幕間 怪談のアリゴリズム

 夏緋は友人が死に、推しが死んでからというもの、かなり退屈な日々を過ごしていた。

 しかし遊戯にかかわった以上、堅気に戻ることは困難だ。やる気がなくてもやらなくてはいけない仕事はある。夏緋は今日も今日とて人が死ぬのを見つめる必要があった。

 死にたいとは言ったが口だけであり、生きる気力がないというほどでもないので、面白い死に方をした人間を見ると笑えはする。しかし、推しがいないということがふと頭によぎり、笑顔が覚める。そういったことを繰り返していた。推しのため遊戯の企画をするという夢を中途半端に進行させていたために、運営に携わることになってしまっていた。

「えー結局のところ、怪談とはルールが重要なのですで、抵触すれば死んだり発狂したりします。しかし、ルールをうまく利用し、組み合わせることでゲームのようにすることが出来るのです。これは平安時代から日本に存在し、奴隷や農民を危険な目に合わせて遊んでいた貴族がいたという文献も残っています。そんな馬鹿なと思うかもしれませんが、『誰かを怪談に巻き込んでひどい目にあわせる』という怪談もまた普遍的なものです。大抵そんなことをしたら罠にかけようとした本人が自業自得でひどい目に合う、と言うのがお約束ですが、現実はいつも物語のようにはいきません。確かに管理者側に死者が出ることもありますが、ルールにさえ抵触しなければ大丈夫です。だからこそ念入りな確認が必要なのです」

 神社に招かれて、住職から説明会のようなものを受けている。ここには数多くの怪異が封印されており管理されている。

 管理と言うものには資金が必要だ。資金を手に入れるにはスポンサーが必要で、スポンサーを手に入れるにはまず怪異を信じてもらう必要がある。そして怪異とは犠牲無しで人の目に信じさせることはできない。だから実際に人死にが必要だった。

 それが人死にを娯楽として扱うようになったのは、かなりの紆余曲折があった。

 ただ言うなれば怪談とは初めから娯楽だったということなのかもしれない。

「それではこちらへどうぞ」

 本殿を抜けて、隣の無機質なビルに向かった。その中は病院の入院練のような内装をしているが、用途としては研究所であり牢獄だ。この場所にあらゆる怪異が閉じ込められている。

「少し見ていきますか?」

 と言われたので私は頷いた。比較的安全そうなのを選んだようで、扉の近くについた向こうが見えない窓を開けた。

 そしてサングラスを渡されたので装着し、安全項目にチェックした後、覗き込んだ。

  壁一面を覆うような巨大な水槽があって中に、人間のようなものが泳いでいた。どうみても海洋性の動物を飼うのには向いていない作りだ。ヒトガタの生き物は溺れているようにも見える。そこで私はそれと目が合ったったが、私はすぐに目を逸らした。不吉なものを見たという感覚が残り、夏緋は見たものを記憶から消そうとした。

 しかし記憶の中では、今のは私と顔が同じだったのではないかと言う気分になってきた。苦しんでいる私がこちらに助けを求めている。

 それを確認するために、夏緋は再度窓から覗こうとした。

「おっと」

 神主がそこで窓を閉じた。夏緋が不満げに睨むと、

「これ以上は危険です」

 とだけ言って、鍵をかけた。夏緋は舌打ちをしそうになったが、よく考えて神主の言うとおりだと理解する。何かにのまれそうになっていた。それがなんとも恥ずかしく思い、取り繕うように咳払いをした

「ドッペルゲンガーという奴ですか?」

 と聞くと、神主は無言で首を振る。

「共通点はあります。しかしあれと同じものだと思うと対処を間違える可能性があるので。あとで入念に説明を書いた書類をお渡しします」

 夏緋は頷き、二人は次の部屋に向かった。


「先日あった別件で少し気になる部分があるのですが」

 神主が映像を見せてくる。なんでも山一つを怪異的空間で囲い込んで遊戯を行ったそうだ。しかしながら管理が杜撰だったために、関係ない一般人が紛れ込んだ上に、そのまま一人返してしまったとか。

「大問題ですね」

 私は他人事のように言った。神主も深くうなずいて

「ええ、ですから今回はそれの後始末を依頼したいのです」

 尻ぬぐいと言うことだろうか、と夏緋は露骨に嫌そうにした。

「口封じなどは専門外ですよ」

 と言いながら夏緋は資料を受け取って読む。乗車賃をごまかした者を怪異空間に閉じ込める怪談のようだ。そのほかにも複数の怪談を混ぜたようで、不定形の怪物に追われるという趣向もあったようだった。

 そして夏緋にはまた別の怪異を使って、複数人を遊戯に閉じ込めるのが仕事、とのことだった。なぜわざわざそんな回りくどいことをするのかと言うと、我々は殺し屋ではなく、あくまで管理を行っているだけだ。だからこうやって自分たちが出来る範囲でごまかしをしなければならなかった。

「尻ぬぐい、とはいってもこれを失敗したからと言って車座さんの責任とはなりません。元から失敗した者の責任となります。そして成功したならば、車座さんの手柄となるんです。悪くないでしょう」

 それだけを聞くと確かに悪くなかった。しかし責任の存在しない仕事など存在しない。結局のところ言い方の問題でしかない。

 断ろう。

 夏緋はそう思った。一度失敗したものを治す作業と言うものは、イレギュラーが発生しやすい。だから慣れないことを無理にするものじゃない。

「すみませんが――」

 とそこまで行ったところで流れていた映像がある場面に差しかたった。夏緋は目を細めて、それを見つめた。口を開けていることに気が付いて、慌てて閉める。

 ――推しの復活と言うものについて考えた。もしかしたら一度諦めたものが再び手に入っても、うれしくはないのかもしれないと。

 しかしそんなことは全くなく、気分が高揚していくのを感じた。これは私にできる最高の仕事なのではないかと。

 夏緋は神主に向き合って、はっきりと言った。

「いえ、分かりました。お受けします」

 このチャンスを逃せば二度と巡ってこないものだということを理解していた。それに、推しを復活させる機会を他の人間に奪わせるつもりはなかった。これは私だけがやるべきだ。

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