2-4 どこかで見たことがあるゲーム

 牛のような鳴き声で目が覚める。昔、祖母の家に泊まった時にウシガエルの鳴き声がうるさくてよく眠れなかった日があって、それに似ている気がした。夜に交代をして、一回だけ見張りをしたのを覚えている。その後、また時間が来たので次の人に代わり、眠りについたはずだった。

 かなり頭が痛い。二日酔いのように首から上が重く感じた。胃の中にボールが詰まったているかのようだ。嘔吐感がありそれでいて吐くほどではないので、気持ち悪さだけが残る。起き上がるにも身体を起こすのも辛いが、何とかベッドから顔を上げた。

 相変わらずカーテンは閉め切っているし部屋は暗い。

 何か違和感があると、数秒考えて慌てて彩花は飛び起きる。

 ベッドから起きた? 寝ていたのは床に敷いた布団だっただろ。彩花は危機を感じ、あたりを見回す。

 他の皆がいない、部屋のレイアウトも微妙に変わっている。

 嫌な予感がした。仲間がいなくなったことにより、孤独感に襲われ、不安になる。周りが冷静だったことにより保っていた精神にひびが入り、むき出しの恐怖が襲ってきた。慌てて廊下に出ようと玄関に向かう。しかし鍵は視覚的にはかかっていないというのに、全くドアノブが動かなかった。

「なんで……」

 声が震える。扉を開けることができなかった。

 焦れば余計に手が滑り、うまく開かない。

「どうして……開けてよ! 誰か!」

 助けて、という言葉が喉元まで上がってきた時だった。ふいに血の匂いを感じた気がした。そして肉の腐った臭いが重なる。吐き気を催す、そんな臭い。その悪臭が漂ってきた。洗い場からだ。水が滴る音がする。恐る恐る一歩を踏み出すと、何かを踏みつぶしてしまった。足を上げてみると、靴下の裏につぶれた蜘蛛がついていた。

 その脚が動いたような気がして、彩花は思わず飛び退いてしまう。心臓が激しく鳴り、冷や汗が流れる。

 水が流れ続ける音はまだ続いていた。

 洗面台の方に近づく。何かがおかしいのには気付いていたのだが、それが何なのか、わからなかった。

 何とか扉の陰から、洗面台をのぞき込む。

 最初に気が付いたのは何か棒のようなものがはみ出ていることだった。それは赤黒く汚れていて、鉄さびが混じっている。人の腕だという可能性を思いついた。

 自分の手をみると、爪の中も赤い液体がこびりついていた。その手がカタカタと震えだす。彩花の脳裏に昨日のことを思い出す。皆、死んでしまったのかと、最悪の事態を考える。もしそうなら早く見つけてやらなければと思うが同時に見たくないと思ってしまう。この先は進んではいけないと思った。いやまだ誰も死んでいないと信じたかった。

 荒く息を吹き出し、咳き込む。せめてあの洗面台の中身を確認しなけらば、何も進まない。震える足で一歩を踏み出し、蛇口へと近づいていく。ゆっくりとだが確実に近づいていき、近づけば近づくほど疑念は確信へと変わっていった。少なくとも漂う腐臭からして肉以外のものではない。

 伸ばした指先が触れた瞬間、何かが動くのを感じる。それはハエであり、肉にたかっていたようだ。一瞬、手を引っ込めてしまったが、もうここまで来て引き返すことはできなかった。意を決して懐中電灯を照らした。

 そこには人と思われるものが押し込められていた。

 彩花は吐き出していた空気を強く吸い込む。

 手足が不自然に折れ曲がり、関節とは反対方向に向いている。胴体は捻じれてしまっていて、骨が見えてしまっていた。頭と思われる部分が半分しかなく、断面から脳みそと思わしきモノがこぼれ出ていた。バラバラではなくひと塊としてそこにある。人間一人分にしてはかなり小さく、一部を切り取ったかのようだった。そして血が付いていない部分の髪の毛の色は栗色に近く、耳についているピアスも見覚えのあるものだった。

 それが叔母の死体であると気が付き、悲鳴を上げようとしたが、空気が漏れ出ただけで終わった。

 激しい吐き気が襲ってくる。何とか堪えようとするが間に合わず、胃の中のものをぶちまける。

 この人が、私の……。彩花は目の前の現実を受け入れることができていなかった。昨日までは彼女は笑っていた。優しくしてくれて、親切だった。それがなぜこんなことになっているのか理解できない。

 涙と鼻水を垂れ流しながら、嗚咽する。

「ああ……あ……」

 意味のない言葉が口から出てくるだけだった。


 どれくらい時間がたっただろうか。逃げ道がないと悟り、その場で蹲りただ震えて時間が過ぎ去るのを待っていた。すると、ふいに室内に備え付けてえった受話器から着信音が鳴り始めた。

「もう嫌……」

 彩花は耳を塞ぐが電話のベルは鳴り止まない。このまま放置すればいつまでも鳴っていそうな気がした。

仕方なく受話器に手を伸ばして、恐る恐る取ると、相手の声が聞こえる。聞きなれた声だった。

『やっとでた……その声は彩花?』

「幹美……さん?」

 とりあえず一人は生きていると気が付いてほっとする。少し落ち着きを取り戻すことができた。ただ向こうの声もどこか疲れ……いや、怯えを感じ取れた。

『大丈夫? 今どこにいるの』

「部屋に閉じ込められてます……ドアが開かなくて……それに……叔母の……死体が……」

『やっぱり……こちらにも人間の脚が……と言うよりは、腰から下をさらに半分に切ったみたいな物がある』

「そんな……酷すぎる」

 口を押えて嗚咽を聞かせないようにした。幹美はその間も待ってくれている。しばらくして、幹美がまた言葉をつづけた。

『あと、綾瀬奈と電話連絡が付いたんだけど、彼女も無事みたい。そして同じように、腰から上の半身をさらに半分に割ったみたいなのがあるって。顔を確認したけど、多分紗奈さんだって。かなり歪んでるので、確信はできないけど十中八九間違いないとか」

 腰から上の半身をさらに半分に割ったみたいな、と言う言葉から思い返してみると確かに、自分の部屋にある死体もそんな形をしていた気がした。と、言うことは。

「あの……秋穂先輩と連絡は……」

『それがまだ出来ていないの。と言うか、この電話、いろいろ試したけど発信は一人にしかできないみたい。私の予想だと輪を書くように連絡が出来るようだけど』

 つまり、幹美は彩花にだけ発信出来て、綾瀬奈からだけ受信ができるということになる。四人だけであるのならば、綾瀬奈→幹美→彩花となり、そして、おそらく次は秋穂が来て輪を作る形となるはずだ。

  だから何だというのだろうか。そんな面倒くさい情報共有の制限をして、このシチエーションを作った存在は何がしたいのだろうか。

『一応いったん切るけど、多分その電話もまた別の人に連絡できると思う。もし秋穂につながったのならまた連絡して情報を共有しよ』

「はい……」

 宣言通り一旦通話が途切れる気配がする、しかしそこで思い直したかのように、幹美が言葉をつづけた。

『話し相手がいるならまだ切らないでおこうか?』

「幹美先輩は……結構冷静ですよね」

『そうだね。言っちゃなんだけど、酷い死体を見た経験は前に一度あって、その時もまた自分に危機が迫ってたから……あ、これ、冷静に対処しなきゃ死ぬなってなって』

「えっ……そんなことが? いつですか?」

『それは言えないんだけど、誰かが冷静になる必要があって、誰かが悲しむ必要があるのなら、前者の役割は私が出来るよ。だから悲しいなら思う存分泣いたほうがいい』

 優しい言葉使いに思わず涙が出る。ずっと泣き続けていたのだがそれでもなお流れてきた。しばらく泣いて、涙腺が枯れた頃、ようやく言葉を発することが出来るようになる。

「すみません。もう大丈夫です。一緒にこの困難を解決したいです」

 声は聞こえなかったが、受話器の奥でほほ笑む気配がした気がした。

『ええ、がんばろうね』

 そして通話が切れる。

 部屋の中に静粛が戻る。部屋の状況は変わっておらず、暗闇がすぐそばにあった。恐怖は引いていない。しかしそれ以上の感覚があった。

 その感情の名前は怒りだ。自分たちをこんな目にあわした存在に鉄槌を浴びせたい。叔母をこんな目に合わせた首謀者に復讐をしたい。だから泣いている場合ではない。

 だから勢いよく立ち上がった。まずは自分のできることをするべきだろう。

 とりあえずは受話器の発信ボタンを押すことにした。


 ◇ ◇ ◇


『はい、もしもし』

 てっきり秋穂が出るものだと思っていた。

 しかし、聞こえてきた声は知らない女性のものだ。

「あの……どちらさまですか……?」

 軽くせき込む声がする。しばらく沈黙が続き、ようやく女性は言葉を発した。

『失礼ながら、かけてきたほうから名乗るべきではないでしょうか?』

 確かに正論である。彩花は受話器の向こうの女性に謝った。

「私は工藤彩花と言います。いきなり閉じ込められているんですけど、でも知り合いと連絡が取れたので、もしかしたら電話を発信したら別の知り合いにつながるんじゃないかと思ってまして」

「なるほどそうですか。こちらこそ失礼しました。私もまたいきなりこの部屋に連れてこられたみたいです」

『その割には、どこか落ち着いていますね……私なんてさっきまで泣いてましたよ』

「慣れているので」

 女性の言葉からは、どこか冷徹さが感じ取れた。慣れているって、いきなり目が覚めたら部屋に閉じ込められていることに慣れるなんてあり得るのか? 彩花は疑いを持ちつつも、相手の出方を慎重に窺った。それでも相手の口は堅かった。なかなか自分のことを話してくれない。であるのならば条件としてこちらの情報を渡すしかなかった。連絡は受信と発信を一人ずつしかできないこと、洗面所に死体があること、そして昨日からマンションに閉じ込められているということ。

『あなたはもしかしたら情報を渡しすぎているのではないかと不安がっていますね』

 図星をつかれたことにより冷や汗をかく。

「そんなことはないですけど」

『いえ、大丈夫と言いたかったんです。私とあなたが味方なのであれば、情報私に与えることは正解以外の何物でもありません。きっと損はさせないことを約束しましょう』

 一瞬その言葉使いに安心しかけたが、詐欺師のような言い回しにも思た。そもそも敵であるのならば間違いと断言しているこのになる。

「慣れている、と言うのであれば教えてほしいんですが、これはいったいどういう試みなんですか?」

『断言はできませんが、誰かがこちらを見て楽しんでいるのではないかと』

 半ば予想はしていた。しかし実際言葉にされると、言いしれない感情が浮かび上がってくる。唇をかんで、今は耐えた。

「……解決方法は」

『まだなんとも。とりあえずは茶番に付き合うしかないですね。この後「これからこれから殺しあってください」とでも言われるかもしれません。私の推測ではそういった試みではなく、もうちょっと慎ましい遊戯を提案してきそうですが』

「……よくわかりません。わかりたくないです」

『私も確定はできないので……多分私から他の人に発信できると思うので、それを確認した後ぐらいの時間にでもかけなおしてください。それでは』一旦通話を切りそうになり、『おっと、まだ名前を名乗っていませんですいたね。私は広城瑚泉ひろしろこいといいます。よろしくお願いします』と言ってから、通話が切られた。

 10分程度後に幹美にまた通話を繋げたところ、綾瀬奈が秋穂と電話したという返答が返ってきた。そして、秋穂が広城瑚泉と名乗る人物とも通話したという情報が流れてきた。死体は四等分されているために、秋穂の部屋にはなかったのだという。しかし、彼女の部屋には特別なものがあった。

 再度広城瑚泉に連絡をして、話を共有する。

『どうやらルールの説明書は西塔秋穂さんの部屋にあるようです。ただ死体がないことから、彼女は半信半疑でしたよ。ルールは単純なもの。この五人の中に嘘つきがいて、そいつが犯人。通話によって見つけ出して、投票によって殺すことができるみたいです』

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