第17話 狩り、本戦
裁きの間の傍聴席は、立ち見客が出るほどびっしりと埋まった。今回の事件がアルクシアン王家に対する明確な謀反に当たり、それを犯したのがアルクシアン王家の降嫁先にもなったクラッドコード公爵家の娘、しかも第一王子の婚約者ともなれば、判決を己の目で見届けようと思う貴族は少なからずいる。窓から差し込む春陽を陰らせるかのごとく、人々の興奮はざわめきとなって空気を揺らしていた。
部屋の最奥は数段盛り上がっており、最上段の玉座に父上が鎮座している。一段下にある椅子二脚は、母上と俺の席だ。いくらか距離を空けた先では、宮廷裁判長が俺たちに背中を向けて座っている。そのまた向こう、扇形に広がる傍聴席に取り囲まれるようにして跪かされているのは、罪人フィルシー・レオ・クラッドコード。身だしなみは整っているものの、後ろ手に手首を縛られ騎士に縄を引かれている。
部屋の壁際には、俺から見て右に宮廷書記官長とその部下が数人、左にクラッドコード公爵夫妻と先代クラッドコード公爵夫人、すなわち先代国王の妹が座っている。その他には、護衛のための騎士が近衛騎士も含めて十人ほど立っている。
相手が七歳の子供だからと言って、手加減をするようなアルクシアン王家ではない。むしろ、希有な魔法を使うからと警戒は万全だ。クラッドコード公爵もそれは承知しているからこそ、隠居の身である母親を連れてきたのだろう。当家はアルクシアン王家が晩年を過ごす家だと、恩情を引き出す狙いに違いない。
「只今より、罪人フィルシー・レオ・クラッドコードの裁きを開廷する。罪状は、次の通り。一つ、アルクシアン王家に対する不敬。二つ、アルクシアン王家の誘拐未遂。三つ、アルクシアン王家の殺害未遂。また、先の罪人シュネーゼとの結託も疑われる」
宮廷裁判長の最後の一言に、聴衆はどよめいた。シュネーゼが王位簒奪を試みたのは、今からおよそ二年前のこと。そこでできた子供が第四王子として認められたのは去年なので、まだ人々の記憶に新しい。ただ、もう終わったものだというのが世間の共通の意識だった。
「静粛に!……まず、第一王子ヴェネルディオ・レオ・アルクシアン殿下」
名前を呼ばれ、俺は立ち上がった。一呼吸置き、室内を満遍なく見回す。これは子供の喧嘩ではなく、国の存亡が懸かった戦いだ。絶対王者の風格を、俺はたかだか八歳の小さな体にまとわせなくてはいけない。
視線の先で、フィルシーは悔しげに顔を歪めていた。喋り出さないのは、今朝面会したクラッドコード公爵から余程のことを言われたからだろう。今となっては遅いが、親の言うことを聞く頭はわずかばかり残っていたらしい。
俺は真剣な表情を崩さず、息を吸った。
「私と罪人は、二年前に婚約を結んだ。それからは週に一度、お茶の時間を共にしてきた。しかし、罪人が話す内容は、とても信じがたいことばかりだった」
ここで俺は、拳を握り締めフィルシーを睨みつける。
「我が父を……アルクシアン王国国王たる父上を、色欲に溺れる愚かな王だと侮辱したのだ……!王妃以外の女を侍らせ、子をなすと!そこの罪人は我が父を、あろうことか私の目の前で愚弄した!これはアルクシアン王家に対する重大な冒涜である!」
子供が何を言っているのだという疑問は、話の内容の重さでかき消せばいい。俺は可能な限り声を張り上げ、集まっている貴族に訴えた。いや、裁判にはある程度の台本があるので、客の反応によって結果が変わることはありえないのだが。だが、これは演説だ、俺の絶対的優位を見せつけ、クラッドコード公爵家を叩き潰すための。今この瞬間は、俺の独壇場であるべきだ。
俺はあたかも憤りを鎮めるかのように息を吐き出すと、静かにフィルシーを見詰めた。
「ただし……驚くべきは、それだけではない。この罪人がそのような戯れ言を言い始めたのは、罪人シュネーゼの罪が明るみに出る一年ほど前だった」
俺のもったいぶった言い方に、見物人たちは互いに顔を見合わせた。
「つまり、この罪人は罪人シュネーゼと協力関係にあり、来る第四王子の誕生に備え、第一王子である私を洗脳し、王位の簒奪を企てていたのだと考えられる。しかし、首謀者である罪人シュネーゼが処刑されたことに焦り、第四王子を手元に確保しようとしたのだろう。そして、それを阻んだ私を殺害しようとした」
再び生まれたざわめきは、驚きか、恐れか。シュネーゼの事件が未だに続いていたという宣言に、貴族たちは困惑を隠せないようだ。
「アルクシアン王家が掛けた第四王子への情けを、諦め悪く私欲のために利用されるとは甚だ遺憾だ。一体何のつもりなのか、クラッドコード公爵家に今一度問いただしたい」
俺は神妙な顔で言葉を切り、席に戻った。クラッドコード公爵に直答を促したのは、きっと聡明な当主だと確信してのことだ。このままいけばクラッドコード公爵家は取り潰しになり、領地はアルクシアン王家の直轄領となる。しかし、この家は代々アルクシアン王家への忠誠を愚直に誓ってくれている。こちらが叩きすぎた結果領民の不満を買っては、本末転倒だ。俺はクラッドコード公爵家の力を削ぎたいのであって、反乱予備軍を生産したいわけではない。
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