玉どんの坊やは何処に?

「お社様が大丈夫と言ってくださるから問題はないと思いますが、何かあったらすぐに言ってくだされ」

 いくら、きれいに手入れをしたといっても、悪霊の住処すみかだったわけだから、九条様としても、手放てばなしで進められる家ではないと気がかりではあったのだろう。

「お気づかいいただいてありがとうございます。本当に何も見えたりしませんし、安心して暮らしています。その上、先日は、悪いものをつけて帰ってきてしまったみたいなのですが、門のところで、弾いてもらったのですよ」

 よすがが、先日の出来事を話すと、九条様も、驚いたようにうなずいた。

「そうですか。其れは良かった。安堵あんどいたしました。もしや、よすが殿が怖い思いでもしていたらと、思いいたり、これは難儀なんぎなことを頼んでしまったやもと気になりましてな。いや、ほんとに何かありましたらいつでも言ってくだされ。すぐに別の屋敷を用意しますゆえ」

「本当に快適かいてきに暮らしていますので、ご心配はご無用です。福さんもいてくれるし、会いたければ菊さん達にも会いに行けるようですし、私は、ここがとても気に入っています」

「そうですか、それならいいのですが」

 九条様はほっとして、弁慶様べんけいさまからかごを受け取って差し出した。

「これは今朝とれたての竹の子です。福さんに料理してもらってください」

「まあ、なんて立派な竹の子。ありがとうございますお社様おやしろさまにおそなえしてからいただきます」

 よすががそう言い切らないうちに福さんが、さっと表れて竹の子の籠を受け取った。

「いっぱいあるから、富さん達にもおすそ分けしたらどうかしら」

「うむ。料理してから持って行ってやろう」

「ところで、妖の屋敷の方には行ってみられたのですかな」

「いえ、まだなんです。悪霊が入り込んだ時にかなり念入りに封印ふういんをしたようで、福さんでないと簡単かんたんにはいけないようです」

「そうなのですか。もし行けるのなら、私も一度挨拶あいさつに行こうと思っていたのですが残念ざんねんです」

「今、富さんと福さんで封印を解いているようですので、時期に行けるようになると思います」

「行けるようになりましたら、ご一緒に挨拶に行きましょう」

「ええ、そうですね。ご一緒します」

「僕もいくにゃん」

 にゃまとが嬉しそうに言う。

「にゃまとも? 玉どんに捕まるかもしれにわよ」

「玉どんは、きっと大きな声で泣いてみんなを困らせているにゃん、僕が行って慰めてあげるにゃん」

「あら、優しいのね」

「おおにゃまと、えらいぞ」

「僕がいないとだめにゃん」

 いつぞやのことを言っているのだろう。にゃまとは得意そうに言う。

 九条様が、にゃまとの頭をなでると嬉しそうにすりすりする。

 それを横目に見ながら弁慶様がもじもじいう。

「殿、私めもご一緒してもよろしいですか? 殿の一番の家来として、殿がひと月もの間お世話になりましたのでお礼を言いたいです」

「おお、そうか、では皆で行こう」

「皆で一緒にゃん!」

 にゃまとが嬉しそうに言うと、弁慶様は、目を細めてにゃまとを見る。

「にゃまとは、本にかわゆいのう」

「にゃん」

 にゃまとは恥ずかしそうによすがの袖に隠れてしまった。

 まだまだ弁慶様とは仲良くなれなそうだ。

 でも、嫌ってはいないようだ。

 よすがの袖の隙間からこっそり、顔をのぞかせてくりくりの瞳で見つめている。

 

よすがが、支度をしてお社様やしろさまのお堂に入ると、さっそく福さんがお供えしてくれた竹の子の香りがふわりと、お堂全体に漂っていた。

 春を感じさせるさわやかな竹の香りだ。

 最近は、お堂の中が、明るく感じられるようになった。

 護られた静寂さの他に、とても健やかな輝きを感じる。

 これも、九条様が常にお供えやらを持ってきてお社様を気遣っていらっしゃるからだろう。

 きっと、お社様が、健やかにいられるのだとよすがは感じて、嬉しかった。

 とれたての竹の子のいい香りの中でよすがは気持ちよく舞を舞う。

 春のおうぎは、河童かっぱさんが湿気払しっけばらいをしてくれたのでとても扱いやすい。

 よすがの日常は、仕事の依頼いらいもほぼ今まで通りもらえるようになり、あちらこちらと出かけていた。

 通常運転つうじょううんてんの日常は戻りつつあった。

 そして、今までよりもずっと快適だった。

 家はいつでもきれいで、食事はいつの間にか出来ていて、よすがはひたすら舞に集中できる。

 これもすべて九条様のおかげで、ありがたいと思う。 

 何もお礼もできないのが心苦しかった。

 九条様には、もう会えないものだと思っていたのに、頻繁ひんぱんに会いに来て下さり、今までのように気さくに話しかけてくれる。

 こんな日常はとても想像そうぞうもできなかったのだ。


 よすがは、少し落ち着いてきたので、玉どんの坊や探しを本格的に始めてあげようと思った。

 それにしても、猫又の子どもの手がかりがまったくない。

 せめて、何か手がかりだけでもあれば、玉どんを喜ばせてあげられるのに、何もないのだった。

 とほうにくれるよすがの前に、沙夜梨さよりが姿を表した。

「よすがさん、お社様より、お渡しするよう言付かってまいりました」

 そういって、沙夜梨が、ちいさな鈴を持ってきた。

「これは?」

「猫又の子どもだそうです」

 突拍子もない沙夜梨の言葉に、よすがは鈴を見ながら固まる。

「え? どういうこと?」

「その鈴が、全てを知っていると…」

 よすがは、目をぱちくりして、鈴を眺める。

 この鈴が、子どものところへ連れて行ってくれるというのだろうか? 

 よすがは、手のひらで小さなコロコロの丸い鈴を転がしてみる。

 りんりんと、済んだきれいな音がする。 

 もっとよく話を聴こうと思って顔を上げたが、既に沙夜梨の姿はいなくなっていた。

「えーなぞすぎるよー! 沙夜梨、もう一回でてきて説明してよー」

 よすがは、叫んで懇願こんがんするが、まったく何の反応もない。

 ますます混乱するよすがであった。

 だが、この鈴なんだかみおぼえがあった。

 よくよく眺めてみればにゃまとを拾ったときにつけていた鈴だと思った。

 そうだわ。雨の中でびしょぬれで死んでいるかと思ったがほっておけなくて、拾い上げるとまだ息をしているようだった。

 急いで家に連れ帰り体をふいて乾かしてやりおもゆを作ってなめさせようとしたが、もうだめでその子猫は死んでしまった。

 その子猫の首に赤いひもでこの鈴がつけられていた。

 そのまま埋めてあげようと思っていたのだが、子猫から抜け出した魂が、死んだことを理解できていないようで、よすがになついてまとわりついてきた。

 困って、知り合いの陰陽師に相談したところ陰陽師が術を使って、式神としてにゃまとを作ってくれた。 

 その時に、にゃまとを長く式神としてそばに置くなら、その鈴を大切にしまっておいたほうがいいと助言してくれたので、保管しておいたものだ。

 引っ越しの時に荷物の中から落ちてしまったようだ。 

 よかった。こんな小さなもの見つからなくなるところだったと、拾ってくれたお社様に感謝する。

 だが、この鈴が、猫又の子供? 

 よすがが考え込んでいると、にゃまとがそばに来て鈴を覗き込んだ。

「よすが、その鈴は、どうしたにゃん?」

「この鈴、にゃまとのなんだけど覚えてる?」

 念のため聞いてみる。

「おぼえてにゃいにゃん」

 思った通り、にゃまとは、何も反応なしだった。

 そりゃそうだ。元は子猫だったといっても、十年も昔のことで、今のにゃまとは式神としての記憶しかないのかもしれない。

 でも、十年前の子猫が、玉どんのはぐれた坊やだったとしたら・・・?

 あら? 玉どんの坊やって、子猫だったはずよね。

 十年も前のはずがないわ。 

 それに、にゃまとは、普通の子猫で、別に猫又とかじゃなかったし…。

 一体どんな関係が…。 

 玉どんに、この鈴を見せたらすべてわかるのかしら? 

 でも、坊や扱いされるのを嫌がっているにゃまとに、なんて説明したらいいの?

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