第22話 千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず

 兄上に手を引かれて、私とリーヴェは歩き出した。私はきょろきょろと後ろを見て、騎士たちに何が起きたのか知ろうとした。でも、誰も怪我をしたり体調が悪くなったりはしていなかったから、兄上の言葉はやっぱり不思議だった。だから、聞くことにした。


「どうしてですか?」


 兄上は、きれいな金色の目を私に向けた。兄上の瞳は、とてもきれいだ。じっと見詰められると、吸い込まれてしまいそうなくらい輝いている。私の琥珀色の目とは、違う。


「ディルも、アルクシアン王家の王子だからだよ」

「……?」

「ところで、たくさんのドングリを集めたね。後で私に見せてくれるかな?」

「あ、はいっ。兄上、こんなに大きなドングリを見つけたんですよ!」


 兄上にお願いされたから、私は急いで頷いた。繋いでいないほうの手で丸を作り、どのくらい大きかったかを伝えた。

 そんなに大きかったの、と兄上は驚いてくれた。続けて、私とは反対側に顔を向けた。


「リーヴェも、きれいなドングリを見つけたよね」

「……」


 兄上が顔を近づけて聞くと、リーヴェはこくんと頷いた。リーヴェは恥ずかしがりやだから、全然喋らない。私はリーヴェとも仲良くしたいけれど、話しかけても返事が返ってこないことのほうが多い。それなのに、兄上はリーヴェと上手に話す。やっぱり、兄上は世界で一番の兄上だ。私は勉強が苦手だけれど、たくさん頑張って早く兄上みたいになりたいと思う。


 王城の中に戻ったら、私たちは大きなソファーがある部屋に案内された。入ったことがない部屋だったから私はどきどきとしていたけれど、侍女が飲み物とお菓子をテーブルに置くと、急におなかが減ってしまった。ボウルに入った水で手を洗ってから、私とリーヴェはソファーに座った。

 でも、兄上は立ったままでいた。私が呼んだら、しばらくしたら戻ってくると言って部屋を出ていってしまった。兄上と、兄上の教育係と三人の騎士と、今日だけ特別に付いていたもう三人の騎士がいなくなると、なんだか部屋が広くなったような気がした。


「ねぇ、兄上はどちらに行かれたの?」


 マドレーヌを三個食べた後、私はオートンに聞いた。オートンは、薄茶色の髪と琥珀色の目をしている。実は、この男性は最初から私の教育係だったわけではない。私が二歳になってすぐの頃は別の人だったのを、兄上がオートンに代えてくれた。内緒だと言いながら一緒に遊んでくれるから、私は前の教育係よりもオートンのほうを気に入っている。一人目は、毎日怒ってばかりで怖かった。私が兄上みたいになりたいと言ったら、無理だと大きな溜め息を吐くのも、悲しかった。


 私の隣ではリーヴェがじっと座って、ビスケットをホットミルクに落としていた。ティースプーンで沈めたり、ぷかぷかと浮かんでくるのを待ったり。行儀が悪いけれど、いいなぁ、と私が思っていたら、オートンが私の目の前にもホットミルクを置いた。牛乳は不思議だ。そのまま飲んでもおいしいし、ビスケットに付けてもおいしい。苦い紅茶も、牛乳を混ぜるとおいしく飲める。ビスケットをミルクに入れるのは小さい子がやる食べ方だけれど、ちょっとだけならいいよね、と私はビスケットの半分をミルクに浸けた。


「恐らく、騎士団のところでしょう。本日のみ付いている三人を、他の騎士と交代させるおつもりなのだと思いますよ」

「どうして?」

「……先程、猫と鳥の音が聞こえたときに、あの三人は全員が第一王子殿下と第三王子殿下をお守りしたでしょう?それではいけませんから、第一王子殿下は騎士を代えなさるのだと思いますよ」

「どうして?」


 オートンの説明が分からなくて、私はもう一度聞いた。兄上とリーヴェを守ることの、一体何が良くないのだろうか。だって、兄上とリーヴェは特別だ。金色の目を持たない私と違い、ものすごく大切にされている。オートンの前の私の教育係だって、私は兄上とリーヴェとは種類が違うと話していた。確か、兄上とリーヴェはきれいな玉だけれど、私はただの石だと言っていた。

 私に見詰められたオートンは、悲しそうな顔をした。そして、私の頭を撫でた。オートンの手は大きいから、兄上に撫でられるときとは別の感覚がする。


「なぜ、騎士の人数が三人だったのか、お分かりになりますか?」

「私が少なくしてと言ったから?」

「半分、正解です。では、なぜ二人ではなかったのでしょうか?」


 こういう風に、オートンはよく私に問題を出す。私は兄上と違って賢くないから分かるはずがないのに、すぐには答えを教えてくれない。でも、私が正解を当てられたときは、兄上がするみたいに私を褒めてくれる。だから、私はオートンから問題を出されたときは、分からないなりにきちんと考えるようにしている。間違った答えを出しても、オートンは絶対に怒らない。オートンが怒るのは、私が危ないことをしたときだけだ。


「兄上とリーヴェに一人ずつと、自由にできる人が一人欲しかったから?」


 先程、あの三人はそのように動いていた。二人は兄上とリーヴェを守ったままで、残りの一人は木の裏に何がいるかを確認していた。


「またしても、半分正解です。ですが、三人目は、ディルゼス殿下をお守りするために用意されたのですよ」

「私?」


 私は驚いて、摘まんでいたビスケットをホットミルクの中に落としてしまった。


「あっ……」

「大丈夫ですよ。フォークで召し上がればよろしいのです」


 オートンは沈んでいたビスケットをフォークですくって、新しいお皿に移した。それを私に手渡すオートンの顔は、優しい笑顔だった。


「ありがとう」

「滅相もありません、ディルゼス殿下も、アルクシアン王家の王子殿下でいらっしゃるのですから」

「……?」

「私がこうしてお仕えすることも、騎士がお守りすることも、当然のことなのですよ、第二王子ディルゼス・アルクシアン殿下」


 オートンは、不思議だ。金色の目をしていない私にも、優しくしてくれるし笑いかけてくれる。リーヴェを世話するのではなく、私を気に掛けてくれる。もちろん、リーヴェが困っていたらオートンは助けるだろうけれど、それは私よりもリーヴェのほうが大切だからというわけではないのだと思う。私の勘違いでなければ、オートンは兄上と同じように、私のことをちゃんと好きでいてくれている。そして、私が兄上みたいになりたいと言ったら、きっとなれると応援してくれる。私も、そんなオートンのことが大好きだ。

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