2-3 嘘つきはいる

 秋穂が言った通り、廊下は暗かった。電気をつけようとしても灯りはともらないが、懐中電灯などは何故か付くのでそれを利用することにした。そして全員で一階にある玄関へと急ぐ。

 そして扉の前に立つ。確かに押しても引いても開かない。鍵がかかっているとは別の強固さを感じた。

 たどり着くまでも違和感を覚えていた。誰かが後をつけてくる雰囲気があった。本来なら振り返って、話をすべきなのかもしれない。提案すると幹美が止め、そして彩花もそれが正しいとしか思えないほど嫌な予感があった。

 二手に分かれる、と言う意見も出たが、3人ならともかく2人になるのはどう考えても危険だという話でまとまり、結局5人で回ることとなった。

 ある程度回った結果、確かに秋穂たちの言う通り、住人は見当たらない、外には出られない、電気がつかない。と間違いなく閉じ込められている。しかしそれ以外に変わったことはなかった。

 「実を言うと、同じような経験があるの。秋穂にも言ったけど……」


 一通り確認した後で、幹美はそう切り出した。落ち着いてから話そうと思っていたらしい。

 そして綾瀬奈の方向を向いた。


「綾瀬奈もあるよね」

「え? 私? いや、ないけど……」

「……嘘ついてないよね?」

「いやいや、ないよ本当に」

 幹美の問いに首を振った。しかしこれ以上は追及しても仕方ないとでも思ったのか、すぐに話を進める。

「先日、彩花が綾瀬奈の幽霊見たって言ったよね? 私も見たの」

「えっ……そうなんですか?」

 彩花はそれを聞いてびっくりした。てっきり見間違いか何かだと思っていたからだ。

 綾瀬奈は自分の頬をつねっていて、痛がっていた。

「見たどころかはっきり私と話していた。そしてもしかしたら別の空間にいて交信してきてるとかいう可能性にかけたの。ちょうど、綾瀬奈がいた無人駅でキセルをしたら、別の世界に迷い込むな怪談があって……その怪談の手順通りに進んだら……」

「成功したんですか?」

「ええ、でもよくわからないまま迷って……またもどっと来た。そこはルールが支配する世界で、そのルール通りに進めば生きて帰るみたいだった」

 いつもなら信じることはできなかった。しかし、現に非現実的なことが起きている。そして幹美が言っている以上、信じざるを得まい。

「さっきも思ったんだが、なんでそのルールとやらを把握することが出来たんだ?」

 秋穂が疑問を口にする。それは誰もが思うことだ。

「それは……ところどころに死体が落ちて……倒れていて。バックを漁ったらメモのようなものが……そこに書かれていたの」

「死体を漁ったのか?」

「あの時は必至で……」

「いや、別に攻めたいわけじゃないんだ。ごめん。ただ死人が出るほどのことなのかと驚いただけだ」

「いや、別にいいけど」

「あの……」と彩花は手を軽く上げた。「じゃあ同じようにメモとか探したほうがいいんですかね? そしたらルールを把握できるかも」

 自分で言っておいて何か冷静だなと思った。周りが怯えながらも落ち着いているので、頼りにしてるのかもしれない。それともまだ実感がないだけ?

「え、あ、うん? そうかもね?いや、すべての怪談空間がそうとは限らないかも」

 と、何故か幹美がしどろもどろに言う。しかし、確かに幹美の言う通りかもしれない。全部が同じルールとは限らない。むしろ違う可能性が高い。

 しかしルールを守れば大丈夫と言われても、この空間に迷い込んだこと自体が突然だった。理不尽極まりないくせに、正当性を求めてくる厄介な存在に思える。

 それでもやれることがないと何をしたらいいかわからないので、ルールを探すという指標はありがたかった。

「とはいっても」と秋穂。「例えば……ほかの部屋の中に『他人の部屋を開けてはならない』とかいう書いたメモとかがある理不尽なこともあったりしそうだが」

「他人の部屋を開けたはならない……というのは人として当然のルールでもあるけどね」と綾瀬奈。「人として破ってはいけないルールを守るってのがルールってのはそこまで理不尽感はないかな。例えばキセルをしてはいけない、というのは人としては当然のルールだからね」

 よく言うよ、という声が聞こえたので彩花はあたりを見回したが、誰が言ったのかまではわからなかった。

 とりあえずは無暗に他人の部屋を開けるのは良くないという話になった。そう考えると、出てくる問題も多々ある。

 例えば食糧だ。ある程度は冷蔵庫に残っているが限界はある。精々一週間程度しか耐えられないだろう。それ以後に差し掛かった場合は、他の部屋の扉も開けていく必要があった。そうなると、もしそれがルールに抵触する場合は、犠牲者が必要だ。ただし、ここでそれを決めるほど仲が悪くはなかった。

 そして睡眠は同じ部屋に固まってするということに決まり、二人が起きてローテーションで見張りをすることとなった。

「それでいいですよね」と秋穂は今の今まで黙っていた紗奈に向かって言う。

 叔母は特に表情を変えずに頷いた。

「いいよ」

「あの、先ほどはすみません。つい取り乱してしまって」

「いやいや、全然いいよ。こちらこそごめんね。本来なら一番年長な私が頑張らなきゃいけないんだけど」

「そんなことは……」

 さっきまで怖がっている素振りは見せていたが、今ではすっかり冷静に見える。ただ顔色は悪いので無理をしているのかもしれないが。

「重ね重ねごめんだけど、彩花と二人きりで話させてくれない?」

「それは」

 秋穂がこちらを見る。彩花としては特に問題はなかった。しかしこの緊急時に、ルームシェアのことについて話し合うと考えるとうんざりしてきた。

 それを察したように叔母は首を振る「ルームシェアの話はまた今度しよう。今回は別件」


 ◇ ◇ ◇


「誰かが嘘をついている」


 廊下のほんの曲がり角で、二人で話すことにした。そして誰も聞いていないことを確認したのち、声を潜めて紗奈が言った。

 人数が減ると自然の恐怖がせりあがってくる。一寸先の闇からすぐに何かが襲ってきそうな感覚があった。

「誰かって?」

「これは信用の問題じゃない。私は三流だけど、こういった怪談空間に閉じ込められた時の情報はいくつか持っている。そして法則性があって、必ず誰かが嘘をつくというもの」

「それは……誰かが操られているってこと?」

「怪談空間から帰ってきた人で嘘をついた人は大抵こういう。『記憶にない』『あの時はどうかしてた』『誰かが入れ替わっていた』、他にもさまざま。ある人が統計を取ったけど、本当に嘘をつく理由に一貫性はなかった。でも、嘘をつく人の数の統計を取ると、綺麗に数字が並ぶんだよ。このことから霊媒師の関係者は『嘘をつく理由』を考えるのではなく『理由はどうであれ嘘をつく人が存在する』という考えの元行動してる」

「それは……えっと」

 頭がこんがらがってきた。

「『誰かが嘘をつく』これはルールであり、受け入れるべきってこと」

 叔母は諭すように言ってくる。

「その、叔母さんが嘘をついている可能性って言うのは」

「もちろんあるね。だからほかの人の意見も照らし合わせて、自分で考えて。あと法。法則に則って嘘をつく人のほかに、個人的に嘘をつく人もいるかもしれないし、いないかもしれないから気を付けて」

「そんな無茶な……論理パズルは苦手なんですよ」

「大丈夫。人間関係は論理パズルのように単純じゃないから」

 と、叔母はそんな全然大丈夫じゃないことを言って話を締めくくった。

 紗奈は振り返り、みなの元に戻ろうとする。その背後を見ながら彩花はふと思う。

 今の話が本当なのだとしたら、彩花自身が嘘をつく可能性もあるということだ。彼女はそれを前提に考えて話したのだろうか。いや、考えていたに決まってる。つまり嘘をついているなら白状しろと言うことか、それともあなたになら騙されてもいいと言いたいのか。

 叔母と言う存在は複雑な立場だと思う。これが母であるのなら、自分自身より娘を優先してくれる、というのであれば恥ずかし気ながら信用してしまうだろう。遅れた反抗期である自覚はあるもが、信じてしまえるのだ。たとえそれが間違っていても。しかし叔母は違う。四六時中一緒にいる存在ではない。もしかしたら彼女は自分のことを、娘のように大切に思っているかもしれない。しかしそんなものは自惚れかもしれない。だから全面的に信用することはできない。

 皆に合流してもそのことばかりが頭に残った。

 再度見張りをしっかりと決めて、みなに床に就く。

 同じ部屋に集まって眠るというのは久しぶりで、少し新鮮だった。それに叔母までいるのだから少し気まずさもある。旅行に行ったようだ、と言う気持ちになるには少々状況が特殊すぎる。ただ布団の上で一つの脅威に対して対策を練るというのは、そうそうあることではなく、何か一体感を感じる。綾瀬奈は緊急時なので私物を勝手に盗まないし、幹美も憔悴しているのか八つ当たりじみた怒りを飛ばしてこない。いわゆる共通の敵に共闘するのようなもので(別に自分たちは敵じゃないが)、一時的なものかもしれない。決して楽しくはない。それでも何かに向かっていることで、他の何かを忘れられていた。

 眠りながら叔母とのことを思い出す。母に叱られれて、半ば家出のように飛び出してきたところを、渋々ながら泊めてくれた。インディーズバンドのライブに連れて行ってくれたり、昔の洋楽の解散ライブの映像を見たりした。あの後、彩花は家に帰って謝ったが、今にして思えば、叔母は母に怒られたのだろうかと、罪悪感が今になって募ってきた。

 そうして異様なアパートでの一日目の夜が明けた。


 ■ ■ ■


  接待と言うものは苦手だが、客として利用していた時は最大限に利用させてもらっていたことには違いがない。

 血が飛び散る画面を見るには飲み物が欠かせなかった。成人してからはルートビアハイボールがお気に入りであり、事前に無理を言って前もって用意してもらっていたことも結構ある。ならば運営する立場になったのならば、こちらももてなしをしたくない、というのは尚早わがままが過ぎるという話になってしまう。それでも画質が悪いだの、飯がまずいだのの、さらには遊戯の自称有識者が改善点を長々と上から目線で演説するのにはうんざりとしていた。世の中には殺していい人間と殺したら駄目な人間がいるみたいだが、必ずしも前者が殺したい人間ではないというのはこの世の常識なのだろう。それはそうとして、今回のクレームには納得できるものがあった。

 なかなか人が死なないので、とりあえずはとこの後の予定を書いた書類を渡したが、前半と後半のつながりが薄いのではないかという。確かに尻ぬぐいと言う形なので、製作期間が少なく強引なところがあった。何とか共通点を見つけ出し、いかに前半が後半につながってくるかを丁寧に演説したが、どうも納得した雰囲気ではなかった。とはいってもこれ以上話を聞くのも疲れたとでも言うかのように、つまらなさそうにまた映像を見始めた。高い金を払っているので、これ以上運営者との会話で時間を無駄にしたくもないのだろう。多少の改善は確かに必要だ。部下に言いつけて、今後の資料用に録画したものを確認する。やはり遊戯は運営するものではなく、見て楽しむのが一番なのではないだろうか。否、そんなこと言っていては何もできない。そんなことを思いつつ、次の指示を出すことにした。

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