満月の夜の舞い

 夕刻になると、皆が縁側えんがわに集まってきた。河童かっぱ夫婦ふうふも、魚を持ってやってきた。

 富さんが、山盛やまもりの団子を、大皿おおざらに乗せて用意してくれた。

 皆は、酒をそそぎあい。おいしい団子をたらふく食べた。

 その晩よすがは、皆にお礼を兼ねて白拍子しらびょうし衣装いしょうに着替え、舞を披露ひろうすることにした。

 庭に出て、月の下で舞を舞う。

 月に照らされた庭はほのかに明るく、庭を飾る木々や、岩や、灯篭とうろうが、絵のように浮かび上がる。

 その中に真っ白な衣装のよすがの姿は月から舞い降りた精霊せいれいのようにはかなげで、すぐにも消えてしまうのでないかと不安を覚えるほどだった。

 九条様は、たまらず庭に降りて行った。

「よすが殿、私も一緒に舞いたくなった。お相手をお願いできるかな?」

「私でよければ喜んで」

 月の下にたたずむ、貴公子きこうし舞姫まいひめの姿は、美しく、月が照らし出す幻想げんそうのようだ。二人の舞は息もぴったりでため息が出るほどすばらしい。

 妖達あやかしたちでもそれはわかるのだろう、皆が固まったように息をつめてひたすら見つめている。

 ふわりと軽い身のこなし。なんて軽やかに舞うのだろう。

 九条様の身軽な動きに、よすがは袖をひるがえして答える。白鳥しらとりが羽を広げたように軽やかに美しい。

 月明かりの下でつむぎだされる二人の世界は、無言の言葉を伝えようとしているような切なくも、愛しい、口に出せない二人の言葉が紡がれているようだった。 

 今様いまようは春の月夜をたたえる歌で、その声も、澄んだ美しい声音こわねで、二人の声は綺麗きれい調和ちょうわする。

 春のよい 天満あまみつ月に つる夢

 君何を 物思ものおもうのか

 月のめぐみみは万物ばんぶつに注がれし

 めぐみ心にうるおいて生きるかてとならん


 見つめる先に九条様の美しく舞う姿。月の光はその姿を輝かせて浮かびあがらせる。

 よすがは、今日の日を一生忘れないと思った。

 よすがの視線を、そらさずまっすぐ見つめ返す九条様の視線は、熱く切なく感じる。

 からまるように見つめ合う視線も、今だけは二人に許された時の魔法。

 全てが、夜のやみと共に消えていく儚い夢と同じ。朝にはどこにも、残らないうたかた。

 だから、今は、美しい姿をじっと見つめる。ほんの少しも見逃したくない。


 その日ばかりは、富さんも座って皆と酒を酌み交わした。

 酔ったのか、いつもより、富さんの動きが遅くなって、どこにいても富さんが見えた。

 よすがもうまい団子を堪能たんのうし夜の更けるまで楽しく過ごした。


 いよいよ明日は新月という日、皆で山菜さんさい取りに出かけた。もう、なじんでしまって、違和感なく皆と話せるようになっていたので、和気あいあいと山菜をんだ。

「よすが殿、足元あしもとに気を付けなされ。大丈夫ですかな」

「はい。九条様、富さんが、藁沓わらぐつを用意してくれたので、とても歩きやすいです」

「私もです。富さんの手製らしいですな」

「すごいですね。昨日山菜に取りに行こうとなったのに、一日でみんなの分を作ってしまうなんて」

「九条様、よすがさん、どうです、見つかりましたか」

 すでに取れた山菜をいれたかご背負せおった平助さんが声をかける。よすがは、籠を覗き込んで見た。

「わあー、もうこんなにとれたんですか? 私はさっぱりです」

「私もまだ見つけられませんなあ」

 九条様も、籠を覗き込みながら言う。

枯草かれくさかげなどを探してみるといいです。取れたらわしが預かりますじゃ」

 力持ちの平助さんは、いつも重いものや、みんなの荷物持ちをしてくれる。彼も本当は心優しい妖なのだ。

「九条様、よすがさん、来てみなされ、これですじゃ」

 慎太郎さんに呼ばれて行ってみると、枯れ草をかき分けた地面から緑色のふっくらしたふきのとうが、顔を出していた。

「これ、ふきのとうね」

「おお、これがふきのとうか」

 九条様も嬉しそうに覗き込む。

 よすがは初めて見た、大地に育まれたかわいらしいふきのとうを見つけてうれしくなった。

「よすが、みつけたにゃんか?」

 にゃまとがとことこと駆け寄ってきて、よすがの手の上に積んだばかりの、ふきのとうを覗き込んで、鼻をスンスンして匂いを嗅いだ。

「いい匂いがするにゃ」

「慎太郎さんが見つけてくれたの」

 慎太郎さんは、嬉しそうに照れ笑いをする。それに、心なしか得意そうで、かわいい。

 何時も泣きそうな顔の、大男の慎太郎さんなのだが、今日はその顔がうれしそうにくしゃりとする。

 同じようでいて、全然違うと、よすがは見分けられることにうれしくなった。

「よすがさん、こっちこっち、」

 今度は菊さんに呼ばれて行ってみると、茶色い胞子をたっぷり付けた土筆つくしがあたり一面に顔を出していた。亀吉さんが、うれしそうにせっせと積んでいる。

 ふきのとうや、土筆つくし、タンポポの葉っぱ、タラの芽など、よすがには知らないものがたくさんあって、教えてもらいとても楽しかった。

 九条様も、食べたことはあるが、生えているのを見るのは初めてだと楽しそうだった。

 皆で積んだ山菜さんさいを持って帰り、富さんに料理してもらった。山の幸を堪能たんのうし、酒を酌み交わした。

 楽しく過ごすのも今日が最後かと思うと感慨深かんがいぶかいものがある。

 人間同士だって、ここまで打ち解けられただろうかと思うと、そうはいかなかったかもしれないと思う。

 人間には、ありがちな、嫉妬しっとや、ねたみがないのだ。 

 彼らは純粋じゅんすいで、裏表うらおもてがない。

 思ったことを言い、思ったように動く。それなのに喧嘩けんかもせずに、お互い思いやり、助け合っている。

 本当に離れてしまうのが惜しくなるような素敵すてき妖達あやかしたちだと思う。

 九条様とも、おそばにいられるのは今日が最後だろうと思うと、とても名残惜なごりおしく寂しい気持ちでいっぱいになる。

 うわさはよく耳にしていたが、こんなにおおらかなうつわの大きいお方だとは知らなかった。

 色々なお顔が見られて楽しかった。九条様に対する見方も最初とはずいぶん違った。

 もし、どこかの宴会えんかいでお目に掛かれたら、覚えていてくださるだろうか? 素知そしらぬ顔をされたら寂しいな。と思う。

 よすがは九条様におしゃくをしてお礼を言った。

「ひと月もの間、本当にお世話になりました。九条様がいらっしゃらなかったら、きっとこんなに楽しく過ごすことはできなかったと思います」

「私もですぞ。よすが殿がいなかったら、早く帰りたくて我慢がまんができなかったかもしれません」

「ありがとうございます。毎日つまらない舞を見せてしまいましたが、少しは紛らわすことができましたでしょうか」

「私の唯一のいやしです」

「外に出ても…」

 思い出していただけると嬉しいという言葉をよすがは飲み込んだ。そんな約束をして、どうするのだ。

 どうせもう二度とこんな風にお話してもらえることはないのに、期待するだけ傷つくだけだ。

 白拍子の仲間たちが、期待して、裏切られてつらい思いをしているのを、よすがはたくさん目の当たりにしてきた。

 もう、未練は残さず、ここはすっぱり切り捨てて忘れてしまうのが一番いいはずだった。

 九条様には、外に出れば都中の美女が待っているはずだ。よすがのことなど思い出しているすきも無いだろう。

「よすが殿?」

 よすがが、言葉に詰まってしまったので、九条様に変に思われるかもしれないと慌てて言葉をつくろう。

「外に出ても、お社様やしろさま奉納舞ほうのうまいはさせていただけますか?」

「もちろんお願い申す。お社様の奉納舞は、よすが殿以外には考えられませんからな」

「そういっていただけると嬉しいです」

 これで少なくとも全く仕事がないという事態は避けられそうだ。

 九条様が、見に来てくださることはないかもしれないが、もしかしたら気まぐれにでも、お顔を見せてくれることもあるかもしれない。と、そこまで考えて、また、期待してしまっている自分に気が付いてあきれる。

 スパッと忘れるのじゃなかったのかと自分で自分を叱ったが、よすがの隣にちょこんと行儀よく座っていたにゃまとが、くりくりの瞳を九条様に向けて言う。

「九条様は、外に出ても、よすがの舞を見に来るにゃんか」

 よすがが期待していることを、にゃまとがサラッと聞いてくれた。

「おお、もちろん毎日通いますぞ」

 にゃまとは九条様の側に行き、すりすりして嬉しそうに言う。

「また九条様に会えるニャン」

「今度は、お堂の隅でまた一緒によすが殿の舞を見ような。にゃまと」

「はいにゃン。約束ニャン」

 九条様、できない約束はしないものですよ。

 と言いたい気持ちをこらえて、後で、にゃまとに期待しないように言っておかなければと、よすがは、恨みがましく九条様を見た。

 期待して裏切られるにゃまとの姿なんて絶対見たくない。

 それはある意味自分に重ねているのかもしれないが、よすがは、ため息をついた。

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