第11話よすがの決意
「わしは、子どもを背に乗せて必死に逃げた。妻や、ほかの子供たちともはぐれて
「それで、にゃまとはそんなに坊やに似ているのか?」
「坊やに間違いないと思ったんだがなあ…。どこに行ったのかなあ…」
「玉子・・・、うう、坊や・・・」
玉どんは、思い出しておんおんと泣いた。
九条様も、にゃまとについては
しかし、時間の流れがよくわからない。いったい、いつの話なのだろう。
九条様は、考える。気の毒な話ではあるが、少し変だな…。玉どんは、ふつうの猫ではない。貴族の屋敷で
もし、そうなら、飼い主は、猫又と知っていたのだろうか? もしかしたら、そのころは、ふつうの猫だったりしないか?
三毛猫は、思いが残ると、猫又になるという話を昔聞いたことがあった。
子どもを探し回っている間に年月が過ぎて、いつの間にか猫又になってしまったのだとしたら、坊やは、その時生き延びていたとしても、既に歳を取って死んでいるかもしれない…。
もしそうなら、気づかせてやらねばならないが、それも気の毒な気がする。
玉どんの話に自分の悩みがどこかへ行ってしまった。まあ、まだ時間はある。
よすが殿がいなくなるわけでもないし、白拍子としての
彼らは、何気に落ち込んでいる九条様を慰めようとしているらしい。
あまり
よすがは九条様のことを考えながら
「よすがさん、少し休んで、お茶でも飲みましょうよ」
さっきは、首が塀の上にあって驚かされた菊さんが、お茶を持ってきてくれた。
「なんだか、浮かない顔してるねえ。なにか悩みごとかい?」
にゃまとは直ぐによすがの側に来てちょこんと座ると、無邪気な顔で平然と言う。
「よすがは、さっきから同じ所を失敗してもう、三十回もやり直しているにゃん」
「おや、まあ、
菊さんは、困った顔をして言うと、にゃまとが驚いた。
「よすがの心が、どこかに行ってしまったにゃんか?」
「まあ、そんなところかね」
にゃまとは、必死の顔で、よすがにしがみつく。
「よすが、早くもどってくるにゃん! 僕を置いていかないで!」
にゃまとにとってよすがは、無くてはならない
よすがにとっても、にゃまとは大切な存在だ。いつも支えあって生きてきた。
よすがは、にゃまとの頭をなでてやると、うれしそうによすがにすりすりする。
私に、他の大切な人なんて必要もないはずなのに、何故こんなにも気になるのかしら…。
「どれ、一つ話しを聞こうかねえ、九条様かい?」
「え?」
よすがは
九条様の、あの、肩を落とした後姿が、頭から離れない。思い出しては、
よすがにとっては、殿方をあしらうことは
「さっき九条様が、あまりにもしょんぼりされていたので、傷つけてしまったのではないかと気に成ってしまって…」
「ああ…、よほどよすがさんに嫌われたくないと見えて
「私、まともに聞いてはいけないと思って、何時もの調子で、酒の席で
「酒の席では、
「いちいち真に受けていたら、身が持ちません」
「九条様も、そうだと思ったのかい?」
「分かりません。私はまだ、そこまで九条様という方を存じ上げていませんから、噂を、真に受けているわけではありませんが、九条様の
「そうかね、私は中々、
「僕?」
と、にゃまとが、ぴょこんと顔を上げて興味津々に、よすがを見上げる。
「にゃまとは、嘘を言いませんから。でも、人はうわべを
「九条様も、嘘は言わないにゃん」
よすがは、無邪気な瞳で言うにゃまとに、思わず笑ってしまった。
「にゃまとは、
「そうにゃん!」
にゃまとは得意そうに言って、満足そうにまたよすがの膝に頭を載せる。
「よすがさんは、九条様とまともに向き合うのが怖いんだね」
「それは、身分が違いすぎますから、外の世界に出たら、私などお目にかかることすら出来ないようなお方なのですもの」
「よすがさんだって、都一の白拍子じゃないかい」
「いくら評判がよくても、白拍子は平民ですから」
「九条様は、案外忘れずに後見になってくれるかもしれないよ」
「後見はいりません。後見といえば、愛人になる事と、同じなのです。私は白拍子として、舞だけに全てをかけて生きて生きたいのです」
「それはそれ、別に考えても良いんじゃないかえ」
「え…?」
「ほら、後見としての線引きをしっかりすれば良いことだし、九条様は又別に考えたら良い」
「…私が、白拍子の誇りを失わなければ良いってこと?」
「ああ、ちゃんと解っているじゃないか。そういうことだよ。何もかも一緒くたに考えるから混乱してしまうんだろ」
「誰かに心を許しても、自分を失わなければいいことだし、それだけの強さは、よすがさんにはあると思うけどね」
「でも…、自信がありません」
「じゃあ、あんたにとって、白拍子と言うのは、そんなに簡単にすててしまえるものなんかい?」
簡単にすてられるわけがない! たとえ命の危険を迫られても、舞は捨てられない。お社様のお堂の中でもそうだった。
よすがにとって、舞は、生きることそのものなのだ。何があっても、舞をおろそかにはできない。
心の底から湧き上がる思いを、よすがは、消すことはできない。
「いえ! 私は、手足の動く限り舞続けます」
「それでいいんじゃないかい?」
「…。確かに、揺るがない気持ちは私の中にありました」
うん、うん、と、菊さんは頷いて、満足そうにお茶をすすった。
九条様の気持ちをそこまでかたくなに否定することもないのだ。それが、よすがの生業を脅かすことなどない。と思えた。
「よすがー、心もどってきたにゃんか?」
「うん、にゃまと。ごめんね
「よかったにゃあ!」
にゃまとは嬉しそうに駆け出して、よすがの
「ありがとう。にゃまと」
よすがは、扇を受け取りごくりとお茶を飲み干すと、又舞始めた。
もう、迷いはない。しっかりした足取りで、扇を
扇は、今度は、
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