あやかしの屋敷のおもて側

 九条様が、驚く御家来に愉快ゆかいそうに話す。

「おお、殿が話しておられた神出鬼没しんしゅつきぼつの富さんですな。なんとこの家には、富さんの姉君がおられるのですか」

 弁慶様べんけいさまは、関心したようにうなずく。

「そうなのじゃ、先ほどお会いしたのだ」

「ほんに、神出鬼没ですな」

 と皆口々に言いながら不思議な経験に驚いているようだった。

 よすがは、妖の屋敷でしょっちゅう開かれていた宴会えんかいを懐かしく思い出す。彼らは、今日も皆で飲んでいるのだろうか。

 はて、しかし、このお酒や、おつまみはいったいどこから出てきたのだろうか。

よすがは、まだ何も用意できていなかったはずだ。

 もしかして、九条様が、用意してくださっていたのだろうか? 

 食材まで用意してもらったのでは申し訳ない。

 今後は、お断りしなければと思いながらも、今日のところは助かったので感謝していただいておこう。

 でも、何をいただいたのか、後で調べておく必要はあるかもしれないと思う。

 しかし…、この味、お酒も、妖の屋敷で口にしていたものと同じ味がする。

 料理は、味が似ていても同じ味付けなのかもしれない。

 なぜなら、富さんと福さんは姉妹なのだから。

 でも、お酒はこっちの世界の物なら違う味がしてもいいはずなのに…。

 九条様も感じていたらしく、不思議そうに言う。

「福さんは、よくこんな短時間にこれだけの料理がつくれましたな。手間暇のかかるものばかり…」

「九条様は、食材を持ってきてくださったのですか? お酒も?」

「いや、私は食材はすぐによすが殿が困るだろうと思いまして、ある程度の物は運んでおいたのですが、酒までは気が回りませなんだ。酒は、よすが殿が用意したのではないのですかな」

「いいえ、私は、今日は何も用意できなくて、皆さんに申し訳ないと思っていたところなのです」

 二人は顔を見合わせて首をひねる。

「福さん、このお酒は、まさか妖の屋敷からもらったなんてことはないわよね?」

 半分独り言のように、福さんに話しかけてみる。

「富のところから、酒も、料理ももらってきたのさ。さすがに私でも、この短時間にこれだけの料理は作れないからの」

 福さんは、どこからともなくすっと表れて隣に座る。

「え! でも新月が過ぎているのにどうやって行ってきたの?」

「この屋敷は富のところと、裏と、表の関係でつながっているから、屋敷の中だけなら行き来できるのじゃ」

「新月関係なく?」

「ああ、新月関係なく屋敷の中だけでは行き来できるが、お互いに屋敷の外には出れんよ」

「つまり、富さんも、他のみんなも、この屋敷の中には入ってこられるけど屋敷の外には出られないって事?」

「そうじゃ、逆によすがさんも、裏の屋敷には入れるが前のように屋敷の外、妖の領域には出られん」

「そうなの、それじゃあ、裏の畑とかには行けないけど、いつでも菊さん達には会えるってこと?」

「まあ、屋敷の中にいれば会えるぞ」

「すごいわ!」

「これも、二人が悪霊を退治して、家を修理してくれたおかげじゃな」

「あ、それじゃあ、玉どんが坊やに会えたのかわかる」

「会えなかったようじゃな。坊や言うて泣いておったわ」

「ああ、やっぱり会えなかったのね。かわいそうに」

 よすがは、玉どんの悲しそうに泣く姿を思い出してかわいそうに思う。

「なんですか? 人探しですか」

 隣でふんふんと、頷きながら話を聞いていた弁慶様が聞いてきた。

「ええ、そうなの、もしどこかで黒い子猫を見たら連れてきてくれないかしら」

「はい。お安い御用ごようでございます。この弁慶にお任せくだされ」

 弁慶様は、部屋の隅をちらりと見る。

 黒い子猫になったにゃまとが、福さんが用意してくれたのか、座布団の上に丸くなって寝ている。

 あれですな。というようにうなずいて、少しほろ酔い気味で、機嫌よく引き受けてくれた。


よすがは、新居しんきょも落ち着いたので、ひと月の間に不義理ふぎりをしてしまったお得意様に挨拶あいさつとおびに伺った。

 よすがの行く先々のお屋敷でも、九条様の悪霊退治の噂話を耳にしているらしく理解してくれていて、さっそく宴会えんかいに呼んでいただいた。

 よすがのお得意様は、どこも、芸術げいじゅつ興味きょうみがあり、白拍子しらびょうしが大好きで、都中の名だたる白拍子を集めてはしょっちゅう宴会を開く。

 遊び心のある方ばかりだった。

 ひと月もの間、よすががいなくて寂しかったといってくださり、さっそく二か所で宴会に呼んでいただいた。

 何とか、仕事には差し障りはなさそうだと、ホッとする。

 しかし、穴を開けてしまった、宴の席の責任は、取らなければならないと頭を悩ませるよすがだった。

 九条様は、九条様で、いろいろ落ち着いたら、お社様の前で奉納際をやろうと、意気込んでいる。 

 猫又の子どもも探してやらなければならない。

 しかし、何処を探したら良いのかさっぱり分らない。 

 猫又の子どもというのは、やっぱり妖怪の中に潜んでいたりするのだろうか? …できればあんまり関わりたくない。

 いや、もしかしたら、野良猫の中に混じっているかもしれない。

 そうなら、猫好きな人を探して、話を聞いてみるのも一つの手かもしれない。

 お詫びにうかがったお屋敷で度々聞かされる話しが有った。

「よすが殿と、九条様が、妖退治をしたという話を聞いてな。あのあたりは時折通り掛かると、化け猫の声がするなどといわれておったが、これで何の心配も無くなるということですな。いや、良かった。さすがは、九条様。悪霊まで退治してしまわれるとはやはり、ただならぬお人でしたな」

 もしかしてそれは、悪霊とは別の、猫又の玉どんの声だったりしないかな。

 よすがは、ひやりとする。

 早く猫又の子どもを捜してやらないと、退治したはずなのにまだ化け猫がいるなどといわれてしまう。

 いや、それ以上に、子供を思って泣く玉どんがかわいそうで少しでも早く、子供を見つけてあげたいと思うのだった。

 引っ越したばかりの新居しんきょは快適で、化け猫の話とは全く無縁の生活だった。

 よすがが、仕事から帰ると福さんが門を開けてくれる。

「福さんただいまにゃ」

 そういって、にゃまとは先にとことこと屋敷の中に入っていく。

「福さんただいま。開けてくれてありがとう」

「おかえりなさい」

 よすがが、屋敷の中に入ろうとすると、門のところでビリっと衝撃しょうげきがあった。

 よすがが驚いて固まっていると、福さんが、言った。

「よすがさん、又何か良からぬものをつけてきましたね」

「え! 本当? どこ」

「今、屋敷の守りに弾かれました」

 そういえば、お社様が、言っていた。

 私が、色々なものを引き連れてきてしまうと。

 前の家なら、間違いなく、そのまま居座られるところだった。

 良かった。お社様やしろさまのおかげで、引き込まなくて済んだのだ。

 ありがとうございます。よすがは、手を合わせてお礼を言った。

 よすがは毎日お社様のために舞をまって、お社様の健やかなことを祈った。

 お社様の、奉納舞ほうのうまいには体外たいがい、九条様も同席してくださる。

 思いもしなかったことだが、ほぼ毎日のようにわざわざよすがに合わせて、通ってきてくれるのだった。 

 にゃまととの約束は、果たされていて、にゃまとが裏切られて傷つくこともなく、よすがは嬉しく思う。

 おかげでもう会えないと思っていた、九条様にも、ほぼ毎日のように顔を合わせることになった。

 今日もご機嫌で弁慶様を連れてやってきた。

「にゃまと、屋敷に異常はないか?」

 とことこと駆け寄っていってちょこんとすわって挨拶をしたにゃまとに、九条様は、今までと同じように、にゃまとにも声をかけてくださる。

「にゃいにゃ!」

 そういいながら、にゃまとは九条様にしがみついてすりすりする。

 九条様も、にゃまとの頭をなでながら満足そうに言った。

「そうか、良かった」

 よすがも、縁側えんがわに座って挨拶をした。

 にゃまとは、今度はよすがの膝に絡みついてすりすりする。

 弁慶様は、その様子を見て少しうらやましくなった。

 にゃまとは、先日は、猫だったはず…。人間の子供になれるのか? 

 確か殿が、よすが殿の式神しきがみだと言っておられたが。

 サラサラの柔らかそうな黒髪は、触ってみたい衝動しょうどうられる。

 そして、くりくりの愛らしい目が何とも可愛らしくて、自分にもすりすりしてくれたら頭を撫でてやりたいものだ…。

 しかし、九条様も、よすがも、弁慶様のそんな思惑には全く気づかないようだった。

 にゃまとだけが弁慶様の熱い視線に気づいて、弁慶様をその純真無垢な瞳でじっと見た。

 そして、よすがにしがみつきながらも、にっこり笑う。

 可愛い! なんと愛らしいことか! 弁慶様は、にゃまとにすっかり参ってしまわれたようだ。

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