玉どん子だくさんになる
今日も九条様は、御家来の
まあ、桃は良しとしよう。
妖の屋敷にいたときのように、屋敷の裏に回って
裏庭の塀は、妖の屋敷にいたときに菊さんが首を載せていて驚かされたあの塀とそっくり同じだった。
木戸をなれたもので当たり前のように開けて入ってくる。
よすがの部屋は縁側からすぐ近い。
全く勝手知ったるだ。
まるで家族の様な振る舞いだが、ひと月もの間、家族のように暮らしていたので、慣れてしまったのだろうと、ここは目をつむっておく。
竹の籠の中にはふっくらとした薄桃色の
「まあ、なんていい香りなんでしょう。さっそくお社様にお供えいたしましょう」
「うむ。後で舞が終わったときにいただきましょう」
「はい。にゃまと、これをお社様のところにもっていって」
「はいにゃ」
「にゃまと、大丈夫か? ちと重いぞ」
大きな弁慶様なので軽々持っていた桃の入ったかごをにゃまとが受け取ると、籠が重すぎてよろよろする。
「重いにゃ」
すっと福さんが現れて籠を受け取った。
「これは私が持っていこう。後で富たちにも分けてやってもよいか」
「ええ、もちろんよ。ねえ九条様」
「おお、もちろんじゃ。そうしてくれ」
「よすがさん、お約束のものです」
弁慶様は、ニコニコしながら、
「子猫にゃ」
にゃまとが自分と同じだと思ったのか、黒猫をじっと見る。
「まあ、弁慶様、この間のお話覚えていてくださったのですね」
「はい。知り合いの家に最近黒猫がよりついていると話を聞きましてな、さっそくつれてきました」
よすがは黒猫を抱き上げてみる。
色つやのいいなかなか美人さんだ。
にゃまとはおそるおそる手を出して頭を撫でて見た。
子猫は、ニャーと嬉しそうに鳴いた。
「可愛いにゃ」
にゃまとは、気に入ったようでうれしそうに言う。
「よすが殿は黒猫がお好きなのですかな」
九条様が黒猫を覗き込んで不思議そうに眺める。
「玉どんの坊やを探してあげようと思いまして、この間福さんに玉どんの様子を聞いたら、また泣いていたそうなので…弁慶様にお願いをしたのです」
「この間の引っ越し祝いの席の時ですな」
よすがは、しまった! と、思った。
主人の九条様を通さずに、勝手に御家来の弁慶様を使ってしまった。
「そうなのです。勝手にお願いしてしまって申し訳ありません」
「弁慶が承知したことに反対なぞしませんぞ」
よすがの心配をよそに、相変わらず九条様は心の広いかただ。気さくに許してくださる。
「信頼していらっしゃるんですね」
「おお、弁慶は、私の分身の様なものだ。その上頼りになるやつゆえ、大いに使ってやってくれ。気兼ねなどいりませぬぞ」
「ありがとうございます。さっそくこの子猫を玉どんに見せてあげましょう」
「…、お、おおそうか」
九条様は何やら気がかりになることがありそうなものいいだったが、よすがはいつの間にか戻ってきていた福さんに黒猫を連れて行ってもらうことにした。
「子猫は僕が抱くにゃん」
福さんに子猫を渡そうとすると、にゃまとがよすがの手から、子猫を抱きあげた。
「にゃまと、向こう側に行けるの」
「わしの後に続けば、にゃまとくらいなら通れるぞ」
「福さんといくにゃ」
にゃまとは、嬉しそうに子猫を抱きしめて、とことこと、福さんの後について行った。
それから二、三日した日だった。九条様は、今日も、弁慶様を連れてやってきた。何時ものように縁側から声をかける。
「よすが殿、九条です」
よすがは慌てて縁側に出ていく。
にゃまとはとことことよすがの後をついて来て、ちょこんとよすがの隣に座る。
弁慶様は、籠を持っていらした。
なにやら、にゃあにゃあと猫の鳴き声がする。
「九条様、それはもしや黒猫ですか?」
よすがは、一匹じゃなさそうな籠を見ながら訪ねる。
「よくわかりましたな。家来どもが、この間弁慶が黒猫を見つけてよすが殿に喜ばれた話をしたら、我こそはと、皆が黒猫を見つけてきて、よすが殿に渡してくれというので、持ってきたのです」
「まいり申した。わしがどこぞの女子に子猫を送ったと皆の間で騒がれましてな、事の真相を話してしまいました」
弁慶様は、気まずそうにもぞもぞと話す。
大きな弁慶様が何となくかわいく見えて、よすがはその人柄を好ましく思った。
九条様が籠を縁側に置き、蓋を開けると、五匹ほどの黒猫が
にゃまとも側に来て、不思議そうに籠の中をのぞいた。
「…。」
よすがは何と言っていいのかわからず言葉をなくした。
確かに黒猫を探してはいたが、玉どんの坊やは一匹なわけで、こんなにたくさんなはずがない…。
よすがが、籠を覗き込んで言葉をなくしていると九条様が訪ねた。
「そういえば、この間の黒猫はどうなりましたか」
「あ…、はい。玉どんの坊やではなかったようなのですが、幸い玉どんになついているので、あちらでそのまま育てることにしたようです」
「そうですか。しかし、玉どんもいきなりこんなに沢山の子猫を見せられたら、腰を抜かすであろうな」
九条様も、苦笑いでそういう。
その様子を想像すると、おかしいやら、気の毒なような気にもなる。
「この子達は、皆、玉どんの坊やにゃんか?」
にゃまとが不思議そうに聞く。
「わからないわ。この中に坊やがいればいいと思うのだけど」
「玉どんは、もう、泣かなくてもいいにゃん。僕も逃げなくてもよくなるにゃん」
にゃまとはご機嫌でそういう。
よすがは少し複雑な心境だった。
やっぱり捕まるのは嫌なのね…。もしかしたら親かもしれないのに…。
「皆さまのせっかくの好意ですし、とりあえず、福さんに子猫を届けてもらいましょう」
よすがが、そういうと、また、どこからともなく福さんが、さっと表れて籠を受け取る。
「玉どんは、子猫になつかれて嬉しそうだったぞ。気が紛れてよかったと思うぞ」
「そう? 其れならよかったけど、こんなに子だくさんになったら、大変ね」
「まあ、子猫はこの世界の縛りがあるから、屋敷からでられないし、どこかへ行ってしまうこともなかろう」
「ああ、それはそうね、でも、富さんの仕事は増えるかもしれないけど…大丈夫かしら」
「私が預かってもよいが、玉どんが世話をするだろう。ひとまず渡してみる」
「ええ、そうね。お願いするわ」
福さんは、籠をもってどこかへいってしまった。にゃまとも福さんの行き先がわかるのか、後を追っていった。
「御家来の皆さまにお礼を言っていたとお伝えください。本当にありがとうございました」
「いや、限度がありますな。もうこれ以上はやめるように言っておきます。…其れとは別にですな、よすが殿にお願いがありまして…」
九条様は、言いにくそうに、ソワソワする。
よすがは、九条様からお願いと聞いて、常日頃から恩返しがしたいと思っていたので、お返しできると、喜んだ。
「なんでしょう。私にできることでしたら、何なりとお申し付けください」
「いや、…実は、家来どもが、私と弁慶ばかり、よすが殿の舞を毎日見てずるいと言い出しましてな」
「まあ、…」
思いもかけない言葉によすがは言葉を失くした。
「それでですな、一度に皆は無理なので、五人ほどづつ代わりばんこに連れてきてやりたいのですが…」
「はい! もちろんいいと思います。きっと、お社様のためにも、たくさんの人に訪れてもらうのはとてもいいことです。」
「そういっていただければ、皆が喜びます。良かった。皆にせがまれましてな、猫を見つけられなかった家来が悔しがりまして、収集が付かなくなりました。結局のところ、少しでもよすが殿に喜んでほしいどころか、なぜか、ずるいと言い出しまして…」
「まあ、私のほうこそ申し訳ありません。考えなしにお願いしてしまったことから、そんな波紋が広がってしまったなんて」
「いや、いや、玉どんの坊やを探してあげたいのは私も同じですぞ。だだ、家来全員に黒猫を持ってこられても、屋敷が猫で埋まってしまいます。これ以上は考えねばなりません」
「…、あの中に玉どんの坊やがいてくれればいいのですが…」
「…、うむ…そうですな」
九条様はこの間から、なんだか煮え切らない反応だった。
よすがは、お社様から渡された鈴のことも気になっていた。
お社様が、あの鈴を玉どんの子供だというのは、いったい何を意味しているのか…。
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