2-7 追放

『投票フェイズが終了しました。これより投票結果の下、選ばれた人物をゲームから排除していただきます』


 は? という疑問と共に、無理やり覚醒させられる。カフェイン飲料を喉に押し込められたぐらいに、目がさえていた。

 ベッドから降りると風を感じた。とこから流れてきている。そして玄関が開いていることに気が付いて、慌てて外に出る。

 廊下は依然見た通りに、目を凝らさないと少し先も見えない程度には暗い。それでも、遠くでかすかに何か明滅しているのがわかった。

 背後に人の気配を感じて、振り返ると二人の人間が佇んでいた。顔も見えないし、髪型すらわからない。体型も不明瞭なほどぼんやりとしていた。

 思わず声を出そうとする。しかし口を開くことが出来ないし、音を発することが出来なかった。ジェスチャーを利用しようとしたが、自分の体もまたぼんやりとして、体を動かすと、影が尾を引いて何をやっているかわからなくなった。

 二人はそのまま廊下を進んでいく。彩花はそれについて行った。暗がりの廊下に並ぶ扉は固く閉ざされていた。しかし、目を凝らすと、一部屋だけ玄関の明かりがともっていることがわかる。そこの表札には「広城瑚泉」と名前が書かれていた。

 彩花はそれを見て、自分が投票した人物の部屋に入れるようになったことに気が付く。そしてほかの影の二人もまた投票した綾瀬奈と幹美なのだ。秋穂は無投票だったのだろう。そして起きたときに聞いた声と合わせて、これから行われるのは……

 投票をして票が集まったら、された相手の部屋に毒ガスが流れて死ぬ、そんなシステムを彩花は想像していた。

 主催者はそんな簡素な殺人は求めていなかった。観客はもっと血なまぐさいことを求めていた。

 扉をゆっくりと開く。中に入ったので、室内にこの危機を脱出するための情報がないかあたりを見回した。しかし、それと言って珍しいものはなく、彩花の部屋と同じような内装をしていた。ベッドにたどり着くと、女性が眠っている。いや、横になっているが、目は開けていた。しっかりとこちらを見ている。布団も被っておらず、ベッドに括り付けられているかのように、両手を手を広げていた。

 三人の動きが止まる。

 彩花はこれからどうすればいいのだろうかと、迷ってるところに、一人が台所から包丁を持ってきた。そしてためらわずに胸に突き刺した。まるで初めてではないかのように、すんなりと実行し、あっけなく心臓の位置をついていた。

 広城が叫び、ベッドがきしむ。続いてもう一人が、ロープ持ってきた。苦しんでいる広城の首に巻き付ける。嬲るつもりか、と彩花は止めそうになったが、そこでアナウンスが流れる。まるで頭の中に直接響いているかのようだ。

『ちゃんと一人一回殺さないと、殺しきれません。楽に殺してあげたいなら、早めに殺してあげましょう』

 それを聞いて彩花は慌てて何かないかと部屋の中を探す。そしてタンスの中から、カッターを見つけ出した。いや、首を絞めているところなので、これでは切れないと別のものを探すことにした。気が付けば大きな悲鳴は聞こえていない。そのための首締めだったのか。声を聴きたくないからか。その事実に戦慄しつつ、早く何か見つけなければと焦りが募る。包丁を使おうと思ったが、馬乗りで抑えられている状況なので、うまく刺すのが難しそうだ。ようやく工具箱から金槌を見つける。戻ると広城の口が大きく開き、そこから泡がこぼれている。彼女の頭を跨ぐように立ち、出来るだけ一撃で殺せるように、大きく振りかぶった。何度もやって苦しませないように、慎重に狙いを定める。

 そして勢いよく振り下ろした。鈍い音と共に、頭から赤い液体を吹き出して、目から光を失い、体が弛緩した。

 彼女はもう死んでいた。彩花はすぐに金槌をベッドに落とした。息を整えながら、二人の人間を見る。


『追放フェイズを終えました。続いて犯人役による殺害フェイズにはいります』


 それを聞いて、目を強くつむった。今、足元で死んでいる彼女は犯人ではなかったのだ。後悔する間もなく、他二人が部屋から出ていき、そして夢遊病めいた足取りでその後をついて行った。ベッドに入ったかは覚えていない。


 ◇ ◇ ◇


 頭痛のような鈍い鐘の音と共に目を覚ます。起きて早々、自分が死んでいないことを先に確かめ、そして次にこれが夢でないことも確かめた。あの時と同じようにベットの上で、天井を眺めて、何度目かわからない溜息を吐く。

 しばらく現実逃避のように壁を見つめる。

 着信音が部屋に鳴り響いたので、少し躊躇したのち手に取った。

『もしもし』

 幹美の声だった。犠牲になったのは彼女ではないようだった。

「おはようございます……」

『さっき電話で発信したんけど、出たのは秋穂だった』

 彩花は息を鋭く吸い込む。それはつまり。

 目元に涙があふれ出てくる。を食いしばりそれに耐えた。

「あの……お悔やみ申し上げます……ていうのはこの状況では失礼かもしれませんが……」

『ん……ああ、そういうことになるのね。ただ綾瀬奈のためにも、泣いている暇はない』

 気丈、とは違ったニュアンスを感じたが、それでも指摘するほどではなかった。それよりも彩花としては気になることがあった。

「……それで、どうします?」

 これからのこと、という意味で彩花は尋ねた。幹美も同じように考えたのだろう。少し考え込んだ様子の後、すぐに返答がきた。

『秋穂は今回はだめかもしれない』

「え……」

『綾瀬奈の死体は秋穂の部屋に出たみたい。今回は縦に半分に割られてたって。ようやく状況を把握したのかそれ以降電話に出ない』

 怯えて丸まっている秋穂の姿が浮かんだ。普段の彼女からは想像できないが、この状況だとしかたがないことなのかもしれない。

「立ち直ってもらわなければ困りますが、どれくらいかかるでしょうか……」

 と、そこで幹美が黙り込んだのがわかった。

『……いや、無理じゃないかな』

「えっ……そうかもしれませんが、この状況ですし何とかしてもらわないと」

『デスゲームに巻き込まれて、いろいろ頭使えって言われたら普通はうまく考えられないし、パニックになると思うよ。よっぽど向いてないと』

「そんな……私……私たちが向いてるみたいな」

『私はまあアレだけど、彩花は向いてるでしょ。ちょっとそれっぽい言葉で励ましたら、普通に対処しだすし、推理を話したら矛盾点指摘してくるし。「なにこのこ怖……」とか思ってた。……ちょっと、カリカリうるさいんだけど』

 いつのまにか、受話器の底を爪でかいていた。指摘されたので止める

「……そんなこと思ってたんですか」

『もしかして怒ってる? いや褒めたんだって。自分たちの命がかかってるんだから助かってるし』

 そう言われてもあまりうれしい気分ではない。

「励ましたのってそれっぽい言葉だったんですか」

「ちょっとちょっと、今はそんなことで争ってる場合じゃないって」

 彩花は、発信のほうもしてみます、とだけ言って通話を切った。

 そもそもなんでこのタイミングで幹美はばらしたのだろうか、と言う疑問も浮かぶ。後で指摘されて取り繕うより、軽く話したほうがいいと思ったからか?

 わからない。幹美の言った言葉が頭を侵食してくる気がした。

 デスゲームに向いている? 冗談じゃない。自分のことを品行方正で清廉潔白だとは思わないが、精々ちょっとした悪さしかしていなかった。

 他人の命を踏み台にすることに対して罪悪感だって持っている。

 子供のころを思い出す。蛙に爆竹を詰めて遊ぶ男子がいて、初めは注意をしていたものの、なんとなく気になっていた。だから仲間に入れてもらおうと、家の中にいた鼠で同じようなことをしたら、なぜかその男子に引かれ、クラス中に言いふらされた。

 爬虫類と哺乳類の違いぐらいは分かっていた。だから死骸を選んだ。なのに彼にとっては彩花のほうが悪辣だったのだという。そんな個々の違いでしかない微妙な差を、さも世界のルールとして認識している彼が憎かった。

「いや……」

 頭を振って、思考を整理する。わかっている。当時の自分を正当化するのは良くない。よくないことではあった。

 だからと言って子供のころのエピソードをあげつらって、心の闇だのデスゲームに向いているだの評価される謂れはない。

 今も足が震えているし、冷や汗が止まらない。だから幹美の言ってることは勘違いだ、そう結論付けて、彩花は受話器から発信のボタンを押した。


『はい、広城瑚泉です』

 当然ながら違う声だった。少し低いような、しかしはっきりとした話し方なきがした。

「名前はそれでいいんですか」

『初めて話すのに自己紹介は無しですか、悲しいし、なれなれしいですね』

「……工藤彩花です」

『はい、初めまして工藤さん。お噂はかねがねお聞きしています』

「あの、ずいぶんと余裕ですね。あなたが本物の広城瑚泉さんなんでしょうか?」

『そんなことはどちらでもいいのです。大した違いはありません』

「違わない……本当にそうでしょうか」

『そうですよ。このルールだと本名は本質ではありません。それはそうと追い詰められているのはある意味皆平等ですからね。結局のところ次犯人以外を吊ると終わりですから』

 そうなのだ。今回外ずし、さらに一人殺害されると、自動的に犯人の勝利になってしまう。ここで、吊らなければその限りではないが。

「秋穂さんに連絡とかは」

『出来ませんね。かなり長い間鳴らしているんですが、一向に出てくれません。困りましたね』

 彼女が仮に犯人でないのならば、「役に立たないので秋穂さんを吊ってしまいましょう」とは考えないはずだ。もし違ったら負けであり彼女にとっても死だからだ。

 同じ理由で、彩花もまた確定できない限りは広城に投票できない。

  秋穂を頼れない以上、彩花は自分で何とかするしかなかった。ここから犯人を絞り込まなくてはならない。

 幹美が嘘をつかなければ、純粋な論理パズルにでもなったのだろうか。しかし犯人役に挙げ足を取られて、誘導される可能性も高かった。

 ここで、広城に「犯人はわかっていますか」と聞くのは流石に挑発が過ぎるだろうか。もし幹美や秋穂が犯人だと特定できた場合には広城に協力すべきだ。しかし彼女の仲間を殺した彩花と手を組むのは簡単ではないだろう。

『私は犯人は工藤彩花さんだと思っています』

 心を読んだように、いきなり広城がそう切り出してきた。

「根拠は何ですか?」

『流石に冷静すぎますよ。慣れてなさを感じますが、しいて言うなら犯人役がそのほかの振りをするのに慣れてないように感じます』

 彩花は犯人ではない。これは自分で断言できた。語り部が犯人だという叙述トリックなどない。広城が言っていることは的外れなことだと断言できる。カマをかけているだけに聞こえた。

「心理的な根拠だけですか?」

『残念ながら現段階ではそうなりますね。ただもう一つ、綾瀬奈さんを殺したのは幹美さんですよ』

 これもまたブラフ……だと思ったが、ニュアンスが意味深だった。

「つまり幹美さんが犯人だと言いたいのですか?」

『可能性はゼロではありませんがこの場合は否定します。犯人が綾瀬奈さんを殺すよう誘導したんですよ。この手のゲームはより目立つ者から死んでいきます。だから』

「綾瀬奈先輩が推理をしたように見せかけたけど、あれは自分の意見だった……?」

『そう考えられます。当たり前のことを言いますが、別にミステリー小説の犯人捜しが得意だからって、デスゲームで推理が冴えるわけではありません。幹美さんは推理を分散させているつもりでしょうが、傾向が一緒なのでバレバレです』

 バレバレです。と断言したり『気づかないほうがおかしい』等のこちらを下げる言い方は詐欺師の常套句だと彩花は考える。それはそうとして検討する価値はあった。考えた結果言う。

「いえ、ありえませんね」

『おや、そうですか。その根拠は?』

「彼女たちは付き合っていてラブラブなんですよ」

『はあ』

「恋人同士だから諍いがあり、自分のために切り捨てることもある、そう言いたいんでしょう。しかしながら長年一緒に暮らしてきた私たちからすると、幹美さんはそういうタイプではないんですよ。一見冷たいようで彼女にはちゃんと芯と情があります。こればかりは論理的な説明は難しいですが」

『そんな曖昧な言い回しで自分を納得できると思ってるんですか?』

「自分を納得させるとか、騙すとかそんな必要はないですよ。事実なんですから。なんなら幹美さんに確認しますよ」

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