もう少しいい加減に生きたい。課金9000円したい

鈴木雨丸

◇◆◇◆◇

『もう少しいい加減に生きたい』

『どしたん、急に』

『今治郎が1万課金しやがった』

『お前のにーちゃん?』

『バイト代で』

『いいじゃん』

『あたしは家に半分入れてるのに』

『すれば?』

『なにを?』

『課金』

『……もったいない!』

『あっそ』


 ……それから、水木からのメッセージは途切れた。いつものことだった。

 あたしはスマホの画面をオフにし、明日の授業の予習をする。時計を見て、慌ててベッドに入って寝る。

 ……そうしようとしたんだけど、眠れなくて、またスマホを見る。今ハマってるソシャゲのアイコンをつつく。

 音は小さめ。画面は暗くする。

 好みの漫画の画風に似た主人公の少年が、剣を構えている。

 あたしは無課金勢だった。『お知らせ』にピックアップガチャが表示される。新キャラ。好みじゃない。よかった。

 『お知らせ』をスクロールする。

「……う」

 思わず、声が出た。

 『新エピソード応援ボックス』って言う名前の、要はキャラと強化アイテムのセット。

 そこには、緑の髪をなびかせた、エルフの少女が笑っていた。

 ……『推し』のキャラの、新しい衣装だった。

 ……ずるい、と思った。

 こんなの、欲しいに決まってる。

 SNSをのぞくと、課金した猛者たちが、続々とスクショを上げたりしていた。ずるい。

 あたしはじっとキャラのイラストを眺めたあと、スマホを枕の横に置いて寝た。

 目覚ましを設定し忘れていたから、アプリを開いて、設定して、また寝た。


 ○


「よーっす。無課金女」

「やめて」

 朝。水木に会う。

「ソシャゲやるやつの気が知れねえわ」

 水木は、金色の髪をなびかせている。ヘアピンで留めたハイビスカスがかわいい。

「水木だってゲームしてるじゃん」

「俺は買い切りだからいーんだよ!」

 そして、あたしの肩に細い腕を回しながら、並んで歩く。

「美琴、さすがに緑色の髪ってやばくねえ?」

 水木が、あたしの髪色を見ながら言う。

「え、だって、推しキャラと同じ髪色にしたいし」

「……美琴って、変なところがぶっ壊れてんねえ」

「どこが?」

 こんなに真面目なのに?

「まあ、わからないならいーけど」

 水木が、焼けた肌のほっぺたをあたしのほっぺたにすりよせてくる。

 くすぐったくて、あたしは笑った。





 

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もう少しいい加減に生きたい。課金9000円したい 鈴木雨丸 @whitealice318

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