2-6 一日目の終わり
時計を見ながら、通話ボタンを押す。しばらく音が鳴った後に『現在通話中』と表示された。
ここまでは想定通りだった。後はしばらく通信を繋いだまま待つことにする。
広城瑚泉が二人。それを暴くには簡単な方法がある。
広城が秋穂と通話をしている時に、彩花が電話をかければいいのである。一人であるのなら『話し中』と表示されるが、二人いるのであれば繋がってしまう。
ただし相手側もそれは承知のはずだ。定期的な連絡のための表を皆で相談して作ってあったのだが、よく見れば見事に時間が被らないように作ってある。
おそらく広城Aは秋穂と会話中の広城Bに電話を繋いで、自分のほうにも『話し中』と表示させている。だからこのまま待たせてもらうのだ。
秋穂が電話を切れば、広城Bと広城Aに繋がるが、彩花のモニターには『話し中』と表示されるはずだ。その状況で広城二人には選択肢が三つある。
1.『広城二人で情報を共有する』
2.『一度広城Aとの通話を切りつつ情報を共有しないまま彩花に繋ぎ、ボタンを少し押し間違えたとでも言い訳をする』
3.『お互いの通話を切ってそのままあらゆることを無視する』
1を選んでくれた場合が一番楽だ。秋穂にはあらかじめ通話を切る時間を教えてもらっている。その時間と一致しないのであれば、ほぼ二人いることが確定となる。3も厳しいこともあるがはほぼ敗北宣言と受け取っていいだろう。2を選んだのなら、少し対話が必要だ。『秋穂から幹美を通して情報が回ってきた、確認したい』と言って、答えられなければ二人いるということになる。
これをすべて綾瀬奈が考えたらしい。『素晴らしい推理ですね探偵さん。小説家にでもなったらどうですか?』という冗談を幹美が言ってきたが、状況が状況なので笑えなかった。
あらかじめ決めていた秋穂が通話を切る時間になるまで残り数秒となった。心拍数が早くなる。ちゃんとうまく言えるだろうかと、手が震えた。ちゃんと練習も部屋でやった。だから大丈夫のはずだった。あと4秒、3……2……1……
時間になると通話が一旦切れた。頭の中に選択肢が浮かぶ。2番か3番のようだ。すかさず再度通話を繋いだ。今度はすぐに相手が出る。
「……もしもし」
「あ、あの、秋穂さんから幹美さんへの連絡があったみたいで、情報の共有がしたいんですけど……」
受話器越しからため息が聞こえた。
「あの? 広城さん?」
「いやもう、そういうのいいんで」
思わず背筋を伸ばす。固く受話器を握りしめた。
「それは、つまり」
「もう詰んでる状況で、カチャカチャ駒を動かさないでくださいって言ってるんです」
こっちが詰んでいる、と言う例えではないだろうだから
「認めるんですね、広城瑚泉が二人いるって」
「だからそう言ってるじゃないですか。はあ……そもそもこのタイプのゲームで、知り合い五人と二人の組み合わせってのは、経験者に対してのハンデとしてもひどすぎますよ。これ見よがしにルールの言い回しが曖昧だから使いましたけど、いかにも運営にここ裏をかいてくださいって感じでやってて癪でしたね」
広城がやけくそのように一気に話し始める。
彩花は頭が真っ白になっていた。何一つわからないまま、思考が止まってしまっている。
それでもどうにか言葉を発することが出来た。
「どうして……そんなに簡単に諦められるんですか? 命がかかっているというのに。詰んでいると言いましたが、秋穂先輩に対して、『綾瀬奈は嘘をついている』と言い続ければ勝てるかもしれないのに」
「いい加減疲れたんですよ。あんまりぎりぎりで命のやり取りをやると、『ああ、観客が楽しんでるな』って悔しくなるんです。それであなたは私を殺すんでしょう? はやく殺せばいい」
殺すという言葉をあっさりと口にした広城に対し、彩花は自分の手が小さく震えているのがわかった。恐怖を感じているのは確かだ。
だが、それと同じくらい、何か熱いものが身体の中をぐるぐると駆け巡っているような感覚を覚えた。ここで殺したくない、と言うのは馬鹿げたことかもしれない。何か代わりの別の言葉を。
「本当に殺しちゃいますけど、いいんですか?」
彩花がそう口にすると、電話の向こうからは小さな笑い声が聞こえる。
「一応言っておくと、『殺したくない』はばかげた言葉じゃないですよ」
彩花の考えを見透かすかのように広城が口を開く。その言葉に救われそうになり、しかし受け入れたらもうこのゲームを続けられない。突きつけられた拳銃ではなく、せめて自分の意志で行動していると自分を騙すのを止めるのはできなかった。
「なんでこのタイミングでそんなことを言うんですか……嫌がらせですか。いや、そりゃ嫌がらせですよね」
「違いますよ。よかったですね。負けが確定したら下品な言葉で罵倒してくるタイプじゃなくて。結構慣れても心に来ますよあれ」
広城の声が優しく響く。その優しさに彩花は、怒りとも憎しみとも言える気持ちを抱く。そして、今更ながら広城と話すことが辛くなった。本当にののしってくれたほうが楽だったかもしれない。
そう思いつつ、次の言葉をなんとか紡ぐ。
「一応聞きますけど、あなたが犯人ですか?」
「違いますよ」
もう負けを認めている状況で、否定したので嘘ではない、と言うわけではもちろんない。
それでも本当にしか聞こえなかった。
幹美が連絡をしてきたので、広城と話した内容を伝えた。しかし、もう一人の広城瑚泉は二人いることを認めていないのだという。
「当然ね。もし一人を吊られても次の日があるのだから」
広城Bが通信を遮断してしまったのだから、秋穂が広城Aに『幹美の好物は何か聞いてみて?』等の質問をさせられれば一気に信用をなくせる。綾瀬奈が具体的な数字を出していることにより、秋穂への説得はもう一歩のようだった。
「その……本当に彼女に投票するのでしょうか……」
「何? まさか彼女の『私は犯人ではない』を信用するの?」
「そうではありません。ただ、本当にこれでいいのかと……」
「確かに」と幹美は珍しく彩花に同意したのかと思ったが「今、戦意をなくしていないほうに投票したほうがいいのかもね」
と言い出した。
その意味を考えて彩花は顔をしかめる。
「それはあまりにも冷徹すぎませんか?」
「隣にいるからこその意見ね。主観的じゃない。結局のところ犯人は一人なのだから」
そうなのだろうかと、頭の中を整理する。そうかもしれないという結論に至った。
「でもこれだと投票用の名前はどうなるんですかね」
「秋穂を説得しきれば話してもらえるはず。本当に秋穂の場所がルールの起点ならね」
「あっ、そっか、それも嘘な可能性もあるのか……」
「ただ広城に騙されるには死体がないことが前提だから、他のなんらかは部屋にあったはず。だから多分ルールは部屋にある。それにここからはさらに推測だけど……投票はおそらく本名じゃなくても成立するはず。なんなら、『二番先の通信相手』と書いても。ゲームバランス的に考えればね」
幹美の推測は実際正しかった。秋穂の説得に成功し、ルールがこちらに送られてくる。
話し合いの結果、投票は彩花の隣である広城Bに行うこととなった。犯人ではないというの言葉が証明できないのと同程度には、負けを認めていること自体も証明できないということだ。だから二人とも同じくらいに犯人の可能性があって絞り切れなかったために、どちらから選べない言うことで、根拠なく桐谷Bが選ばれた。
彩花は机に向き直り、用紙を睨め付けている。
自分で思ってるより数倍あっさりと紙に名前を書くことが出来た。躊躇うのはせめてポストに投函する時でいい、そう考えてのことだった。これを投函すれば、彼女は死ぬ。そして彼女が犯人じゃなかった場合にも、他に誰か死ぬし、それは彩花かもしれなかった。いろいろと他にも逃れる術を考えて試したが無駄で、このまま待つしかなかった。
ここまでくると眠っている間に楽に殺してくれたほうがいいのではないだろうかなどと考える。もし生きたまま四つに切り裂かれるのだとしたら耐えられない。
キッチンにあった包丁を首筋に当ててみる。息が荒くなり手が震えるだけで、どうやってもそこから刃を引く勇気がなかった。ここで死ねば他の皆にも迷惑がかかる。そう何度もやった思考のルーチンを経て、包丁を元の場所に戻した。そして、投票用紙をポストに投函した。
勢いで投函しすることで躊躇いを無理やり押しのけた。後悔が募るが、もう戻せない状況から次に出た感情は諦めだった。あとは祈るか、次の手を考えるしかない。
彩花はベットに潜り込み、布団を強く抱え込む。恐怖から逃れるために目を閉じ、 耳鳴りのような圧迫と共に意識を失った。
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