2-8 詰んでいる
あっさり否定してくれると思ってた。いっても、精々「私が殺したみたいなもの……そうね、そうかもしれない」程度のニュアンスだと思っていた。例えばリスクを分散するために、推理の発言者を分けてただとか、実は綾瀬奈から言い出したことで、泣きながら同意したとか。おそらく明確に死んでほしいとは思っていなかったに違いない。
しかし帰ってきたのは沈黙だった。そして長い思案の様子がうかがえた。
もしかして怒らしてしまったのだろうかと、焦りが募ってきたところで声が聞こえた。
『まあ、幹美ならわかってくれるかな……このタイミングだし』
ぶつぶつという独り言。幹美の思考は読めないが、どうにも不安にさせられた。
「あの……先輩?」
『彩花はさ、好きな人の好きな部分が嘘だったらどうする?』
「どうしたんですか急に……それは、好きじゃなくなる可能性はありますが」
『キスしてセックスしていたとしても、好きじゃなくなる程度?』
「まあ……場合によっては嫌いになりますけど……あの、今その話する必要あります?」
『殺したくならないの?』
「いや……殺すのは良くないでしょう」
『じゃあ、殺しても良かったら殺すの?』
「やめましょうよ。そんな小学生みたいな問答……」
『仮定の話なら幼稚なやり取りだったでしょうね。でも今まさにの状況になっていた。だから綾瀬奈が死ぬかもしれないよう誘導した。つまり』
と一旦幹美は言葉を選ぶように、話を区切った。
『私は犯人じゃない』
「何故……? いやわかりますよ。犯人なら誘導せずに直接殺したって言いたいんでしょう」
『その通り』
「でも絶対条件じゃないですよね。今の話も嘘かもしれない」
『ホラ始まった』
いきなり声のトーンが高くなった。いきなりなんだと思いながら訪ねる。
「いったい何です?」
『自分の先輩が愛し合ってないって言ってんのに、ショック受けてる時間短すぎでしょ。全然人間味が感じられない』
そんなはずはないのに図星をつかれたような頭痛がした。
「人間味って言われても……人間味があるからこそ嘘であってほしいから、おかしなとこを否定してるっていうか……」
『誰に向かって否定してるの。いや、わかるよ。雄弁に自分のことを説明しようとすればするほど嘘っぽくなる。私もそういうとこある』
そうじゃないと説明するために、頭の中に様々な言葉が浮かぶ。しかし饒舌になればなるほど、正確に説明することはできない気がした。
いつもそうな気がするし、自分のことをすべて言語化するのが不可能と言うことは、あらゆる人にとっての同じような悩みであり、逆にたとえしっくりこなくても言い表したものこそが本質と言う考えもまた普遍的……かもしれない。
だから文芸部に入ったのだった。口から出る言葉だけでは言い表せないから文で綴る。文で綴っても言い表せないのならと、言い表せないことを文で綴った。
『そういえばあったね。「言葉のユートピア」』
今それは関係ない、と言いかけたが間違いなくある。
彩花が初めて人に見せた小説だった。コミュニケーション能力が低い主人公は教室の隅っこでうだつの上がらない学園生活をすごしていた。そんなある日、主人公は自称『言葉の革命家』を名乗る少女が拡声器を片手に演説をしているところに出くわす。彼女の語る理想の世界とは『言葉のベーッシックインカム』が必要だという。格差とは人と人とが相互理解できる能力によって生まれると彼女は考えており、それを平等に支援することによって世界は良くなる。しかし、具体的にどうするかは夢物語に近かった。『模倣子を電子化して、頭に直接送る』等荒唐無稽である意味ではSF的な発想で、それでも主人公はその理想の先に惹かれる思いがあって、彼女を手伝うようになった。手伝う以上、何らかの案を出さねばならない。だから苦し紛れに考えた結果、『芸術』という答えが出た。コミュニケーションとは口で話すことに限らず、さまざまな表現を差し、絵画や音楽もそのうちの一つだ。格差をなくすのであれば、あらゆる意思の伝達方法を使うべきであり、芸術をさらに広めることも彼女の理想に近いはず。そう、主人公は多少無理があると思いながらも話してみた。意外ににも、彼女はいい考えだといってくれて、ともに絵を描くことになった。
「最後主人公がコンクールで入賞してちやほやされるんだけど、彼女は『君も言葉の富裕層の側だったんだね』と言って離れていくんだよね。最初は何だこのオチって思ったけど、何回か読み返すと味が染みてきたっていうか、ある意味で彩花を表す小説だったね」
書いた小説で作者のことをすべて見通した風に言わないでほしい。彩花は綾瀬奈が二番目に書いたという「作者の精神と登場人物の主張を混合する人はいかなる理由があれど殺すべき」という主張する登場人物が出てくる小説が好きだった。それを綾瀬奈に言うと。「あの考えに同調すると矛盾が出てくるから、それも含めてパラドックスになるようにできてる」と言われたが。
「結局のところ、人と人とは相互理解なんて無理なのかもしれない。。だから殺したくなったの」
幹美が人の小説を出汁に語っている。
「じゃあこのゲームも無意味だと?」
「そうね。もうある意味詰んでるし。わかってる?」
「……」
わかっていた。秋穂がこのまま通話を拒否し、投票しなかった場合、犯人役が無投票にすれば、いかなる投票も無帳票より少なくなるので、追放は見送りとなる。次のターンも同じことを繰り返せばもう彩花の負けは確定だ。やれることと言ったら電話に出ないのが秋穂の作戦だったことに賭けて彼女に投票するか、秋穂がやる気を出すことに祈るか、それとも諦めて寝るか。
「案外、悪くないのかもしれませんね……」
ここで諦める。
すでに負けているのだ。だったら、あがいて無駄に体力を消費するよりは少ない時間をより有意義に過ごすほうがいいのかもしれない。
彩花は死にそうなとき足掻かないのは嫌いだったが、もう既に手遅れだと確定しているのなら、その限りではなかった。『観客』とやらを退屈させて留飲も下げられるかもしれない。デスゲームに本気で取り組むことが人間らしくないのだというのなら、ここで放棄して人間らしさを取り戻すということだ。『人間らしさ云々』は全く同意しかねたが、どうせ死ぬのだから、一緒のことだろう。
「いいですよ……やめますよ。別に。やめたところで死ななきゃいけないのに変わりはないんですから。投票したければしてください」
『……ん。まあそうなるか。一応秋穂から連絡が来たら、教えるから』
「はい、ありがとうございます」
通話を切って、布団に潜り込む。
すべてをあきらめてすがすがしい気持ちになった、なんてことはなく、やはり死の恐怖と言うのは常にそこにあった。ただ、少し楽になるだけだ。
最後の晩餐として豪遊でもするかと思ったが、冷蔵庫にあるのは非常用の携帯食料と水だけだった。紙とペンがあるのだから今日一日頑張れば短編ならかけるかと思ったが、生憎そんな気分ではない。結局のところやはり眠るしかない。
いろいろと頭の中を余計なことを巡る。自分の人生とは何だったのだろうか。将来のことをいろいろと考えていたはずだが、デスゲームによって断ち切られてしまった。日々悩んでいたことが脈絡なく断絶する。それはとても理不尽なことだし許せないことだ。だがそれがこの世界の仕組だった。
ふと自分は何をしたいのかと考えた。そして、何もなかったことに気づく。やりたいことなどなかったのだ。何かしらの才能に恵まれていたとかもなく、親の金で生活していただけで、将来に夢を持っていたわけでもないし、目的があったわけではなかった。だから、何になりたいかなど思いつかなかったし、漠然とした不安だけあった。不安はあったが、案外何とかなるという楽観もあった。叔母のようになるのかもしれない。それは案外悪くないように見えたが、実はそうでもなかったかもしれない。
惰眠をむさぼっている間に時間だけが過ぎ去り、何度か鐘の音が鳴る。アナウンスが流れて次の日になる。
少し頭を上げてみると、知らない女性の死体が床にあった。彩花は少し驚き、涙を流し、また布団をかぶった。
そして次の日になった。
それは一貫性を断つ遊戯 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa
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