第23話 兄思う心にまさる兄心

 何を返せばいいのか、私は迷った。オートンが大事なことを話しているということは分かっても、どうしたらいいのかは分からなかった。

 だから、ちょうど兄上が戻ってきて、私はほっとした。


「兄上、おかえりなさい!」

「ただいま」


 兄上の後ろには、兄上の教育係と三人の騎士の他に、知らない顔の騎士がもう三人いた。すっかりとお茶の時間の気分でいたけれど、そういえば私たちは騎士の交代を待っていただけだったのだと、私は急に思い出した。つまり、ドングリ集めにまた出かけられるということだ。


 でも、立ち上がった私とは反対に、兄上はリーヴェの斜め隣にある一人掛けのソファーに座った。


「ディル、食べ終わってからにしよう。リーヴェも、ミルクに入れたビスケットは自分で食べなければいけないよ」


 言われてみれば、リーヴェはミルクにビスケットを沈めて遊んでいるだけで、私もオートンが移してくれたビスケットをまだ食べていなかった。ミルクに浸けたビスケットは、乾いたらおいしくなくなってしまう。私は座り直して、フォークを刺した。しっとりとしていて、口に入れるととても甘かった。


 私とリーヴェがきちんと全部食べ終えると、兄上は約束通りもう一度ドングリ集めに連れていってくれた。


「ディル、リーヴェが赤い落ち葉を探しているんだけれど、見つけたら教えてくれる?」

「落ち葉ですか?」

「うん。茶色から黄色まで、少しずつ違う色を並べたらきれいだよ」


 リーヴェは、ドングリを拾うことに飽きたようだった。代わりに落ち葉を選んで、自分が座っている敷布の上に並べていた。濃い茶色が段々と赤色に変わって、夕方の空みたいだった。


 格好いいドングリが全然見つからなかったから、私も落ち葉を集めることにした。穴が空いていたり端っこが折れていたりして、きれいな葉っぱはなかなか無かった。でも、大きな葉がたくさん落ちている場所を見つけた。


「兄上、見てください!とても大きいです!」


 私の顔を隠してしまうくらい大きな、円い枯れ葉だった。焦げ茶色ばかりだけれど、他の小さな落ち葉よりも分厚いからか、きれいな形のままで地面に落ちていた。私がそれを持って側に行くと、兄上は一緒になって見てくれた。


「本当だね。せっかくだから、お面にして遊ぼう。穴を空けてもいい?」


 聞かれ、私は頷いた。兄上は葉の上のほうに二つ穴を空けると、私の顔の前に持ち上げた。

 穴の向こう側に見えた兄上は、ふふ、と笑った。


「――ディルのきれいな目がよく分かる」

「!」

「黄色と、橙と……。蜂蜜のような、甘くて優しい色をしているね」


 兄上は、すっと葉っぱのお面を遠ざけた。にっこりと笑って、私を見詰めていた。


 兄上が私を見る目は、父上とも母上ともちょっとだけ違う。もちろん、父上も母上も私を好いてくれているけれど、兄上が私を見る目は、二人よりももっと私を好きでいてくれている感じがする。多分、兄上にとっての私は、父上や母上にとっての私と何かが違うのだと思う。こういうときに、私はまるで自分がもう一人いるかのような気分になる。どちらも私なのに、兄上の目に映る私は、父上と母上の目に映る私と違う。


 私はじっとしていられなくなって、兄上に抱き着いた。


「どうしたの?」

「……兄上、大好きです」


 甘酸っぱい苺を食べたときみたいに、心臓がきゅっとなった。ホットミルクを飲んだときみたいに、心がじんわりとした。


「私もディルが大好きだよ」


 兄上はまた笑って、私を抱き締め返してくれた。蜂蜜みたいなのは、兄上のほうだと私は思う。きらきらと輝いて、甘くて、優しい。私の、一人だけの兄上。


「――ディル兄上……」


 ふと、下から小さな声がした。兄上から少しだけ離れて見ると、いつの間にかリーヴェが隣にいた。私よりもずっと小さな両手で、私の服を掴んでいた。


「……痛い?」


 こてん、とリーヴェは頭を傾けた。まん丸の金色の目が、私をじっと見上げていた。兄上と同じで、父上と母上とは少しだけ違う、きれいな瞳をしていた。

 リーヴェが自分から話しかけることは、ほとんどない。だから、私は何を聞かれたのかすぐには分からなかった。すると、心配してくれているのだと兄上が教えてくれた。


「リーヴェも、ディル兄上が大好きだものね」

「……」


 兄上の言葉に、こくん、とリーヴェは頷いた。そして、私に抱き着いた。抱っこのされ方は知っていても抱っこの仕方は知らないのか、私にしがみつくみたいだったけれど、リーヴェは私を抱き締めてくれた。

 私も、リーヴェをぎゅっとした。


「……ううん、痛くないよ。私もリーヴェが大好き」


 しばらくの間、私とリーヴェはくっついたままでいた。そうしたら、そんな私たちのことを兄上が上から抱き締めてくれた。子供みたいに、三人でひっつき合っていた。日が暮れていく外は冷たかったけれど、兄上とリーヴェがいてくれるおかげで、私は全然寒くなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る