2-5 伝言犯人捜しゲーム
なんだか聞いたことがあるやつだな、と彩花は思った。
投票なんてやりたくない。と主張したが、両側の二人ともに諭される。どちらにしても死ぬのだから、やる以外はないと。ばかげている。それならば観客とやらの思うつぼではないのか。初めて会話する広城ならともかく幹美までそんなことを言い出すとは信じられなかった。しかし、通話を拒否しては、情報伝達に支障が出てみんなに迷惑がかかる。それに、浮いていれば投票されるのは自分だった。結局のところ銃を突きつけられている状況でしかなく、疑心暗鬼を加速させる露悪的なゲームにすぎない。
『このタイプのゲームは誰がどんな発言をしたか、が重要になりますが、言った意見を誰が言ったかタグ付けしたほうがいいと思いますよ』
「つまり……どういうことです?」
『伝言ゲームによって情報が捻じ曲げられる可能性は高いです。しかし情報の逆回りもやろうと思えばできるので、正確さの確認が可能となります。だからこの意見を最初に発したのは誰のものだ、と言うのを明確にしておくことで、正しいのか間違っているのかの確認が少し簡単になります』
頭の中でこんがらがっている。つまり伝言ゲームの正しい回転と言うのが、発信できる順に情報を渡していくということ。つまり綾瀬奈→幹美→彩花→広城→秋穂→綾瀬奈で輪を作ることになる。これだと、犯人役が不都合な情報を打ち止めしたり捻じ曲げたりする可能性がある。
そのために、情報や発想を一周させて確認したり、逆回転させて確認することで回避が出来る。逆回転だと綾瀬奈→秋穂→アサ→彩花→幹美→綾瀬奈の順番になる。
逆向きに情報を流すには少し工夫がいるようだった。受信しか出来ないので、一定間隔での通話を義務づけることでそれが可能となるようだった。
「でもそれって……例えば短い間隔でやろうとすると、話せる内容が短くなりますし、長い間隔でやると時間がかかりますよね?」
『そうですね。一長一短ですが、こればかりは最善のはずですよ。まあ感覚だよりで投票するのも別に悪いとは言いませんが。5人しかいないので、結局のところ5分の一ですし』
一旦は通話を切ることにした。
『嘘をつかないと明確にルール化すべきだと思う』
叔母が言っていた嘘つきの法則を話したところ、幹美はそんなことを言い出した。
「えっとそれはつまり……? 幹美さんの意見ってことでいいんですか?」
『そう』
彩花は『幹美:嘘のルール化』というメモを記した。
「はい……それでつまりどういうことです?」
『嘘を絶対につく人が一人いる上に、個人的な事情で嘘をつく人までいるのはややこしすぎる。だったら、明確に私たちの間では、嘘を禁止して嘘をついた人に投稿すべき。本来慣れてる人同士がやるのなら当たり前のことなんだろうけど、私たちは初めてなんで「まあいいでしょ」と軽い気持ちで嘘をつくかもしれない。だから徹底的に禁止をする』
「それだと、うっかり嘘をついてしまった人に冤罪をかぶせることになるんじゃ……」
『そうね。でもこっちだって命がかかっているんだから、うっかりでこちらが死ぬんじゃたまったもんじゃないから徹底的にやるべき』
なんともディストピアめいた発想だ。着々と殺人ゲームを攻略していっているが、両側の人がおかしいのか、それとも皆が同じ気持ちなんだろうか。
通話を切った後の静粛が嫌いだった。なんとなく議論をしているときは、ゲーム感覚で現実を忘れられる。しかし、誰とも会話していないと、叔母が死んで自分もまた一歩間違えば死ぬ立場にいるということを無理やり思い出さされる。いっそ狂ってしまえば楽なのかもしれないと、外の景色を見ようとし、数秒ほど眺めた後、恐怖が勝ってまたカーテンを閉めてしまう。
室内は調べつくした。工具や包丁などの武器になりそうなものはあった。しかしどれも決定打に欠けた。脱出するための秘密の通路なども当然なかった。
投票用紙は秋穂の部屋にあったのだという。ファックスで送れという命令もあったようで、順番通りに回される結果となり、彩花の所にも届いた。5人の名前と『投票なし』の項目に加えて投票欄が書かれている。書き文字でどこかおどろおどろしいし、インクで結構な部分が汚れていた。少し気になることがあったが、まだ確信段階ではないので何も言わなかった。
いろいろ話し合った結果、今の段階で正直犯人の論理的な特定は無理なのではないだろうか、と言う結論が彩花の中で出た。アリバイも意味はないし、幹美と桐谷以外は積極的に意見を言っていないから、いまだに嘘もついていない。じゃあ、投票するのであれば雰囲気的に怪しい人や嫌いな人に投票するしかない。つまりは論理ゲームなどではなく、政治ゲームだ。そういえばこれと似たアナログゲームも実は推理ゲームではなく政治ゲームだと聞いたことがある。
それならば誰が誰に投稿するかを考えていく必要があるということだろうか。
まず私が現段階で誰かに投票するかと言えば、広城となる。本音を言うなれば誰にも投票はしたくなかったが、絶対に誰か選べと言われれば申し訳ないが今日話したばかりの彼女だろう。もしかしたら運営の回し者かもしれない。……当然これは罪悪感を和らげるための希望的推測だったが。
いうなれば広城自身もそれは理解しているはずだった。彼女なりにそれを回避するには両側の説得が必要となる。自分を含めない二票をそらすことが出来るのなら、助かることが出来るはずだった。秋穂は案外説得できるのではないだろうか。彼女は優しいし、死体を見ていないことから「投票と言う名の殺人」は避けたいと思うはずだ。なら問題は彩花となる。
そう考えたところで、広城に連絡を取る時間となった。
「知り合いが死ぬのが嫌、というのであればこそ、私に投票しないという手もありますよ」
結局のところここで広城は自分が犯人ではないので吊ればほぼ確実に明日仲間が死んでいるが、吊らなければ五分の一の確率で仲間は死なない、と言い出す。
「それはなんというか……」
『命乞いとしては厳しい、そう言いたいのですね』
「いや、そういうわけでは」
命乞いと言われて、彼女の命が自分の手のひらにあることに気が付く、と言うのはさすがに高慢だろう。それでも、柔い卵を握っているような不安があった。
『このタイプのゲームは発言が多い人ほど死にやすいんですよ。それでも発言しなければ話が進まない。ならばせめて投票しないという保証をくれれば、発言もしやすくなるんです』
それは明かしてもいい手の打ちなのだろうか。彩花自身投票して人を殺したくはなかった。だからその場しのぎでも死者の数を減らせるのならすがりたくもなる。
「そうですね……私もできるのなら無投票でいきたいです」
そう告げると『そうですね』という言葉が返ってくる。
とは言っても投票しないからと言って目立つものは犯人役に殺されることには違いないだろう。そこまでは保証はできなかった。それに広城の意見もまた拡散する必要があった。
『私は反対』
幹美に連絡してきたので、先ほどのことを話したところ、そんな声が返ってきた。
『一番怪しいのが広城であるのなら、彼女に投票すべき。少なくとも一人は吊るべき。そうすれば死者が一人ですむかもしれない。残り三人になれば犯人もぼろを出しやすくなるし、絞り込みも容易となる』
「そんなどうしてゲームみたいに考えることが出来るんですか……? 自分の命までかかってるのに……」
『命がかかってるからこそ最適解が一番死者が少なくて済むはずなの』
「本当に? 本当にそうなんですか?」
『何? 私に投票するぞって脅してる?』
思わず息が詰まる。
「なんてこと言うんですか! そんなわけないじゃないですか!」
『どうだか……私だってこんなゲームをやるつもりはさらさらなかったけど、こうなった以上生き残ることだけを考えた方がマシ。それに他を吊りたくないって言うなら、私を殺せば?』
一旦受話器の口を押えて深呼吸をする。落ち着け。怒ってはいけない。
「そんなことはしません。少なくとも今の段階では」
ふん、と鼻息を吹き出す声が聞こえる。
『まあいいけど。それはそうと綾瀬奈から意見があるみたいだからそれを回すから』
さっきまで怒っていたのに、すぐに気持ちを切り替えてきた。ルームシェアをしていた時から幹美にはそういうところがあったので、恐ろしく感じた。
「……はい、メモの準備はできています」
『じゃあ言うけど、綾瀬奈が言うには「果たして広城は一人なのか?」と言うこと』
「それは……えーと、つまり? 」
『広城を名乗るものは複数いて、彩花と会話をしている者と秋穂と会話をしている者は別なのでは? ということ』
「……確かに知り合いである私たち同士ならともかく、初めて会話する人となら可能でもあるかもしれませんが……いや、でも投票用紙は偽装できませんよ」
『確かに投票用紙のファックスの出発点は秋穂なので偽装はしようがない。でも、秋穂を抱き込んだとしたら?」
『抱き込むって……綾瀬奈先輩より初対面の広城(仮)さんのほうを信用するなんてあり得ますか?』
「そう? 秋穂の部屋には死体がない。この状況に半信半疑なのは私たちはわかっている。ならば広城(仮)さんはこうそそのかしたの。『綾瀬奈さんは狂気にとらわれ、殺人ゲームに参加していると思っている。この精神状態の人の意見を無理に否定するのは良くない(自分は心療内科に努めていて、こういったことに詳しい、とでも自分自身を補足して説得力を増したのかも)このような茶番を早めに切り上げるために協力して欲しい』とね」
「もしかして秋穂先輩の言動が、おかしい人をなだめるような言い方で、それを綾瀬奈先輩が察した、ということですか?」
『そうみたい』
「本当にそうだとしたら、大変ですよ」
広城が二人いるとして、秋穂の協力を取り付けることが出来たのなら3票をすでに確保しているということになる。これでは彩花、幹美、綾瀬奈で意見を合わせても同じ数になるし、もし広城が3人以上いたら相手側の思いのままとなる。
『多分書類の大きさからして偽装できるのは一人程度だと思うから、3人以上いることはないと思うけど』
書類の偽装。彩花は本当にそれが出来るかどうか、投票用紙を眺める。この部屋にパソコンやワープロはない。修正シールとペンはあるので出来ないこともないか? そこで汚らしい紙なのは偽装をごまかすためだと気が付く。下手な書き文字も、上から消して自分で書いたのか?
「これ……卑怯過ぎませんか……? これが通るなら初めから秋穂先輩が犯人役で投票用紙送らなければ、ゲームそのものが成立していませんよ」
『流石に投票用紙を送らなければ――あるいは投票用紙の役割を果たせないほどの加工をすれば全員殺す程度のペナルティは明記されていると思う。ただこの面倒なシステムは多少の偽装そのものは想定内だとしか思えない、バレたら吊られるのでリスクもかなりある、って綾瀬奈が言ってた』
「じゃあもう一人いるとしたら、この『投票見送り』の部分ですか? でもそこはある意味一番投票が集まりやすい部分ですよ。それとも紙面を書き換えたのなら、偽装した内容の効力を持つってことですか?」
『……』
「幹美先輩?」
『ごめん、そこまで綾瀬奈に聞いてなかった。私もメモするのに精いっぱいだったから、今まさに「確かに」って思った』
「そうですか。確かに伝聞ならそうなることもありますよね……あっ」
『おっ、もしかして謎の解明した?』
「ええ、確定ではないですけど。もしかして投票用紙なんて初めからなかったんじゃないでしょうか」
『ん? ああー、なるほど』
「そう、秋穂先輩の部屋にあるルールがあるのは確かでしょう。しかし投票用紙を回すという命令があるのではなく、ルールを回せという命令があるんじゃないでしょうか例えば『それぞれの部屋にある紙にだれが犯人役かわかるように名前を書くように指示をしろ』と。これは『犯人役の名前を書け』ではなく『犯人役が誰かわかるように』であれば、秋穂先輩が桐野さんに言われてあらかじめ書いた用紙をファックスで送り、そこにチャックを入れるという形式でも成立します」
『それは思いつかなかったね。さえてるじゃん』
思わず顔がほころびかける。慌てて気を引き締めて、話をつづけた。
「これって綾瀬奈先輩が思いついたことなんですよね? 意外と言うか……いや別に貶めているわけじゃなくて、人には向き不向きがあると思ってて……」
『綾瀬奈は昔からミステリーのトリックを解くのは得意だったから。小説の腕は置いておいても、学内誌の批評に「トリックがすぐにわかる。著者は読者の推理力を低く見積もりすぎだろう」みたいなこと書いてたし、はったりじゃなく実際に見破ってた』
「小説の腕は置いておいてって」彩花はそれを幹美なりの冗談だと思って一応少し笑ってみせた。「幹美先輩が一番綾瀬奈先輩の小説を認めてるじゃないですか」
明かなツッコミ待ちの所をついたつもりだったが、なぜか沈黙が返ってきた。
「あ、あの幹美先輩?」
『いえ、ごめん考え事してた。それはそうとしてこの事実を電話で回すかどうかを決めなければいけないと思う』
この事実。
事実で本当にいいだろうか。
あくまで仮定に対して、どういう仮定を重ねれば成立するかを考えただけに見えた。しかし実際に綾瀬奈はなだめられる様に秋穂から話されているし、投票用紙はわざとらしさがある。だが証拠としては弱い。
「あの、もしかして秋穂先輩にはまだこのことを話してないんですか?」
『そう。綾瀬奈は説得と言うものが苦手だから、割と広城さん相手の説得合戦に自信がないんだって。まああの娘も今まで悪辣な泣き落としも結構使ってきた自業自得な面もあるから』
「でも……私たち三人でまとめたことをしっかりと話せばきっと」
『そうかもしれない。でもそれをやるべきは時間制限ギリギリだと思う。広城さんに意見を覆されないために』
「ギリギリ……綾瀬奈先輩にとって秋穂先輩との通話は受信なのでそれを狙うのは難しいのでは……それにこのルールでギリギリの時間を責めてくる人は怪しすぎますよ……」
『その点は長年一緒に暮らしてきた絆を信じるしかないかもね』
幹美から絆と言う言葉が出るとは思わなかったし、実際冷笑的な響きを感じる。そもそも嘘をついたら吊るルールとは何だったのだと聞いたら、そんなものは敵に対するけん制でしかない、と言い捨ててきた。
通信を切ってメモの内容をまとめにかかる。
今の会話により、彩花含むルームシェアチームと広城アサチームの対立のようになってしまった。そもそもの話、広城が本当に一人だとしたのならば、彼女にとってこのゲームは異常に不利すぎる。だから二人いるというのはかなり説得力がある気がした。
それに加えて、仮にルームメイトの中に犯人役がいたとしても、彩花がこの状態を崩すことは難しかった。孤立してしまえば票数が確保できなくなり、一方的に吊るされてしまう。だから叔母の敵の靴を舐める状態になろうと、せめて今日だけは幹美の言うとおりにするしかなかった。
やはり綾瀬奈の説をとった場合に浮かび上がる問題は、犯人役以外も嘘をつくことになるため、情報の正確さの確保をできないということになる。
だから本当にこれでいいのだろうかという疑問ばかり募る。情報や意見が正確でないのなら、自分で考えるしかない。
幹美の言う通り広城に投票する以外にできることを考える。
例えば広城に今のことを話してみるだとか。
しらばっくれるかもしれない。真実を話させるためのカードはないか、と少しだけ考えて、『我々は四票を確保できる。吊るされたくなかったら本当のことを言え』と脅す、という案が出てきた。仮定の話なので人を脅すということをやりたくないという気持ちは一旦置いておく。脅したことにより真実だと話してもらえたら、秋穂を説得できる材料となり、これで安心して広城を吊れる、と言うのはさすがにひどすぎるか。
他には彩花自身が広城たちの仲間に入るという手もある。秋穂が広城側についたのを確認して、すかさず幹美たちの話していた内容を広城側に流す。これにより四票を確保することが出来る。とんだ蝙蝠野郎だと彩花は思った。
いろいろ露悪的な案も考えたが、やはりルームメイトを殺す、というのは自分には無理だと気が付く。じゃあ結局のところ幹美の言うとおりにする、という最初の案に戻るしかなかった。つまり広城に投票するということ。
ふと部屋の中にある鏡を見てみる。少し顔色がよくなった気がした。その理由に思い当たり、彩花は息を詰まらせる。
つまりはこのゲームをゲームとして攻略しているから、状況を楽しんでいたということだ。他者の嘘を見抜き、自分の案を出す。それに楽しみを見出している。
「これはよくない」
そう口に出してみても、顔色はいいままだ。これはよくない。それでも、現実を見つめるというのが恐ろしかった。なぜ気分がましになっているのに、精神的な摩耗をしなければならないのだ。端的に言うと自分を見つめるという行為が恐ろしい。耐えられない。だから見ないふりをするしかない。
通信ボタンを押す。そして、広城の話に乗るふりをして、時間を稼ぐ。そして制限時間の数十分前、嘘を暴くための行動を実行した。
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