番外編

第21話 兄の心、弟知らず

 私には、二歳上の兄がいる。とてもきれいな金色の髪と目を持つ、アルクシアン王国の第一王子だ。本当は長くて格好いい名前があるのだけれど、父上と母上が呼ぶときはヴェル、私が呼ぶときは兄上、リーヴェが呼ぶときはヴェル兄上と言われている。ちなみに、兄上は私のことをディルと呼ぶ。それがお揃いみたいで、呼ばれた私はついにこにことしてしまう。だって、私の髪は金色だけれど少しだけ白っぽいし、目は琥珀色でつんと尖っている。私の二歳下のリーヴェやまだ赤ちゃんのジルと比べたら、私と兄上はあまり似ていない。私はそれがほんのちょっとだけもやもやして、けれどそれを言ったら母上が悲しむから、私だけの秘密にしている。

 それに、兄上は私をちゃんと好きでいてくれている。私が一緒に遊びたいとねだったらそうしてくれるし、大きな声を出したり意地悪をしたりしない。たくさん抱き締めてくれて、たくさん頭を撫でてくれる。だから、私は全然寂しくない。


 あの秋の日も、兄上は私を大好きだと言ってくれた。


 それは、ジルが生まれる少し前。六歳の兄上と、四歳の私と、二歳のリーヴェの三人で、王城を散歩していたある午後のことだ。


 最初は、三人で手を繋いで歩いていた。ただし、兄上と私の教育係二人や騎士たちも一緒なので、ぞろぞろと大人数での移動だ。私は本当は兄弟だけで遊びたかったけれど、兄上が駄目だと言うから我慢した。合わせて、二十人くらいはいたと思う。


 王城の庭は広い。花が咲いているところもあれば、噴水があるところもある。その日の私たちは木がたくさんある場所を目指して、着いたらドングリを集める遊びをしていた。

 兄上は何でも知っている。カラカラと音がするドングリは中が空っぽなこと、穴が空いているドングリの中には虫がいるかもしれないこと、部屋に持ち帰りたいなら熱いお湯で温める必要があること。私とリーヴェは色んなことを兄上に教わりながら、大きくてきれいなドングリを探した。


「ディル、木の裏に行ってはいけないよ。私から見える場所にいて」

「はい」


 リーヴェは敷布の上に座って、そこから手が届く地面のドングリを集めていた。リーヴェは動くのがあまり好きではないから、ずっと同じ場所でじっとしていることが多い。兄上は、そんなリーヴェの隣にいた。散歩に行く前に、母上からリーヴェの側にいるように頼まれていたからだ。

 でも、私はしゃがんだまま動き回って、あちこちのドングリを拾い集めていた。兄上の言いつけを守って遠くには行かないようにしていたけれど、一番大きくてきれいなドングリを見つけて、兄上に褒めてほしかった。それに、落ち葉を踏むのも音が鳴って楽しかった。


 私とリーヴェは、一生懸命にドングリを探した。兄上は、優しい顔で私とリーヴェを見てくれていた。


 ──突然、とても近くで何かが動いた音がした。


 バサバサッ、と鳥が翼を動かしたみたいな音と、落ち葉がガサガサとこすれる音。


 近くにいた私の騎士三人は、すぐに私を囲んだ。私の教育係であるオートン・メルアットも、抱き締めるようにして私を立ち上がらせた。

 私の後ろから現れた一人の騎士が、木の裏にゆっくりと向かった。私の後ろには、兄上とリーヴェがいた。だから、この騎士はわざわざ二人から離れて、誰がいるのか確認しにきたということだ。


 兄上とリーヴェにも決まった騎士が三人付いているけれど、この日は王子が揃って外に出るからと、さらに三人の騎士も付いてきていた。音の正体を確かめにきたのは、そのうちの一人だ。私は、そんなことをしていいのかと不安になっていた。だって、この人が付いてきたのは、きっと兄上とリーヴェを守るためだ。王城の中を散歩するだけなのに騎士が増えたのは、二人が一緒にいるときに襲われたら大変だからだと、私はこっそりと思っていた。兄上とリーヴェに何かあったら、父上の次の国王になる人がいなくなってしまう。目が金色でない私には、国王になる資格が無い。


 木の裏にさっと回り込んだ騎士は、すぐに戻ってきた。


「猫と鳥でございました」


 良かった、と私は安心した。怖い人だったらどうしようかと思っていたから、ただの動物でほっとした。それから、見にいきたいと思った。猫と鳥が仲良しだなんて、聞いたことがない。どんな色の猫と鳥なのか、とても気になった。


「兄上、猫が見たいです!行ってもいいですか?」


 振り返ると、騎士がたくさんいた。やっぱり、兄上とリーヴェはたくさんの人に守られていた。私の側には教育係と三人の騎士しかいないけれど、二人の側には兄上の教育係と、それぞれの騎士が三人ずつと、今日だけ付いているもう三人の騎士もいた。


 離れていく騎士たちの隙間から、兄上が見えた。──少しだけ、本当に少しだけ、怖い顔をしている気がした。


「ディル、いけないよ。こちらにおいで」


 兄上は、静かなのによく聞こえる声で私を呼んだ。どきりとした私は、ドングリをたくさん持ったまま兄上のほうに行った。オートンと私の騎士たちも、私の後ろを付いてきた。

 兄上は、兄上の教育係から受け取った小さな木箱を開けた。ドングリを入れるために用意した、きれいな絵が彫られている箱だ。私とリーヴェがそこにドングリを入れると、兄上はパタンと閉じて教育係に渡した。そして、私とリーヴェの手を取った。


「──一旦、帰ろう」

「えっ?」


 兄上は、不思議なことを言った。だって、まだ少しの時間しか遊べていないし、さっきの音は猫と鳥だったのだから危なくない。それに、この日は夕方のお茶の時間まで外で遊ぶという約束だった。私はまだおなかが空いていないから、お茶の時間にはなっていないと思った。

 私がそういうことを話すと、兄上は優しく笑った。


「騎士を代えるだけだから、すぐに戻ってくるよ」

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