よすが引っ越しを覚悟する
よすがが、昼過ぎに、お屋敷に行ってみると、門は開け放され、人が忙しそうに出入りしている。
中も、昨日とは打って変わったお屋敷になっていた。
庭の
裏庭は、沢山の人でにぎわっていた。
人見知りなにゃまとがよすがの陰に隠れる。
お屋敷の中も、職人が大勢行き来して忙しそうに、立ち働いている。庭には
よすがが声を掛けると、屋敷の奥から九条様がにこやかに、でも、待ちかねていたようにいそいそと現われた。
よすがは、九条様のいつもと変わらぬ姿を見てほっとした。
ああ、今日はまだ九条様がいらっしゃる。
もしかしたら、すでに御家来に任されてもう、九条様はいらっしゃらないかもしれないと思っていた。
「おお、よすが殿、良くぞいらして下された。今人を入れて、あなたが住めるようにしているところです。ごらん下され、どこぞ気になる所があれば、何なりと申してくだされ」
にゃまとは、九条様を見つけると嬉しそうに駆け寄ってすりすりする。
「おお、にゃまと、
「はいにゃ! 布団が、
思いもよらないにゃまとの言葉に、よすがは、焦る。
「にゃまと、そんなことまで話さないの!」
焦りながらも、九条様の、思いもよらない言葉は、聞き流すことができなかった。
もしかしたら昨日の家の
「九条様、今何とおっしゃられましたか?」
「よすが殿には、お
「いえいえ、九条様、舞なら、こうして通ってまいりますゆえ、このようなお気遣いは、ご
「よすが殿は、都でも
「ですが、私には、このような
「何、心配は要らぬ。屋敷の
「九条様、私は
夕べしっかりと心に誓ったばかりだ。よすがは、
「あ、いやいや、
それは、自分の舞に
ひと月も、仕事をしていなかったので、はっきり言って生活の不安はあった。
九条様が、仕事をくださるというのならこんなありがたいことはない。
よすがが、思い悩んでいるうちに九条様が
「まだ、畳を新しくするのにちと
九条様のなかでは、もうすっかりよすがが、越してくる事が決まっているような口ぶりである。
確かにお社様にとっても、此処に人が住むのが一番良いはずだ。その上、
よすがとて、お社様をほっておくのは気がかりだ。此処は乗りかかった船だし、お社様に
それに、はっきり言って、よすがの今の家はひどい
朝になって色々見てみたら、あちこちが痛んでいて雨漏りもしていたようだ
こんな状態で嵐でも来たら屋根ごと吹き飛んでしまいそうだった。もう建て替えたほうがいいレベルだったのだ。
此処は、九条様のお言葉に甘えてしまうのが良いかもしれない。
よすがの仕事に口を挟まないと約束してくれたし、何も心配せずに舞いに集中出来る。
あの時菊さんが言っていたように、自分がしっかり切り離して考えられればいいことだから…。そんなことをよすがは思い出していた。
ひとまず、今日は、お社様のための舞を舞うと決めていた。
お堂に入ると、すっかり清められ綺麗に飾り立てられた
壁の両脇の明り取りの窓は開け放たれ、中は明るい日差しが差し込んでいた。
「まあ、
「そうであろう。早速に、準備させた。今日は、よすが殿が、来られるので、私も、
「九条様が、笛を吹くにゃんか」
にゃまとが驚いたように見上げると、九条様は少し照れながらうなずいて見せる。
「とても、すばらしいお考えです。九条様は舞もとてもお上手で、又、あの満月の夜 のように一緒に舞っていただきたいですわ。お社様も、さぞ喜ばれる事でしょう」
九条様は、よすがにほめられ、気を良くして、部屋の隅に座る。
「にゃまとここに座ろう。私の隣に」
「はいにゃ」
にゃまとがとことこ駆け寄って座ると満足そうに、笛を吹き始めた。
その音色のすばらしい事、よすがは、引き込まれるように扇を開き踏み出す。春の扇を手にして、部屋の中央に立つ。
よすがは、
扇に描かれた梅の花から甘い香りが流れる。
とこしえの時の巡りは繰り返す
諸人がこうる夢ここに訪れ
命の芽吹きを誘(いざな)う。
扇から流れる柔らかい風に乗せたよすがの軽やかな声が、
まるで、部屋中に花が咲いた様に気持ちが高揚する。
部屋の中が、満開の梅の中にいるように甘い梅の香りに満たされたころ、突然部屋の中央に一筋の光が立ち上る。
その光りはやがて、銀色の長い髪をなびかせた美しい人の姿になる。
「お社様!」
聖水を授けてくださったときに見たときは白い髪だったのに、あの時よりだいぶパワーアップしているように見える。
よすがは座り両手をついてあいさつする。九条様も、膝をつき礼を取る。
お社様は静かに微笑みお話になられた。
「面を上げなさい。私は、お二人に礼がしたくて来たのです。」
「お社様、ご無事で何よりでございます。
九条様が、
「ありがたいことです。そうしていただければ、この屋敷は、どんな
お社様は、そう、おっしゃると、
「
「はい、お呼びに従い、参りました」
言葉と同時に四つの光の玉は四人の
「お前たち、四神の元に行き、それぞれ力を引き継ぐ式神となり、この屋敷を護りなさい」
「仰せのままに」
四人の姿はすっと、四方に散った。
「これで、屋敷の護りは問題ないでしょう。
「よすがは、優しすぎて多くの
「は、はい。ありがとうございます」
これでは、よすががここで暮らすことを、断ることもできなくなってしまった。
それでも、よすがにとってはありがたいことで、そうか、あの家の異形の者たちは家のせいで集まっていたのじゃなくて、私が引き寄せてのか…。
でもこれからはもう、護符を外しても、家の中では不気味なものを見なくても済むということだ。
これはなんてありがたいことか。夢にうなされることも、家の中が暗くても寒気がすることもなければ、おびえることもない。
「よすが、よかったにゃん」
よすがのそばにちょこんと座っていたにゃまとが、嬉しそうにくりくりの瞳で見上げた。
「うん。にゃまと、私たち安心して暮らせるね」
「おお、そうと決まれば支度を急がせなければなりませぬな」
九条様も
お社様は、いつの間にか姿が見えなくなっていたが、きっと、富さんみたいにいつでも見守っていてくださるんだわ。
と、よすがは、
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