贈り物

「いらっしゃいませ」

「お待ちしておりました、麻里様」


「え?」


 聞き間違いでなければ、初対面のはずの相手に、名前を呼ばれた。

 はっとして顔を向けると、人の良さそうな笑みを浮かべて、学校の制服のような格好をした男の人が立っていた。

 思ったよりも若くて背も低く、同じ年齢か少し上くらいに見える。

 アルバイトだろうか。

 敵意を感じない笑顔に少しだけ安心しつつも、まだ警戒は解けない。


「あの、どうして名前が」

「ご予約の品を預かっていますから」


 余計分からなかった。


「でも、こんなお店で予約なんか。来たこともありません」

「あなたが予約したわけではありませんよ。そうですね、言い方を変えましょう。麻里様への贈り物をお預かりしています」

「え?」


 私への、贈り物。

 でも、一体誰がそんなものを。

 このお店には来たことがないのに、そんなはずはない。


「人違いだと思います、私このお店知ってすらいませんでしたし……」

「そんなはずはありません。新月にいづき麻里まり様ですよね?」

「は、はい、そうです、けど……」

「ご安心ください、それなら人違いではないですよ」


 爽やかにニコリと笑いかけられても、訳がわからないままだ。

 どうする、どうしたらいい。

 やはり断ってお店を出るべきだろうか。


「麻里様」

「あの」


 意を決して店を去ろうとした時、相手も同時に口を開いた。


「申し訳ありません、何かあれば遠慮なくお申し付けください」


 男の人は軽く頭を下げた。

 ここで帰っても良かったのかもしれない。でも、相手が話そうとしたのなら、それくらいは聞いてから帰ろう、なんとなくそんな気分になった。


「いえ、なんでも……」

「そうですか? では、私から。申し遅れましたが、私、この店の者で、ミズキと申します。お好きなようにお呼びくださいませ」


 ミズキ、と名乗ったその人は、萌葱色のエプロンを付けながら、もう一度軽く会釈した。


「ミズキ、さん」


 どうして下の名前だけ名乗ったのだろうと思いつつ、口の中で呟く。


「はい」


 変わらない爽やかな顔で首を軽く傾げる。


「あ、私、新月麻里です、この近くの高校に通ってて一年生で」


 早口で捲し立てる私を、ミズキさんはにっこり笑顔で制した。


「大丈夫ですよ。既に存じ上げておりますから」


「あの、さっきも聞きましたけど、どうして私のことを」

「先程も申し上げました通り、麻里様への贈り物を預かっているからですよ」

「はあ……」

「説明するべきことは沢山ありますが、口だけでは伝わらないと思いますので、まずはお渡ししましょう」


 ミズキさんはそう言うと、カウンターの中にかがみ込んで、何かを取り出した。


「こちらです」

「……なんですか、これ」


 小さなガラス瓶だった。

 手のひらに収まるくらいの大きさだが、受け取ると思いの外ずっしりとしている。

 中には赤色の丸い粒のようなものが大量に入っていて、それが何なのかは私には分からない。BB弾より小さいくらいの粒だ。

 受け取る衝撃で中身が転がると、ビーズが転がるような、ざらりという音が鳴った。


「簡単に言うと、調味料のようなものですね」

「調味料……」

「当店はカフェや喫茶店を主として営んでおりますが、実は本来の仕事はこちらの方なんです」

「調味料の専門店、てことですか?」


 入り口の棚を振り返ってみる。


「ちょっと違います」

「じゃあこれは調味料じゃないんですか?」

「用途としては調味料ですが」


 そこで言葉を限ると、ミズキさんは悪戯が成功したような顔で笑った。


「私の専門は、『言葉』です」

「こ、とば……?」

「はい!」


 今日一番の深さで頷くと、ミズキさんは朗々と語り出した。


「人同士の関わりには、それはもうそれぞれ沢山の思いがあります。大切で、時として口にすることが出来なかったような思いを、当店では言葉をこのような形でお預かりして、こっそりお届けしております」

「ど、どういうことですか? 手紙とか、伝言サービスみたいな……」

「まあ、当たらずとも遠からずというところでしょうか。試してみた方が早いと思いますよ」


 ミズキさんはワクワクした顔になった。さっきまでザ・営業スマイルを貼り付けていたのに、途端に無邪気な表情が見え隠れしている。


「麻里様、何か食べようとここにいらしたのでは?」

「あ、は、はい、そうですが」

「ではそちら、一度お借りしますね。カウンター席でよろしければ座ってお待ちくださいませ」


 ミズキさんはパチリと音がしそうなくらいのウインクをして、さっき私に手渡した小瓶を奪った。

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