第4話悪霊退治にいざ参る

「いえ…、御礼などには及びません。それよりも、悪霊を払って、このおやしろを護りませんと、いずれ、たいへんなことになるかと思います」

「この屋敷にはびこった悪霊どもは、私が成敗せいばいする。あなたは、危険なので、このお堂の中に隠れていなさい」

「危険です。このお屋敷には沢山の悪霊が集まってきています」

「大事ない。私も、多少の法力ほうりきの心得は在る。二度と取り付かれるような失態しったいはしない」

「私もご一緒させてください。悪霊を払うお手伝いをさせてください。決して足でまといにはなりません」

 よすがも、何度か悪霊騒ぎに巻き込まれ、退治に手を貸した経験があった。今回もきっと力になれると思っていた。

「いや、これはこの屋敷の持ち主である、私の仕事。本来なればもっと早くに手を打つべきだったのだ。あやかしが出ると噂は聞いていたのだが、後回しになってしまったは、私の落ち度。かかわりないあなたを危険にさらすわけにはいかない」

「ですが、助けを求められたのは私です。ここは、乗りかかった船。私にも、何かできるはずです」

 何と強情ごうじょう女子おなごか、普通は、大人しく守られて、男を頼もしく思うものなのに。

「いや、あなたには舞いを奉納ほうのうしていただくのが仕事です。現にこうしてお社様を助けていただいた。あなたの仕事はここまでで十分です」

「このままでは、お社様を、お救い出来たとはいえません。安全な様子を見ませんと安心できません」

 よすがは、一緒にあやかし退治をするといって、断固として引かない。どうしたものか。

 しかし、目覚める前に見ていたのは夢だったのか…。春の境内けいだいの白拍子だったはず。九条は、よすがをチラリと盗み見するが、直ぐに目をそらす女子のおもてをじろじろ見てはいけない。高貴な女性なら、扇で顔を隠すところだ。だが、気に成る。あの時の白拍子がやはりこの女子であるかもしれない?

 先ほどの様子と違い今は白拍子の衣装を身につけているよすがは、あの時の舞姫にそっくりで、九条は胸の高鳴りをこらえる。もし、そうなら、あの時はできなかったが、今なら手を伸ばせば届くほどにすぐそばにいる。抱きしめることができる?

 いやいや、それはないだろう。あの白拍子ははかなげで、抱きしめたら崩れ落ちてしまいそうな、か弱い女性だった。こんなに強情ごうじょうで、男勝おとこまさりりの女子おなごのはずがない。これでは、見かけは儚げな女子でも、中身は岩女のように強情ではないか。

 だが、声が、おもてのつくりが似ている…。九条は、また、チラリとよすがを盗み見る。

 似ている気がする…。どうしたものか。心臓がいたたまれないほど大きく波打って、とても側にいられなくなり立ち上がって距離を取った。

 よすがは、九条様の、奇妙な行動に、そんなに嫌がらなくても、足手まといにはならないのにと少しムッとする。

 九条は、離れたところで、また、ちらりとよすがを盗み見る。本人かどうか聞いて確かめればいいことなのだろうが、今は、そんな話をしている場合じゃない。

 女子を連れてあやかし退治など、足手まといに他ならない! 断じて連れて行きたくはない。しかし、取り付かれていた自分を助けてもらったという弱みもあって、強くは断れなかった。

 結局、渋る九条様を説き伏せて一緒に外にでる。

お堂の外に出た途端とたん、期待を裏切らない数の怪しげなものたちがうじゃうじゃと集まって来る。

 不気味な姿をした、人とも思えないような形相ぎょうそうの者達がじわじわと詰め寄り、今にも襲い掛かってきそうだった。

 それとともに腐敗物ふはいぶつが放置されて時間がたったような悪臭がむあーっと漂って、吐き気がする。さらに悪霊たちが漂わせている重い淀んだ空気に感情が支配されると、よすがの心に、後悔が押し寄せてきた。

 (無理だわ! 臭いし、気持ち悪い。来なければよかった。何故こんなことに巻き込まれなければならないのか。こんなところにはほんの一時もいたくない。私に関係ないではないか。今直ぐに何もかも投げ捨てて逃げてしまおうか…。)そんな思考がよすがの脳裏をかすめて、よすがはふらふらとお堂からはなれそうになった。

「よすが殿、私の側を離れるでないぞ」

 九条様の声に、はっと我にかえる。いけない! 負の感情に支配されかかっていたと気づく。自分から無理を言って九条様についてきたのに、どうかしていた。 

 悪霊の負の感情に飲み込まれてしまえば、自ら悪霊と化すのはあっという間だ。まんまとやみに飲み込まれそうになっていたことに気づき、、気持ちを引き締める。

 九条様は、今度は影響えいきょうされていないようだった。さすがだわ。同じ過ちは繰り返さないのね。よすがは、尊敬のまなざしで九条様を見る。その横顔が、余計にりりしく見えてときめいてしまう。

 だが、そんなことを考えているどころではない。事態は切羽詰せっぱつまっていた。幸い人の形をした悪霊だが、ぼさぼさの髪に骸骨がいこつみたいにがりがりにやせ細って暗闇のなかでも光って見える、ギラギラした今にも飛び出しそうな眼光は何を見ているのかもわからない。漆黒しっこくの闇の中で殺気をみなぎらせ、怖いもの知らずにとびかかってくる。その手は、汚い! 骨と皮ばかりで、あかだらけの手に、黒く汚れたとがった爪で、かすめただけでもばい菌が入りそうでぞわぞわする。絶対に触られたくない。

 九条様は、ひるむ様子もなく刀を抜いて一刀両断に切り捨てた。悪霊の腕が、スパッと切り落とされる。    

 人の形をしていても悪霊である。ためらっていては危険だった。容赦ようしゃないように見えるが、九条様はそこはよくわかっていらっしゃるようだ。さすがは百選錬磨れんま強者つわものなのだった。だが、切っても切ってもきりがない。

「九条様、この聖水をお使いください。本殿へ急ぎましょう。其処にこの者共を操っている者がいると思います」

 なるほど、このおぞましい姿のあやかしが見えていて、さらににひるむ様子もなく、冷静な判断は、女子とも思えぬ気丈きじょうさだ。

 無理にも一緒に行くというだけあるのかもしれない。

「ああ、ひるんだ隙に一気に駆け抜ける」

「はい。にゃまと、行くわよ」

「はいにゃ!」

 思わぬところから、声が聞こえて九条は驚く。さっきは子供かと思ったが、やっぱり猫だった。

「…その猫はしゃべるのか?」

「にゃまとは、式神しきがみなのです」

「な、なるほど…」

 式神を持っている、白拍子とは、一体どんな生き方をしているのか? と疑問に思う九条だったが、今はそんな事に気をとられている場合じゃない。気を取り直して前を向く。

いざ、悪霊退治に参る! 

 聖水をばっと振りかけると悪霊たちは恐れてざっと引く。そのすきに駆け抜けた。

 

 お社様のお堂から渡り廊下を通って本殿に入ると、既に黒い気配が漂っている。つつ闇なだけでなくひんやりと冷たい風がうなじを吹き抜けていくような気がして、ぞくりと寒気がする。春先とは思えないような冷気に鳥肌が立った。

 渡り廊下から一歩中に入ったのと同時に後ろの戸がぴしゃりと閉まる。驚いて振り返るが、戻るわけにはいかないのだから、閉まった戸に気を取られている場合ではない。

 奥の廊下を見ればうじゃうじゃと何やら別けのわからない黒いものがうごめいている。よく見ると長い髪の毛のように見える。うごめいて蛇のようでもあり不気味で、足がすくんだ。足を踏み入れたくない気持ちがあふれ出してきた。弱気になってはだめだ! 無理についてきたんだから、見なかったことにしようと、よすがは他に気をそらすことにした。

 部屋を分ける障子戸しょうじどががたがたとゆれて、今にも開け放たれた悪霊共が飛び出してきそうな気配だ。一体どれくらいの悪霊がひそんでいるのか見当も付かない。こんな光景は、さすがによすがも出会ったことがない。

 しかし、九条様は、ひるむ様子もなくずんずん進んで廊下に踏み込んでいく。さすがは武将だ、こんな光景にもひるんだりしないのだ。よすがも、つられて、後に続く。恐る恐る足を踏み入れた途端とたん、突然、ずぼっと、障子を突き破って無数の手が突き出され、手や、足を捕まえられた。

 そして、案の定、床にうねっていた蛇の様な髪が足に絡まってきた。 ぞわぞわと鳥肌が立つ。

 しわしわのあの、骨と皮しかないような垢だらけで汚い手の、黒い尖った長い爪が、ぎちぎちとつかんで締め付ける。触るだけでもばい菌が付きそうと思っていたあの長い爪にぞっとする。うう、さわらないでほしい! 

 その汚い爪が肌に食い込んで痛みが襲う。さらにそれ以上に氷のように冷たい感触の手とますます強く感じる腐敗臭に腐った死体に抱き着かれているのではないかと想像を掻き立てられ恐怖が湧き上がる。二人は、声も出せずに障子に張り付けられてしまった。

 にゃまとはさすがに素早く捕まらなかったようで、よすがをつかんでいる手に噛みついたり引っかいたりして一生懸命助けようとしてくれる。

 九条様が、障子に刀を突きたてると、「ぎゃあ」という悲鳴を上げて手は障子しょうじに無数の穴を残して引っ込んだ。

 障子戸から拘束を逃れられたが、さっきの汚い手を思い出すと体中がぞっとして身震いした。

 にゃまとも、逆毛さかげを立てながらブルブルッと身震いしている。おそらくにゃまとも気持ち悪かったのだろう。

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