそばで扇を手渡している。
河童さんは、九条様からいただいた扇を手に取ってみるとほおーと、何やら珍しいものを見るように眺めて言った。
「よすがさん、この扇は何もしなくても大丈夫だぞよ」
「そうなのですか」
河童さんは、終わった扇をよすがに渡してくれた。
「これでいいと思うぞよ」
よすがは扇を開いて投げ上げてみる。扇はきれいにひらりと回ってよすがの手に戻った。
「すごいわ! あの春の扇と同じ感触ですごく使いやすくなりました」
よすがが感心して言うと皆がほめたたえる。
「さすが、職人技ですな」
「当然さ。うちの父ちゃんは世界一だよ」
なぜか、河童の
「母ちゃん照れるぞよ」
河童の夫婦は相変わらず仲がいい。二人の世界で盛り上がっている。
いつものことなので、皆は、二人を無視して話を変える。
よすがは、扇をもとの自分の部屋に戻して、丁寧にしまった。
よすがが、広間に戻ると、すっかり盛り上がって皆楽しそうに話し込んでいる。
にゃまとはいつものように座布団を枕に寝ている。
今日はもう玉どんに話をするのは難しいかもしれないと思った。
よすがは、訳も分からず、ホッと胸をなでおろした。
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