第18話 蛙は口ゆえ鷹に掴まれる
俺が顎で指し示すと、宮廷裁判長は視線をクラッドコード公爵に向けた。
「エドモルード・クラッドコード公爵。第一王子ヴェネルディオ・レオ・アルクシアン殿下からのご質問に答えよ」
「……我々クラッドコード公爵家は、アルクシアン王家への忠誠を偽ったことは一度としてございません。罪人シュネーゼと関わり、身の程知らずにも王位を望むなどもってのほかでございます。――しかしながら……」
クラッドコード公爵は、その山吹色の双眸で己の娘を見た。拘束されているその姿を前に、悲しみとも嘆きとも付かない色を映す。俺が行った調査の限りでは、クラッドコード公爵夫妻の教育は間違っていなかった。まさか、このように裏切られるとは予想だにしていなかったのだろう。
「フィルシーは、王妃教育のために一人で登城しておりました。そのときに誰と関わっていたかは、定かではございません」
切った。クラッドコード公爵家は、フィルシーを切り捨てた。実際にどうであったかがもはやどうでもいいことに、クラッドコード公爵は気づいているのだろう。今腐心するべきは、フィルシーの罪を軽くすることではない。フィルシーにできる限り多くの罪を背負わせ、クラッドコード公爵家は裏切られただけだと思わせたうえで、家門の滅亡を防ぐことだ。
宮廷裁判長は、俺の代わりに口を開く。
「では、罪人フィルシー・レオ・クラッドコードが罪人シュネーゼと結託していたのは、事実だと?」
「肯定するつもりはないが、否定できる証拠も無い」
「お父様!!」
そこで、初めてフィルシーが声を上げた。その表情は驚愕そのもので、己の父親の言動を信じたくないようだ。立ち上がろうとするのを、騎士が無言で押さえる。
「シュネーゼなんて人、私、知らない!何で庇ってくれないの?父親なら、娘の無実を信じなさいよ!!」
金切り声で叫ぶ言葉遣いは、貴族の娘らしからぬものだ。悪鬼と見紛うほどの顔で、クラッドコード公爵を強く睨みつけてもいる。その横顔を見てしまった誰かは、平民のほうがまだ慎みがある、と呟いた。それが耳に入ったのか、フィルシーは勢い良く傍聴席を振り向いた。
「あんたたちも、こんなに小さな子供を見世物にして、何とも思わないわけ!?女の子なんだよ、女の子!しかも、虐待されてる王子様を一生懸命助けようとしたのに!何で私は怒られて、第一王子は何も言われないの!?」
ふらり、とクラッドコード公爵夫人が体を揺らした。突きつけられた現実が過酷なあまり、気を失ってしまったのかもしれない。生粋の貴族女性である己からあのような娘が生まれるとは、露ほども思っていなかっただろう。せっかく黄金の目を持つ娘を産んだのに、報われないことだ。アルクシアン王家の証は偉大だが、全てを相殺する免罪符ではない。
騎士が別室へ連れていこうとするのを、クラッドコード公爵はひどい顔色で拒んでいる。この結末がどうなるか、きちんと想像できているようだ。
「クラッドコード公爵。この後、家族で過ごす時間は必ず与えるよ」
騒々しい中でも、俺の声はよく通った。クラッドコード公爵は深々と頭を下げると、騎士に支えられ部屋を出ていく妻を見送った。実に切ない場面だ。もしもこれが映画なら、涙を流す客もいるに違いない。
ところが、フィルシーは両親のその姿が気に入らないようだった。
「ちょっと、何で行っちゃうの!?子供の私のほうが優先でしょうが!母親なら逃げないで、娘のために戦いなさいよ!!」
うわぁ、と俺は内心で目を細めた。俺もいわゆる転生者であるわけだが、この思考は理解できない。もしも俺が前世の記憶持ちだと誰かに打ち明けていたら、これと同類だと思われていたのだろうか。それだけは断固として拒否したい。
裁きの間で当事者が取り乱し、大声を上げることは決して珍しくない。とは言え、さすがにフィルシーの振る舞いは論外だ。見るに堪えないのか、部屋を出ていく貴族も数人いる。この場を作り上げた俺とて、想定以上に喧しい駒に辟易としているところだ。次回以降は、相手の心をぽっきりと折ってからにするとしよう。放っておいたら余計なことまで喋りかねない。
静粛に、と宮廷裁判長の声が響き渡った。
「エドモルード・クラッドコード公爵に対し、改めて問う。此度の犯罪はクラッドコード公爵家の意に沿わぬことであり、罪人フィルシー・レオ・クラッドコードの独断専行であるということでよろしいか?」
「その通りだ」
「第一王子ヴェネルディオ・レオ・アルクシアン殿下、この事実に異論はございますか?」
「いや」
俺が首を左右に振ると、宮廷裁判長は心得たとばかりに頷いた。お互いに納得しているなら、これ以上場を長引かせる必要はない。
裁きが下ることを察知し、聴衆は口を閉ざした。静まり返った室内に緊張を感じたのか、フィルシーも不安と苛立ちが交ざった様子で大人しくなる。
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