第9話 能ある鷹は親をも騙す

 突然の話題転換に、人々は虚を突かれたようだった。父上は眉根を寄せ、母上は呆気に取られた様子だ。この隙を逃さず、俺は真面目な顔をして語り始める。


「陛下のご兄弟は、誰一人として黄金の目をお持ちでなかったそうですね。そこで、妃には先代国王陛下の姪君、すなわち陛下のいとこに当たる女性が選ばれたと聞いております。王妃殿下、あなた様のことですね」


 父上の前の代までは、血が近すぎる婚姻が強く問題視されており、数代遡らなければ王家と結びつかない家から妃が選ばれていた。しかしかえって血が薄まりすぎたのか、父上の兄弟姉妹は全員異色の瞳を持って生まれてしまった。

 このときに危機感を覚えたアルクシアン王家は、父上の妃にいとこである母上を用意した。近親婚が警戒されたのは他の家門でも同様だったので、純粋な金色の目を持つ妙齢の娘が存在しなかった中、琥珀色の目を持つ母上は最も望みがあった。結果として黄金の目をした男児が二人も生まれたのだから、先代国王の見込みは正しかったと言えるだろう。


 俺の問いかけに対し、父上と母上は揃って頷いた。二人共、冷静な思考力を取り戻しつつあるようで何よりだ。


「黄金の目をお持ちの陛下とミルリアの子供は、ほぼ確実に黄金の目を持って生まれてくるでしょう。であれば、私はこの子供を無駄にしたくはありません」

「……」

「言葉を選ばずに申し上げるのであれば、アルクシアン王家の血統を保持するために、この子供を使いたいのです」


 なんて非人道的で、なんて反道徳的な発想。俺は今、王位継承争いという他人の戦いに巻き込まれた子供を、あえて目覚めさせ道具として飼い殺すという発言をした。人情も倫理もそぎ落とした、人殺しよりも罪深い思想。


 近衛騎士団長が俺を見る目は、化け物を見るそれに変わった。宮廷裁判長も、まるで刑罰を思案しているかのような表情で俺を見据えている。宰相は、信じられなさそうな顔で俺と父上を見比べた。父上の息子にしては、俺は一国の支配者としてあまりに完璧だ。宮廷書記官たちが書きつける音だけが、サラサラと響く。


「王妃殿下に育てていただきたいとは申しません。母子共に私の離宮でお預かりし、子供は私が面倒を見ます。乳母を用意いたしますから、子供は罪人の乳では育ちません」

「……」

「……ディルとリーヴェには、極力近づけないようにしましょう。常に監視を付け、行動に制限を掛けます」


 なぜだろうか。俺の想定ではここで許しが出るはずだったのだが、なかなか首を縦に振ってくれない。一体、何が足りないのだろうか。

 ――そういえば、アルクシアン王家の資格うんぬんが宙ぶらりんだったか。


「また、この子供をアルクシアン王家の者として認めるか否かに関してですが……ミルリアが陛下の寝所へ参ったことについては、目撃者が複数名おります。今は私の部下が押さえておりますが、人の口に戸は立てられないと言います。したがって、この状況を逆に利用してはいかがでしょうか?」

「……逆に、とは?」


 ようやく、父上が反応してくれた。俺は素早くセリフを組み立て、さもあらかじめ考えてあったかのように話し始める。両腕を広げ、気分は民衆に向けて演説を行う国王だ。


「この不届き者たちを見せしめにし、アルクシアン王家の権威を今一度知らしめると同時に、慈悲深い印象を貴族や民に植えつけるのです。生まれてもいない子供に罪は無いとして……いえ、それはまずいですね。情けを与えるくらいにしましょう」

「……」

「つまり、温情を掛けるという形で第四王子あるいは第一王女の肩書きを与え、あたかも陛下が目に掛けておられるような噂を流せば、人々はアルクシアン王家にいっそうの敬意を寄せるでしょう。恐縮ですが、その際には私の口添えがあったからということにしていただけるとありがたいです、次代の国王は私ですから」

「……」

「……」


 おかしい。反応が無い。口を縫いつけられたみたいに、誰も彼もが一切喋らない。賛同できるかどうかはさておき、一言くらいはあってもいいのではないだろうか。六歳児が大人顔負けの論説を披露したのだから、驚くなり褒めるなりしてもいいだろう。なぜ、誰も口を開かないのだろうか。一般的な六歳児であれば、無視されたと感じて泣き出すところだ。


 果たして、何十秒経った頃だろうか。俺が辛抱強く待っていると、父上が息を吸った。


「……お前は……」

「はい」

「……いつから、それを考えていた?」


 思わず、俺は眉間に皺を寄せた。まさか、俺の話は全て聞き流されていたのだろうか。しかし、国王に聞かれたのなら答えないわけにはいかない。無論、真実を教えるわけにもいかないが。


「つい先程ですよ。陛下のお部屋でお話を伺ってから、最善の落としどころはどこだろうと考えておりました。アルクシアン王家の者として、何かおかしいでしょうか?」

「……いや……」


 何なのだろうか、一体。歯切れが悪い。俺が予想していた反応と違う。これではいつまで経っても話が終わらないし、俺はいつまでも立ち続けていなくてはいけないではないか。そろそろ足が疲れてきたので、私室のソファーに座って休みたい。よく働いてくれているネイとイオにも、事の次第を知らせなくては。


「陛下、王妃殿下、ご決断をお願い申し上げます」


 父上は、母上を見た。母上は、口もとを押さえて震えていた。二人の心を占めるのは、どのような感情だろうか。

 再び、沈黙が場を支配する。俺が頼るような視線を向けると、宰相は深く息を吐いた。そして、重たげに口を動かす。


「……陛下、ご決断を。第一王子殿下のご提案には、罪人をただ殺すよりも余程利益があるかと。未来の布石となる、聡明なお考えです」

「……ああ……そうだな。そうしよう。宮廷裁判長、ヴェルの望み通りに計らえ」

「……承知いたしました」


 良かった。母上も反論しないということは、俺の意見は正式に認められたのだろう。とりあえず、この世界に主人公が生まれないことはなくなった。クラッドコード公爵家を叩きのめす計画の第一段階は、これでほとんど通過したと言っていい。


「父上、母上、ありがとうございます。では、ミルリアとお腹の子は私が預かりますね」

「ああ」


 宮廷裁判長が部屋を出ていくと、罪人を運ぶ役目の騎士たちが入ってきた。ミルリアを除く四人は、これから裁きの塔の牢屋に連れていかれるだろう。


 人の流れに交じってネイとイオの姿が見えたので、俺は嬉しい気持ちのまま駆け寄った。三人で部屋の隅に移動し、小声で話す。


「予定通りになったから、イオは騎士と一緒にミルリアを例の部屋に運んでくれ。ネイには私を離宮まで護衛した後、乳母の候補者を見繕ってもらいたい」

「かしこまりました」

「承知いたしました」


 主人公は、俺が手に入れた。あとはこの餌を釣瓶に入れ、井戸の底に送り届けるのみだ。

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