満月の夜の舞い
夕刻になると、皆が
富さんが、
皆は、酒を
その晩よすがは、皆にお礼を兼ねて
庭に出て、月の下で舞を舞う。
月に照らされた庭はほのかに明るく、庭を飾る木々や、岩や、
その中に真っ白な衣装のよすがの姿は月から舞い降りた
九条様は、たまらず庭に降りて行った。
「よすが殿、私も一緒に舞いたくなった。お相手をお願いできるかな?」
「私でよければ喜んで」
月の下に
ふわりと軽い身のこなし。なんて軽やかに舞うのだろう。
九条様の身軽な動きに、よすがは袖を
月明かりの下で
春の
君何を
月の
見つめる先に九条様の美しく舞う姿。月の光はその姿を輝かせて浮かびあがらせる。
よすがは、今日の日を一生忘れないと思った。
よすがの視線を、そらさずまっすぐ見つめ返す九条様の視線は、熱く切なく感じる。
全てが、夜の
だから、今は、美しい姿をじっと見つめる。ほんの少しも見逃したくない。
その日ばかりは、富さんも座って皆と酒を酌み交わした。
酔ったのか、いつもより、富さんの動きが遅くなって、どこにいても富さんが見えた。
よすがもうまい団子を
いよいよ明日は新月という日、皆で
「よすが殿、
「はい。九条様、富さんが、
「私もです。富さんの手製らしいですな」
「すごいですね。昨日山菜に取りに行こうとなったのに、一日でみんなの分を作ってしまうなんて」
「九条様、よすがさん、どうです、見つかりましたか」
すでに取れた山菜をいれた
「わあー、もうこんなにとれたんですか? 私はさっぱりです」
「私もまだ見つけられませんなあ」
九条様も、籠を覗き込みながら言う。
「
力持ちの平助さんは、いつも重いものや、みんなの荷物持ちをしてくれる。彼も本当は心優しい妖なのだ。
「九条様、よすがさん、来てみなされ、これですじゃ」
慎太郎さんに呼ばれて行ってみると、枯れ草をかき分けた地面から緑色のふっくらしたふきのとうが、顔を出していた。
「これ、ふきのとうね」
「おお、これがふきのとうか」
九条様も嬉しそうに覗き込む。
よすがは初めて見た、大地に育まれたかわいらしいふきのとうを見つけてうれしくなった。
「よすが、みつけたにゃんか?」
にゃまとがとことこと駆け寄ってきて、よすがの手の上に積んだばかりの、ふきのとうを覗き込んで、鼻をスンスンして匂いを嗅いだ。
「いい匂いがするにゃ」
「慎太郎さんが見つけてくれたの」
慎太郎さんは、嬉しそうに照れ笑いをする。それに、心なしか得意そうで、かわいい。
何時も泣きそうな顔の、大男の慎太郎さんなのだが、今日はその顔がうれしそうにくしゃりとする。
同じようでいて、全然違うと、よすがは見分けられることにうれしくなった。
「よすがさん、こっちこっち、」
今度は菊さんに呼ばれて行ってみると、茶色い胞子をたっぷり付けた
ふきのとうや、
九条様も、食べたことはあるが、生えているのを見るのは初めてだと楽しそうだった。
皆で積んだ
楽しく過ごすのも今日が最後かと思うと
人間同士だって、ここまで打ち解けられただろうかと思うと、そうはいかなかったかもしれないと思う。
人間には、ありがちな、
彼らは
思ったことを言い、思ったように動く。それなのに
本当に離れてしまうのが惜しくなるような
九条様とも、おそばにいられるのは今日が最後だろうと思うと、とても
色々なお顔が見られて楽しかった。九条様に対する見方も最初とはずいぶん違った。
もし、どこかの
よすがは九条様にお
「ひと月もの間、本当にお世話になりました。九条様がいらっしゃらなかったら、きっとこんなに楽しく過ごすことはできなかったと思います」
「私もですぞ。よすが殿がいなかったら、早く帰りたくて
「ありがとうございます。毎日つまらない舞を見せてしまいましたが、少しは紛らわすことができましたでしょうか」
「私の唯一の
「外に出ても…」
思い出していただけると嬉しいという言葉をよすがは飲み込んだ。そんな約束をして、どうするのだ。
どうせもう二度とこんな風にお話してもらえることはないのに、期待するだけ傷つくだけだ。
白拍子の仲間たちが、期待して、裏切られてつらい思いをしているのを、よすがはたくさん目の当たりにしてきた。
もう、未練は残さず、ここはすっぱり切り捨てて忘れてしまうのが一番いいはずだった。
九条様には、外に出れば都中の美女が待っているはずだ。よすがのことなど思い出している
「よすが殿?」
よすがが、言葉に詰まってしまったので、九条様に変に思われるかもしれないと慌てて言葉を
「外に出ても、お
「もちろんお願い申す。お社様の奉納舞は、よすが殿以外には考えられませんからな」
「そういっていただけると嬉しいです」
これで少なくとも全く仕事がないという事態は避けられそうだ。
九条様が、見に来てくださることはないかもしれないが、もしかしたら気まぐれにでも、お顔を見せてくれることもあるかもしれない。と、そこまで考えて、また、期待してしまっている自分に気が付いてあきれる。
スパッと忘れるのじゃなかったのかと自分で自分を叱ったが、よすがの隣にちょこんと行儀よく座っていたにゃまとが、くりくりの瞳を九条様に向けて言う。
「九条様は、外に出ても、よすがの舞を見に来るにゃんか」
よすがが期待していることを、にゃまとがサラッと聞いてくれた。
「おお、もちろん毎日通いますぞ」
にゃまとは九条様の側に行き、すりすりして嬉しそうに言う。
「また九条様に会えるニャン」
「今度は、お堂の隅でまた一緒によすが殿の舞を見ような。にゃまと」
「はいにゃン。約束ニャン」
九条様、できない約束はしないものですよ。
と言いたい気持ちをこらえて、後で、にゃまとに期待しないように言っておかなければと、よすがは、恨みがましく九条様を見た。
期待して裏切られるにゃまとの姿なんて絶対見たくない。
それはある意味自分に重ねているのかもしれないが、よすがは、ため息をついた。
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