迎撃者M
てくのろもち
迎撃者M
「インターセプト!ガーニバル隊は地点22ー4ー35、高度49200で待機。アンプッシュだ。接触まで残り250。ボギーは4。方位286から来る!」
管制の声が聞こえる。隊長機《リード》がハンドサインを見せた。戦術を伝えてくる。ボギーとヘッドオン後にスプリットS、敵の背後につく。無線機のスイッチを二度押し了承の意を伝える。
レーダーの輝点を見る。予想通り相手は二手に別れる。そちらの戦術はお見通しだ。逆もまた然りだが。
ボギーの進路変更に対応し高度を調節する。燃料は十分。
アホみたいな燃費のエンジンとアホみたいな大きさの燃料タンクを乗せた胴体にアホみたいに大きな主翼を取り付けたこの機体は世界最強と呼ぶに相応しい素晴らしい実力を擁する。 全ての問題を翼とエンジンで解決したような機体だがコンセプトは嫌いじゃない。
天気は好調。右手に大きめの入道雲がある。
相手はこの向こうにいて、多分あそこの出っ張りを壁にして接近してくる。
見上げるとどこまでも拡がる巨大な天井は黒く藍く染まっていて、やはりここは人間が生きるには過酷な環境だと我々に示してくる。
ふと雲の壁の向こうから4本の飛行機雲がこちらに飛び込んで来るのが見えた。
ヘッドオン!
警報!HUDがボギー影を捉えスピーカーがやかましくなる。
直ちにスラストレバーを押し出しアフターバーナーを点火。大量の燃料をエンジンに流し込み高熱にする。ぐっと速度が上がり機体が振動する。
2機のボギーがこちらを窺つつインメルマンターン、上昇する。こちらも負けじと高度を下げる。繊細な操縦桿をそっと倒しつつロールを行い高度を犠牲に速度を稼ぐ。下がった機首が海面に向けて突っ込む!
ゴォォォオオオオ
強力なGが体にかかる。頭に血が登り視界が黒くなる。世界が赤く染まる。耐Gスーツが太ももをパンパンに締め付ける。心臓がばくんばくんと動く。意識を失う訳には行かない。速度計を見るとマッハ1.1。
音の壁を超えた。
うたうたはしていられない。このままでは数千万もする機体と共に仲良く海水浴だ。そっと操縦桿を引き、機体を水平に戻す。
高度を50000程落とし敵とY軸上で交差した。
右向きの旋回を始めた隊長機の背中を追う。
ウイングマンの仕事は隊長機の援護。
過酷な空の上では自らの仕事以上をしようとしたやつから死んでいく。
僚機を導くのが仕事の彼の背中について行く。それが俺の仕事。
螺旋状に回転しながら高度を上げる。もちろん互いの背中をカバーしながらだ。この間にもエンジンは火を吹き速度を稼いでいく。
旋回半径は大きくなっていく。
ピーッブツッ。無線機に通信が入る。
「ボギーが急降下してくるぞ。3秒後右上に急旋回だ。ロックオンされてもちびるなよっ!」
隊長が無線を切る前に旋回が始まる。横に飛び出すと言い替えてもいい。ほぼ直角の向きにカーブした直後、レーダー警報装置が作動。
ロックオンされた!
すぐにミサイルがやってくるだろう。ビービー鳴る警報装置を横目に思考する前にスイッチを押す。チャフ、フレアを放出!
「ブレイクッ!」
パンバンパンバーンと少し迫力に欠けるような音を出しながらデコイの熱源体が落下していく。
直後フレアの雨の中に敵のミサイルが突っ込んで行った。
避けれなかった時の想像など後回し、操縦桿を引き高度を上げる。ボギーと入れ違いになる。見たところ隊長機も無事のようだ。彼の横に着くようにして上昇していく。
さあてここからが肝心。彼我の機体の格闘戦能力はほぼ同じ、運動性能は僅かに向こうが勝るが我々には引き換えに非常に高い高速性能と加速性能がある。
通例ならこのままバンクしつつ巴戦に入るところだが、今回は違う。頑張って考えた新作戦だ。
スラストレバーを引きエンジンの回転数を下げ、フラップを最大に展開して速度急激を下げる。
失速寸前の機体を最新の操縦システムだからこそできる飛行制御で垂直に保ちつつ、到転、宙返りしつつ機体を下向きに向ける。
空中で速度がほとんどゼロになる。
そのままエンジン全開!
重力加速度にエンジンによる加速を加え機体はぐんぐん加速していく。敵はしばらく後に降りてきた我々を低空で迎撃するつもりだったのだろう。呑気にスロラームをしていた相手に機首を向ける。
お前の命はここで頂く!
この距離、速度なら確実に当たる。
ブーブブブブ…
ピー
HUDのレティクルに敵影が収まる。
レーダーロックオン。右側のやつだ。
慌てて姿勢を変えようとしているが遅い。
発射装置の引き金を引く。FOX2!
加速するロケットブースターが切り離される。
君の背を追って、
螺旋を描いて、
夢を切り裂いて、
高く、空高く、
君を、
「捕まえた」
爆音
命中。敵の機体は爆発した。撃墜を確認。これで俺の機体の尾翼の星の数は3つになった。
「ビンゴッ!」
隊長の声が無線機にやかましく響く。
どうやら向こうもちゃんとやったらしい。
この距離とこの角度だ。敵パイロットの脱出はないだろう。
勇気を持って闘った敵パイロットの最後に敬意を送る。眼下の海面には煙が浮かんでいる。
別のところで友軍と戦闘を行っていたボギー残党2機は味方がやられたのを見て撤退して行った。意気地無し共め。
しばらくした後、
空域から敵影が無くなる。
終わった。そう少し息を吐いた。
震えと恐怖が襲ってきた。
1度目、敵のミサイルを避けた時、
たった300フィート横をミサイルが飛び抜けて行った。
もしも回避が失敗していれば、
今頃下の海の藻屑は自分だった。
(今に始まったことじゃない。)
(何度も経験しただろう。)
(もう…何度も…)
(味わった恐怖じゃないか…)
管制官の声が聞こえる。
「後続の部隊がまもなく到着する。要撃ご苦労だった。RTB」
こうして空を駆る男たちの一日は終わる。
彼らの恐怖の時間は僅か数分で終わるものだ。
その数分で、数秒で、幾人もの騎士が堕ちて行った。
これはいくつもの内の例の1つに過ぎない。
明日への希望を胸に。
明日に対する底知れぬ恐怖を胸に。
明日を生きるために。
彼らは今日も、自らの仕事を行っている。
迎撃者M てくのろもち @0702178942
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