夢のなかのあやかし
新月の夜は、
玉どんは、子どもを探しに行くのだろうか。余りにもかわいそうで、見つかるといいのにと思う。
しかし、他のみんなは、一体何しに行くのかと
それと同時に心配でもあった。外の世界に行って、心優しい彼らが、傷つけられたりしないだろうか…。それは嫌だと思う。
その晩よすがは、夢にうなされた。真っ暗な
よすがは近寄ってみようかと思うと、その首は顔中口かと思うほど大きく口を開けて長い舌をぺろりと舌なめずりする。よすがは思わずびくりとして固まった。
ま、まさか菊さんがこんな風に変わるの?
「くくくく、旨そうだね」
と
口を大きく開けてよすがに襲い掛かってきた。
(食べられる! )
本能的に
足がもつれて転ぶと、その先に人の姿が、誰かいる助けて! と叫ぼうとすると振り返ったその人は、顔がない。
(顔をくれ! その顔をよこせー)
口もないのにそう言っているとわかる。冷たい手を伸ばしてきて顔をつかまれる。
顔がべりっとはがされそうになる
必死でもがいて逃げるがどこへ行っても妖ばかりだった。
(だ、誰か助けてにゃまと! )
「よすがさん!」
耳元で聞こえる声に目がさめる。
「よすがさん朝よー」
声のほうを振り向くと、枕元に生首がニタリと笑っている。
よすがは飛び起きて悲鳴を上げた。
「助けてー!」
よすがの悲鳴に、今まで開けたことのない隣の部屋を分ける襖があけられて、九条様と、にゃまとが飛び込んできた。
「よすが殿!」
「よすが!」
駆け寄ってきた九条様によすがは思わずしがみついてしまった。
「一体何がおこったのですか」
九条様は、よすがを抱き留め、なだめながら訪ねる。
にゃまとも心配して、不安そうな顔でよすがにしがみついて見上げる。
よすがは、夢と現実が区別つかなくて必死にしがみついて震えていた。
「た、たすけ…」
「よすが殿、大丈夫ですぞ、私がそばにいますので必ずお助けいたします」
少し落ち着いてくると、周りが明るいことに気が付いた。
さっきは、真っ暗だったから、朝になったのか…? それに九条様がそばにいてくれる。助かったんだわ。よすがは、恐る恐る顔を上げてみる。
何かがおかしい気がする。
周りをきょろきょろ見回してみる。そして、やっと気が付いた。
夢を見ていたんだ!
見上げると九条様の美しい
よすがは、慌てて離れようとしたが九条様が放してくれなかった。
「よすがー」
にゃまとがくりくりの瞳でじっと見ている。
よすがは、にゃまとの頭を撫でてやろうとしたが思うように体が動かなかった。
「あの、申し訳ありません。…夢を見ていたようです。お騒がせしてしまって…あの…」
「怖い夢を見たのですな。もう、大丈夫ですぞ」
九条様は、穏やかに微笑んでよすがの顔を覗き込む。
よすがは、恥ずかしくて穴があったら入りたい思いだった。
「はい。あの、もう落ち着きましたので放していただいて大丈夫です」
「そうですか? 私はこのままでも一向にかまいませんが」
あんなに抱きしめたいと思っていたよすがが、自分のほうから飛び込んでくれたのだ。こんな幸運はできれば放したくない。
九条様は、満足そうに、ますます強く抱きしめるから、よすがは顔から火が出るほど火照るし、
「わ、私の心臓が壊れてしまいますので、お放しくださいませ」
必死で離れようとするよすがに、嫌われてはまずいと思う。
「残念ですが仕方ありませんな」
九条様は、しぶしぶよすがを放す。よすがは気恥ずかしくて視線を外に向けると、
「こんなに
しょんぼりと菊さんが
よすがは、慌てて菊さんのほうに
「菊さん、私のほうこそ大騒ぎをしてしまってごめんなさい。菊さんは、少しも悪くないんです。私が愚かなことを考えてしまっただけで、本当にごめんなさい」
「そうですぞ、よすが殿が夢に見たのは菊さんではなく別の、世の中でささやかれている妖なのです。そうでしょう?」
九条様は、菊さんを見て、よすがが、怖い夢を見たといっていたので、あらましの
九条様に言われてよすがは、目からうろこが取れた思いだった。
確かにその通りだと。夢の中の妖は顔がほとんど口ではないかと思うほどに大きかったが、菊さんは、どちらかというとおちょぼ口で、目元も優しい。あんなに釣り目で長くない。
よすがは、九条様の言葉にうなずき、ほっとして菊さんの手を取る。
「九条様のおっしゃる通りです。菊さんは、優しくてとても思いやりのある人です。私は、大好きです」
心からの言葉だった。九条様の言葉によすが自身も救われた。
こんなにお世話になっている菊さん達を妖だからというだけで、何も悪くない優しい人たちを拒絶してしまっている自分が許せなかったが、そうではなかった。
彼らは、嫌いじゃない。一般的に言われている妖怪に
菊さんの顔をまじまじ見る。色白のなかなか美人さんだ。今まで気が付かなかった。
「菊さんて、よく見ると美人さんね」
「へへへ…そお?」
と菊さんは照れたように笑う。この気取らないところも菊さんらしくて好きだな。とよすがは思った。
そのことに気づいてしまってからは、気が楽になった。
何も気負わなくてもいいんだと思うと彼らに対しても自然な振る舞いができるようになり、自分から進んで彼らとかかわることができた。
畑で働く皆に差し入れをしたいと富さんに頼んで、お茶や、お
相変わらず
亀吉さんは、つまらないのうと言いながらも、チマっとした小さな口でうれしそうに笑うのだった。
まじめな
「慎太郎さん、一休みしましょう。富さんが、おいしいお饅頭を作ってくれたわよ」
声をかけられてやっと手を止めて、うれしそにくしゃくしゃの顔を余計にくしゃくしゃにしながら
この二人はいったいどんなつながりがあるのだろうかとほほえましく思う。
いつものように九条様と
先に座っていた九条様に
もちろん富さんの姿は見えないが多分聞いてくれると思った。
「富さん、今日は満月のお団子ですね」
すると、案の定富さんはどこからともなく姿を現し、側に座った。
「そうだ。今夜は、皆で月見をする。その団子を試しに作ってみた。味見をしてみてくれ」
「そうか、今夜は満月か…早いものだなもう半月か、あっという間でしたな」
九条様がしみじみという。
よすがも、うなずきながら、お団子に箸をつける。
「
すべすべとしたつややかな表面で、真ん丸な小さなお団子は、柔らかくて、口に入れるとほんのり甘い。
「おお、富さん。これはうまい! 私はこんなうまい団子は初めてですぞ」
「本当に、このほんのりとした甘さは、いったいどうしたらできるのですか」
「甘酒でこねているのじゃ、米は、甘酒にすると甘くなるからな。旨いか? 其れは良かった。月見には、たんと作ってやろう」
「ええ、富さん、今からとても楽しみです」
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