第19話 井の中の蛙、空を飛ぶ鷹の恐ろしさを知らず

 宮廷裁判長は、たっぷりと息を吸った。


「罪人フィルシー・レオ・クラッドコード。そなたはアルクシアン王家への不敬を働き、また、先の罪人シュネーゼと結託し、王位簒奪およびアルクシアン王国十二代目第四王子ランジル・レオ・アルクシアン殿下の誘拐を目論み、それに際し第一王子ヴェネルディオ・レオ・アルクシアン殿下の殺害を試みた。したがって、鞭打ち、両手両足の爪剥がし、水責めを百日間施した後、両腕両足を切り落としたうえで絞首刑とする。なお、死体は朽ちるまで裁きの塔外壁に吊るし続ける。また、罪人の親族の四親等までの全員を斬首刑とする」


 つらつらと、宮廷裁判長は淀みなく言いきった。フィルシー自身の処刑内容はシュネーゼやミルリアと同じだが、今回はそれに加えて連座の処置を心置きなくできる。四親等に含まれるのは、直系血族で言えば高祖父母から玄孫まで、傍系血族で言えば大おじおよび大おばからいとこまで。先代国王の妹であるフィルシーの祖母も、きちんと処刑される。ただし、まだ幼いフィルシーには子さえおらず、先代国王の兄弟姉妹などはほとんどがすでに死んでいるから、実際に斬首される人数はさほど多くないだろう。大体二十人くらいだろうか。


 何より、本題はここからだ。


 宮廷裁判長は、続けて息を吸った。


「また、クラッドコード公爵家には、罪人を出した責任が生じる。したがって、金貨三百枚の支払い、また、クラッドコード公爵領内のケルダ川流域およびサクサン鉱山をアルクシアン王家に献上することを命ずる。以上」


 金貨三百枚は、貴人一人を殺害した場合に求められる賠償金額だ。この額は、並の邸宅の建築費用と大体変わらない。そのうえで、今回はアルクシアン王家に被害を及ぼしたので、追加で莫大な損害賠償が要求されている。それに充てられるのが、かつてアルクシアン王家から下賜された砂金を採取できるケルダ川流域と、近年発見されたばかりの宝石鉱山であるサクサン鉱山だ。クラッドコード公爵家の財力はこれらに基づいているので、この処罰により大きく弱体化することになる。


 長い、長い判決が下され終わった。誰からも、異論は出ない。これにて、裁きは終了だ。宮廷裁判長が閉廷を告げた途端、室内は騒がしくなる。

 見物していた貴族たちは、我先にと裁きの間から出ていった。その多くは、クラッドコード公爵家との取引内容を見直すつもりだろう。特にサクサン鉱山から下ろされる宝石を当てにしていた事業は、代替の契約先を見つけなければ頓挫することもありえる。フィルシーの犯した罪のせいで、アルクシアン王国の貴族の力関係どころか、経済の回りも変わってしまうということだ。しばらくはどこも落ち着かないだろう。


「え……?何、どういうこと……?絞首刑、って、何?私が?」


 席を立った俺の耳に、フィルシーの呆然とした呟きが届いた。もはや喚くことも忘れてしまったのか、素直に騎士に引きずられている。まさか、殺されることはないとでも踏んでいたのだろうか。ありえない。アルクシアン王家に幾度となく敵意を向けておいて、生存を許されるわけがない。アルクシアン王国では、アルクシアン王家が絶対君主だ。君主の行く道を阻むと判断された者は、容赦無く排除されていくのがこの国のしきたりだ。そうされたくないなら、利用価値を示すか、せめて大人しく従順でいるべきだった。

 しかし、おかげで俺は満足できる。フィルシーが自由に泳いでくれたから、俺はクラッドコード公爵家の成長を妨げることができ、婚約者を選び直す権利も得た。もちろんアルクシアン王家の血を濃く引く娘でなくてはならないものの、クラッドコード公爵家以外のそういう家は権力に差が無いので、選択肢の数は多い。多少、俺の好みを考慮してもらうことも可能だろう。聡明で、謙虚で、この世界の道理を弁えた娘だといい。


 裁きの間を出ると、父上が立ち止まってこちらを見ていた。その表情は懐疑的で、とてもではないが息子に向けるものではない。俺は努めて沈痛な面持ちを作り、己の婚約者の犯罪を止められなかったことを詫びた。すると、意外にも父上は怒らなかった。その代わりに、親らしからぬ表情を崩さないまま俺に問う。


「――いつから、これを考えていた?」

「もちろん、罪人が私とジルを襲った後ですよ。アルクシアン王家の者として、何かおかしいでしょうか?」


 俺は、小首を傾げた。父上は、黙り込んだ。


 いつから、など、答える価値は無い。全てが終わった後、種明かしをする奇術師などいないだろう。


「……今日はよく休め」


 そう早口で言った父上は、騎士たちを連れ離れていく。きっと、父上は見当が付いているはずだ。なぜなら、この人はアルクシアン王国の国王なのだから。それくらいの賢さは、生まれながらに兼ね備えている。


 俺は機嫌良く礼を口にし、父上の背中を見送る。その後ろ姿がすっかりと見えなくなった後、待機していたネイたちと共に離宮への帰路をたどった。

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