富さんの姉様福さん

 九条様が職人しょくにんをせかせてよすがの部屋だけ先にたたみを入れさせたので翌日には出来上がった。

 よすがの家の惨状さんじょうもあるので、さっそく引っ越すことになった。

 よすがは、ひと月もの間家を空けていたお詫びを大家さんにして、引っ越すことを告げた。

 大家さんは、よすががこれ以上帰ってこなかったら、家を取り壊して立て直すつもりだったそうだ。

 本来なら金のかかることはしたくないはずの、大家さんでさえ、見放みはなしていた家に今まで住んでいたのかと、よすがはがっかりする。

 だが、そんなわけで、よすががさしだしたひと月分の家賃と菓子折かしおりを機嫌よく受け取ってくれた。 

 荷物にもつはほとんどなく、荷車にぐるま一台ほどで全部だったが、九条様のご家来が手伝ってくださって、あっという間に引っ越しは完了かんりょうしてしまった。

 あまりにもあっけなく、いつの間にか真新まあたらしい畳の匂いのする、綺麗にリホームされた部屋がよすがの部屋になった。

 四方に新しい落ち着いたがらふすまがあって、全てが新しくて、あのお化け屋敷とは想像そうぞうすら出来ないくらい、まるで別の家だった。

 九条様が、引っ越し祝いだと、新しい寝具まで用意してくださったので、あの黴臭かびくさ布団ふとんからも解放かいほうされた。

 これはにゃまとが、布団が黴臭かびくさいとばらしてしまったせいかなと、恥ずかしさがふくらむが、それでも新しい布団は嬉しい。

 部屋はきれいで、まるでお姫様になったような心地だ。

 それに、ひと月ほどいたあやかしの屋敷の、よすがの部屋に何となく似ていて落ち着く。

 妖の屋敷に似ていて落ち着くというのもおかしな話だが、それくらいよすがにとっては居心地のいい部屋だったのだ。

 にゃまともすっかりなじんで、早速に、これも九条様がくださった新しい座布団に丸まって寝てしまった。 

 さっきまでは人間の姿で手伝っていたが、もう終わったとばかりに、黒猫の姿で気持ちよさそうに寝ている。

 荷物が片付いたころに、九条様がやってきて今日中には全部が終わると、言ってくれた。

 よすがも、職人が行き来する家で、落ち着かない状態で暮さなくてもよくなることはありがたかった。

「荷物も片付きましたので、舞を奉納ほうのうさせていただこうと思います」

「おお、よろしくお頼み申す。だが、その前に家の中を見ていただけますかな。よすが殿の家となるわけですから、完成した状態を確認しておいてほしいのです。もし、何か気になることがありましたら、今のうちに言ってもらえれば、すぐに直せますからな」

「家の中を全部見るのは初めてです。とてもわくわくします」

「そうですか。案内しますぞ」


 家のリホームが完成してみると、不思議だが、この屋敷は、妖の屋敷と間取りがそっくり同じだ。

 よすがは不思議に思い九条様に聞いてみた。

「九条様、このお屋敷は、富さん達のお屋敷と間取まどりりが同じではありませんか?」

「ああ、そうなのですよ。この屋敷とは裏表うらおもての関係にあるようで、こちら側が表の屋敷になるそうですな。富さんに聞いたのですが、この屋敷には、福さんという富さんの姉に当たる座敷童ざしきわらしが住んでいたそうなのですが。何分、悪霊あくりょうに乗っ取られていたので、どうなったのか…。富さんも心配していました」

「そうなのですか! 屋敷も元通りになったことですし、どこかに隠れていたのなら出てきてくれるといいですね」

「よすが、富さん来るにゃんか?」

 にゃまとが、目を輝かせて聞く。

「そうじゃなくて、富さんの姉様あねさまが、この屋敷にいるかもしれないのよ」

「富さんの姉様にゃん?」

「富さんの姉君なら、私も、よすが殿も大歓迎ですから」

「僕も大歓迎にゃん」

 九条様はにゃまとの頭をやさしくなでながら頷いた。

「本当に、富さんの姉様に会ってみたいですね」

「おそらく、富さんのように十人力なのでしょうな」

「あ! もし、福さんが戻ってきてくれるなら、家の仕事をする家人は必要ないのでは…?」

「そうですな…。一人で何でもこなす人ですからな」

「家人をやとわずに、福さんを待ってみたいのですが駄目ですか」

「いや、よすが殿がそう言うなら私は構いませぬが、不便ではありませぬか?」

「いえ、ちっとも、もともと一人でやってきたのですから、自分のことだけなら問題はありません。ですがこんなに広いお屋敷となると、管理かんりしきれるかは心配なのですが、何日かならまだ新しいですし、大丈夫かと」

「そうですな…。それでは、家人はもう少し様子を見て決めましょう」

「はい、ありがとうございます。では、お堂に行ってまいります」

「よすが殿お待ちくだされ、私もおとも致しますぞ」

「九条様は、先ほどからご家来がお待ちになっていらっしゃいますよ。お屋敷にお帰りになったほうが良いのではないのですか」

「家来どもには、先に帰るよう言ってあります。私にはよすが殿の舞を見るのが一番の最優先事項さいゆうせんじこうなのですぞ」

 そんなわけはないだろうと思いながらも、あまり無下むげにもできずに一緒にお社様やしろさまのお堂に入る。

 にゃまとも、何も言わなくても当然のように、九条様の後をとことこついていき、二人並んで座った。

 今日も舞うのは春の奉納ほうのうの舞だ。梅ののする扇をひるがえす様を、九条様は飽きもせずに一心に見つめている。ある意味ここまで熱心に見てくれる人は奇特きとくだった。

 よすがが、舞を終わると満足そうに微笑まれる。この顔を見られただけで安心する。

 今日も、ちゃんと舞うことができた証のようなものだ。

 二人で座って祭壇さいだん挨拶あいさつをすると、また、一筋の光が下りてきた。

 お社様だった。こんなに頻繁ひんぱんに表れていいのかと思わなくもないが、何かお話しがあるようだった。

「二人に返してあげようと思いまして。福さんです。仲良くしてください」

 お社様は、そういうと袖の中からこの前のように光る玉を取り出してそっと床に置いた。すると、その光は人の形になった。

「富さん!」

 よすがはびっくりして声を上げた。

「もしかして、福さんですかな」

 さすがに九条様は冷静れいせいだった。でも、見た目は富さんにそっくりだったのだ。

 短いおかっぱ髪にふっくらとした頬。頼りになるお母さんふうの風格ふうかく。目鼻立ちまでそっくりだった。

「私は座敷童さしきわらしの福と申す。富は妹だが知り合いか?」

「ええ、私たち、ひと月の間、富さんのところでお世話になったのです。とてもよくしていただいて感謝しています」

「そうか、富は元気だったか」

「福さんのことを心配していましたぞ」

「この屋敷を復元ふくげんしてくれたのだな。感謝するぞ。私は屋敷がなくては生きてゆけぬ者だ。またここに住んでよいか?」

「おお、もちろんです。ぜひ住んでくだされ。よすが殿とも話していたのですぞ。福さんが戻ってくれるのを待って居ようとな」

「はい。私は福さんに会えてとてもうれしいです」

「そうか。では、これからよろしく頼む」

 いつの間にかお社様もいなくなっていたが、福さんも、すっとどこかへ行ってしまった。

「よすが、福さんにゃんか?」

 にゃまとが不思議そうにくりくりの瞳でよすがを見上げて聞く。

「うん。富さんにそっくりね」

 よすがと九条様は、思わず顔を見合わせてニッコリ笑った。

 福さんが来てくれたことが嬉しかった。

「よすが殿、これで家のことは何も心配がいらなくなりましたな」

「ええ、よかったです」


 九条様のご家来衆は、先には帰らず、九条様の邪魔をしないようにお堂の遠くから様子をうかがっていたようだ。

 三人がお堂から出てくると、ぞろぞろと集まってきた。

 よすがは、今日お世話になった九条様の御家来衆にお礼がしたくてせめてお茶でもと、広間に上がってもらった。

「今日は本当にありがとうございました。無事引っ越しも終わり、こうして今日からこちらで住まわせていただくことができます。お礼に一献いっこんと行きたいところなのですが…、」

 よすががそう言いかけたところで、ササっと、酒や、つまみが出てきて並べられる。

 どうやら、さっそく福さんが動いてくれたようである。

「ま、まあ、福さんありがとう。皆さん、どうぞ、今日はくつろいでいってくださいね」

 皆は、突然どこからともなく表れた酒やつまみにきょろきょろと見まわして驚く。

「座敷童の福さんじゃ。福さんは、富さんの姉君だそうだ。話したであろう」

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