よすがと、にゃまとの出会い

 悩んだ末よすがは、九条様に相談してみた。九条様は、玉どんの話を聞いていて、不思議に思っていたことがあるそうだ。

「玉どんは、貴族の屋敷で、奥さんと、三匹の子供と暮らしていたそうですが、家族ごと猫又ねこまただったというのは考えにくいですな。よく三毛猫は強い思いが残ると猫又になるという話を聞きますが、坊やとはぐれたのが例えば十年以上前としたら、玉どんの坊やは、年を取って生きていないかもしれない」

「玉どんは、十年以上も、坊やを探して死にきれずに猫又になってしまったということですか?」

「かわいそうだが、その可能性かのうせいが高いと思うのです」

 よすがには衝撃しょうげきだった。黒い子猫とばかり考えていたが、確かに玉どんは猫又だった。普通の子猫の親猫なはずがなかった。

「私も、三条の当たりで火事のあった貴族の屋敷を探してみたのですが、どうやら、火事があったのは十年ほど前ということでした」

「十年ほど前に、玉どんはそのお屋敷で火事にあったということですか? 坊やとはぐれたのもその時?」 

 そこまで考えたら、十年前に拾ったにゃまとのことがすっきりに落ちた。

 今まで、にゃまとと玉どんの坊やがつながらなかったのは、その年月の流れを考えていなかったからだ。

「…、それでは、…もう一つ。例えばです、十年ほど前に、私がたまたま拾った子猫が、玉どんの探していた坊やだったということも、ありうると思いますか?」

「よすが殿は、どのあたりでにゃまとを拾ったのですか」

「それが、三条の大橋のあたりです。雨が降っていて、びしょぬれで、ほとんど動かなくなっている子猫を見捨てられず連れてきてしまったのです」

「親とはぐれてしまっては、子猫では生きられませんからな」

 九条様が、しんみりと言う。

「はい…。結局その子猫は死んでしまったのですが…」

「死んでしまったのですか!」

「そうなんです。助けることが出来なくて」

「ではやはり、玉どんの坊やはこの世にはいないということですか…」

「いえそれが、体から抜け出した子猫の魂が、私を親とでも勘違いしたようになついて、離れなくなってしまったのです」

「それで、陰陽師に相談したところ、これも何かの縁であろうから、式神としてそばに置いたらいいと言われまして、お願いして式神にしてもらったのです」

「それがにゃまとですか? それからずっと一緒にいたのですな」

「はい。身寄りのいない私には、唯一の家族です」

「そうでしたか…」

「実は、その時にゃまとが首に着けていた鈴を、お社様に見つけていただいたのですが…、お社様が玉どんの坊やだとおっしゃったそうです」 

 よすがは、お社様から渡された鈴のことを話した。

「それはびっくりするような偶然ぐうぜんですが、ありえないことではなさそうですな」

「やっぱりそう思われますか…」

「よすが殿はそうあってほしくないのですかな」

「そういうわけではないのですが、にゃまとは、鈴を見ても何も感じないみたいなんです。子猫のころの記憶がないのかもしれません」

「確かに玉どんにつかまるのをいやがっていましたな」

「そんな二人を引き合わせてもよいものでしょうか」

「玉どんにとっては、ショックかもしれませんな」

「十年余りの年月を、ひたすら猫又になってしまうほどに探し続けた我が子に拒否されてしまったら、一体何のために生きてきたのかわからなくなっていしまいますよね」

「そうですな。なんとも気の毒なことですな」

 

 よすがが奉納舞も終わり、九条様達もおかえりになった後に、福さんについて行ったらしいにゃまとが、とぼとぼと帰ってきた。

 すっと、障子戸しょうじどを開けて部屋に入ると、隅の座布団の上に膝を抱えて座り込んで、じっと考え込んで何も言わない。

「にゃまと? どうしたの? どこに行ってきたの」

「うん…。福さんについていったにゃん。玉どんたちのところに行って、福さんが籠の子猫を玉どんに見せたんにゃ」

「うん。それで、玉どんは坊やがいるって言ったの?」

「ううん。坊やじゃないって。僕、子猫になって紛れ込んだら、玉どんは、僕を見つけて坊や! っていうんにゃ。どうして、僕のこと坊やっていうんなにゃろ」

「…」

「最初僕は、黒い子猫だから坊やと間違われたと思っていたにゃ。でも、ちがったにゃんか?」

 これは、鈴のことを話すべきかとよすがは考える。

「にゃまとは…、子猫だった時のこと覚えてる?」

「僕、子猫だったにゃんか? よすがとあの古い家で暮らしていた時のことしかわからないにゃん」

「そっか…、にゃまとは、びしょぬれになって、橋の上で震えていたの。今でも雨が嫌いなのはそのせいだと思っていたんだけど、何も覚えていない?」

「雨が降ると、寒くてすごく寂しくなるニャン」

「そっか、其れで雨が嫌いなんだね。でも、その寂しくなるのが、一人ぽっちになった寂しさかもしれないね」

「…」

よすがは鈴を持ってきてにゃまとに見せた。

「この鈴はね、その時にゃまとの首についていたものなの」

「僕の鈴にゃのか?」

「うん。そうなの」

 にゃまとは、黙って鈴を見ていたが、鈴には興味がないというようにぽつりと言った。

「僕は、今は鈴をつけていない。よすがの式神にゃ」

 その様子に、よすがはちくりと胸が痛くなる。自分が犯してしまった罪を思い知らされる。

「うん。そうだね。…つらいと思う?」

 よすがは恐る恐るにゃまとに聞いてみるが、にゃまとの答えは思っていたのと違った。

 にゃまとは不思議そうに無垢な瞳でよすがを見上げる。

「どうしてにゃ? 僕はよすがのそばにいられるのが一番うれしいにゃ」

「あの時、にゃまとの魂は体から抜け出てしまってもう戻れなくなってしまったの。私は、陰陽師に、にゃまとを式神にしてくれるようにお願いしてしまったわ」

 本来なら、自然に成仏じょうぶつして昇天しょうてんするべき魂を、よすがが勝手に式神にじ曲げてしまったのだ。

 どうしてそんなことをしてしまったのか。

 申し訳ないと思うが、よすがも一人ぽっちで寂しかったのかもしれない。

 自分にまとわりつく子猫の魂が愛しくて離したくないと思った。

「…」

「…私を許してくれる?」

 よすがは、じっとにゃまとを見つめて心配そうに尋ねる。

「もちろん許すにゃ。僕はよすがの式神が気に入っているにゃ」

「本当に? にゃまと」

「よすがと、僕は、ずっと一緒にゃん」

 にゃまとは、よすがの膝にすりすりして甘える。

 よすがは、にゃまとを抱き上げてぎゅっと抱きしめた。

「にゃあー」

 にゃまとは、よすがに顔を摺り寄せて、嬉しそうに鳴く。

 良かった。にゃまととの絆は壊れずに済んだ。

 よすがは心からほっとする。

「…それでね、この鈴は、玉どんの坊やの鈴でもあるみたいなの」

 言い出すべきか悩んだが、結局話すことにした。

 にゃまとは何か感じていたのか、すぐに理解したようだった。

「やっぱり僕は、玉どんの坊やにゃのか?」

「玉どんに確かめないとわからないけど、お社様が、坊やの鈴だっておっしゃるのよ」

「…」

「どう思う?」

「玉どんは嫌いじゃにゃいけど、僕はよすがの式神だから玉どんの坊やにはなれにゃいにゃん」

 にゃまとは鈴を放り出してどこかへ行ってしまった。

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