第13話夕立と、雷とあやかし


「ほら、これでもう大丈夫。今日はもう切り上げて大人しくしていなさいよ」

 菊さんが、手当てを終えて、やさしく言う。

「うん。ありがとう」

 素直すなおで、子どものようだ。図体ずうたいの大きいその男が可愛く見えてしまう。

 一つ目もどきの男に連れられていった。

「それじゃあ、皆揃った所で、飲もう!」

玉どんが、皆に向かって声を掛ける。

 玉どんは、今日は元気なようだ。よすがは、にゃまとと顔を見合わせて、良かったね。と笑った。

「おお、飲もう、飲もう」

 河童の夫婦も、のっぺらぼうも、けろっとして陽気ようきに言う。なんて切り替えが早いのか戸惑いながらも、誘われ、九条様も、よすがも広間に移動する。

 にゃまとは九条様の後をとことこと付いていく。本当に二人は仲良くなったらしい。

 広間には既に酒や、つまみが用意されていた。ほんとに富さんは、魔法使いかしらと思う。姿を見せずにやる事に隙が無い。何でもお見通しなのだろうか?

 今回は、菊さんも、河童の夫婦もいる。いないのは富さんと、怪我けがをした男と、付き添っていった男だけだ。

 富さんは、飲まないのかしら? と少し気に成って、菊さんに聞いてみた。

「菊さん、富さんは、一緒に飲まないの?」

「富さんも、此処にいるんだよ。だけど動きが早くて見えないのさ」

「え?」

 よすがはビックリする。もしかして、今までもずっといたのに気が付かなかっただけ?

「富さん、少し座って、ゆっくりしたらどうだい? たまには、よすがさんと話をするのも良いんじゃないかい」

 菊さんが、そう声を掛けると、フッと風と共に隣に富さんが座った。よすがはびっくりしたが、ここぞとばかりに、いつも感謝かんしゃしている気持ちを伝えた。

「富さん、私は何時も富さんにお礼が言いたいと思っていたのですよ。ほんとに何時も良くして頂いて食事もおいしくて、何も手伝いも出来ずに申し訳ありません」

 九条様も、常々思っていたのだろうよすがに続いて富さんに感謝を伝える。

「私もですじゃ。この間の酒のあとの朝餉あさげは、格別かくべつ上手うまかった。ほんに、ありがとうございました」

「客人をもてなすのは、当たり前の事じゃ。気にする事はない」

 富さんは少し照れたようにもじもじと言う。なんだか、可愛らしい。

「それでも、富さんのおかげで、此処はこんなに皆が穏やかに暮らせているのですね」

「ああ、それは、私もそう思うよ」

 菊さんが、同意の言葉を続けた。

「菊さんまで、恥ずかしいから辞めとくれ!」

 そういうと、富さんは、又姿が見えなくなってしまった。

 代わりに、大皿おおざらのつまみが、どんとおかれた。

 照れながらも、喜びの気持ちをこんな風に表してくれたのだろう。

「富さんは、恥ずかしがりやの人見知りだから、なかなか話をしてくれないのさ」

 富さんも中々可愛い。

 菊さんは、人の倍ほど長くした首をキョロキョロさせながら笑う。

 それは…ちょっと怖いから止めてほしいとよすがは、思う。

 菊さんの困るところは、時々顔だけ覗かせてにやりと笑うことだ。よすがは何時もきもを冷やされて腰を抜かす。さらにこまった事に、そんなよすがを見て楽しんでいる事だ。

 でも、菊さんも、優しい人だと知ってしまった。この間も、親身になってよすがの悩みを聞いてくれたばかりだ。

 意地悪いかと思っていた平助へいすけさんの以外にやさしいこともしった。思ったよりも、皆助け合いながら、楽しく生きているように思う。

 ところで、生きているで良いのかな…?

 一応意思いしを持って動いているし、いいのか。

 

 よすがは、相変わらず、今日もおうぎひるがえしてけいこに励んでいた。

 思わぬ時間ができたのだから、徹底てっていして技を磨くつもりだ。

 帰ったときに腕がなまったとは、絶対に思われたくない。

 よすがが、扇を翻して試行錯誤しこうさくごしていると、突然空が割れるようなバリバリという音が鳴り響いた。

 よすがは、扇に雷が落ちたのではないかと錯覚さっかくして危うく扇を落としてしまうところだった。

「おや、雷ですかな」

 九条様が空をうかがうかのように上を見上げて言う。

それと同時にあたりが明るくなるほどに閃光せんこうが走る。

 これが舞台の上ならよすがも、素知そしらぬ顔で踊り続けるところだが。はっきり言って雷は嫌いだ。自分の上に落ちてくるわけでなくても、いや、舞台の上なら、雷に打たれようが舞はやめないが! 

 でも、本心は耳をつんざくような大きな音は怖いのだ。

 雷は近づいてきているようだ。音はさらに大きくなって、その合の手のように稲光いなびかりも光って恐怖きょうふをさらに上乗うわのせする。

 よすがは耐え切れずそでで頭を隠して縮こまった。にゃまとも、雨の記憶が思い出されて怖いのか、よすがのひざの上に丸くなる。

「よすが殿は雷が怖いのですな。大丈夫ですぞ。落ちるなら庭の背の高い木のほうでしょうから」

 そういって、九条様は側に来てうずくまるよすがの背中をポンポンとなだめる様に叩いてくれた。

 春先というのはあやかしの世界でも雨が多いものなのらしい。今日は朝からいい天気だったのに突然雷とともに土砂降どしゃぶりの雨になった。

 ところが、よすがとは真逆まぎゃくに、妖達は雨が降り出すや否やなんと、土砂降りの雨の中に大喜びで飛び出していく。

「雨だぞーい!」

河童かっぱの夫婦が飛び出してくる。

「うひゃはは、雷だ!」

亀吉かめきちさんが広い額にたっぷり雨を受けながら上を向く。

「おおー!光った! 光った!」

普段は、比較的ひかくてきおとなしい平助へいすけさんが叫ぶ。

「今のはすごかった」

 興奮こうふんした様子で慎太郎しんたろうさんが言った。

 稲光が光るたびにつかもうとでもするように、両手を空に伸ばしてパチンと叩く。

 叩いてはつかめなかったというようにしりもちをついて大笑いをする。

 まさか、妖というのは、雷から力をもらったりするのだろうか? 雷に当たっても死なないのだろうか?

 この間、妖も生きているのだと思ったばかりだったが、違うのかしら? 

 人間と違うことは確かだろうが…。

 雷に手を伸ばすなんて、よすがには到底とうてい考えられないような光景こうけいだった。

 雨に濡れた庭はぬかるんで泥だらけなのにお構いなしに泥の上にしりもちをついては楽しそうに笑う。

 皆で大はしゃぎしている。まるで濡れるのがうれしいというように、びしょびしょになりながらはしゃぎまわっている。

 菊さん富さんまでが縁側えんがわに座って雨を眺めていた。さすがに猫又の玉どんは濡れるのは好きじゃないのかここにはいなかった。

 皆で雷と稲光いなびかりが光る度に、おかしくて仕方がないというように大笑いをして、大喜びする。

 よすがは稲光も、雷も苦手で座敷ざしきの奥で縮こまって、なんとも不思議な光景をぼんやり眺めた。

 九条様がやさしく背を撫でてくれるのも、ちょっぴり甘えていても誰も気が付いていないからこのままでいたいなんて思ってしまった。

 やがて雷も遠のいて雨もやんでしまうと、彼らは恨めしそうに空を見上げた。

 いくら見上げても雨は降りそうにない。皆、どろんこまみれの泥人形のようだ。

「河童さんがいるうちに皆、井戸いどに言って洗っておいで」

 菊さんが声をかけると、皆子供のように素直にぞろぞろと井戸のほうに歩いて行った。

 今度は井戸の水を掛け合ってはしゃいでいる。

 ばしゃ! と冷たい水を頭からけられ、ぶるぶる震える。

 冷たいはずだ、まだまだ春先の寒い季節なのだから、冷水なんてかけられたら、凍えてしまう。

「うおー、冷たい」

「お返しだ、そりゃ!」

「ひゃー冷たいぞー」

 それにしても、みんな元気だ。凍えるどころか、楽しそうに水遊びを始めている。

「綺麗に泥も落とすぞい」

河童さんが、皆の頭から桶の水をぶちまける。

 冷たい水をしこたまかけられた亀吉さんが、ぶるぶる震えながら河童さんに言った。

「河童どん、もうきれいじゃ、はよう乾かしてくれ」

「わかったぞい。それ」

 河童さんが、皆の頭をポン、ポンと叩くと、皆すっかり乾いて今までずぶぬれだったのがウソみたいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る