第8話 狩り、前哨戦

 一口に謁見の間と言っても、王城には用途に合わせて何か所かある。そのうちの奥まった位置にある、極秘の話し合いに使われるような部屋で、父上は事の次第を明かした。

 手を封じられ床に跪かされているのは、主犯であるシュネーゼ・アルクシアン、父上を襲った公爵息女ミルリア・レオ・キャリーヌ、二人の侵入を許した見張りの近衛騎士二人。他には俺と母上に加え、宰相、近衛騎士団長、宮廷裁判長、宮廷書記官長とその部下が一人いる。まだ幼いのだからと母上は俺の同席を渋ったが、父上と共に戦うと約束したこと、より良き国王になるために必要な経験であることを聞くと、渋々といった様子ながらもこの場にいることを許した。


 罪を犯した貴族の裁きは、傍聴人を募り公開して行うところだが、今回は事が事なので内密に裁きを下すことになった。それに、真冬の今は貴族に招集を掛けても無理がある。それも狙って、シュネーゼは今の季節に犯行に及んだのだろう。


「違う!!あなたは自らミルリアを求めたのよ!!」

「黙れ!!アルクシアン王国国王たる私に毒を盛り、姦計をめぐらせ、あまつさえ我が息子たちを亡き者にしようとした罪、断じて許さぬ!!全員、拷問の後に処刑!!楽に死ねると思うな!!」


 喚くシュネーゼと、怒り狂う父上。母上は鬼の形相で罪人たちを睨み、ミルリアは事態を飲み込めていなさそうな顔でこちらを見詰め、近衛騎士二人は黙り込んでいる。宰相、近衛騎士団長、宮廷裁判長は、皆一様に厳しい顔つきだ。宮廷書記官の二人は、さすがの無表情で書き取りに忙しい。では俺はどうしているのかと言えば、真剣な表情を取り繕っているものの、正直そこはどうでもいいと思っている。


 実際に父上が求めたかどうかは、どちらでも構わない。父上は否定するしかないし、シュネーゼは肯定するしかない。ワインの件がある以上、嘘を吐いているのがシュネーゼのほうだという結論は決定事項だ。

 それよりも、俺はミルリアの話をしたい。


 父上の気が収まった頃を見計らい、宮廷裁判長が挙手をした。


「罪人シュネーゼ・アルクシアン、ミルリア・レオ・キャリーヌ、ヨード・ドラリウム、クルセン・ルンドバルド。そなたらはアルクシアン王国十二代目国王ロディヴァルス・レオ・アルクシアン陛下に毒を飲ませ、子を望み、第一王子ヴェネルディオ・レオ・アルクシアン殿下および第三王子リヴェルディア・レオ・アルクシアン殿下の殺害、および王位簒奪を目論んだ。したがって、鞭打ち、両手両足の爪剥がし、水責めを百日間施した後、両腕両足を切り落としたうえで絞首刑とする。なお、死体は朽ちるまで裁きの塔外壁に吊るし続ける。また、親族の処遇は追って沙汰する。以上」

「――異議あり」


 気が遠くなるほど長い判決を聞き終えた瞬間、俺は手を挙げた。


 全員の注意が俺に向き、しんと空気が張り詰める。大人ばかりのこの部屋で、六歳児の俺は明らかに異質だ。だが、風格だけはこの場の誰よりも立派である自信がある。


 俺が視線で許可を求めれば、父上は頷いた。どうやら、息子である俺のことはすっかりと信頼してしまっているようだ。ここまでの流れが全て俺の計画のうちだとは、夢にも思っていないのだろう。父上はシュネーゼのことはもちろん信じるべきではなかったし、俺のこともそれなりに疑うべきではないだろうか。


「ミルリア・レオ・キャリーヌの腹には、アルクシアン王家の尊き血を引く赤子がいる可能性がある。よって、私ヴェネルディオ・レオ・アルクシアンは、ミルリア・レオ・キャリーヌの刑の執行延期を要求する」


 一拍、静かな時間が流れた。俺の口から出た言葉の意味を、誰もが即座には理解できないようだった。


 ここで焦ってはいけない。未熟さを気取られてはいけない。今この瞬間に、アルクシアン王家の未来が懸かっている。俺は、この勝負に勝つことしか許されていない。


 最初に体を震わせたのは、母上だった。


「ヴェルっ、何を言っているの!?あの女の腹に陛下の子はいないわ!」

「それはまだ分からないではありませんか。何も、その女を助けろと言うわけではありません。半年ほど待って、妊娠していないようでしたら刑を執行し、妊娠している場合は出産を終えてからにするべきだと進言しているのです」

「罪人の子にアルクシアン王家の資格なんて……!」

「それでも、アルクシアン王家の血が限りなく濃いことは事実です」


 ミルリアの父親は、俺の父上の兄だ。つまり、父上とミルリアは叔父と姪の関係にある。今回二人が及んだ行為は、否定しようもなく近親相姦だ。仮に子供ができているとしたら、その子の体には、アルクシアン王家の血が過分に濃く流れている。

 と言うか、ミルリアの腹にはすでにそういう子供がいる。黄金の髪と黄金の目を持つ男児の命が、ミルリアの体にはもう芽吹いている。――この世界の主人公である、ランジル・レオ・アルクシアンだ。


 母上は、かわいそうになるくらい真っ青な顔をしている。それもそのはず、母上は当代において唯一の王妃であり、国王の子供を産むことが許されているただ一人の女性だ。アルクシアン王家では血統の希少性が重視されているので、側妃や妾といった存在は長いこと認められていない。その歴史が己の代で塗り替えられるとなれば、末代までの恥辱だろう。

 また、母上は父上といとこの関係にあるが、仮にミルリアが父上の子を産んだとすれば、己の子供たちよりもミルリアの子供のほうが血統だけは優れている。尤も、近親相姦は健全な子孫繁栄のために固く禁じられているので、ミルリアの子供のほうが無条件で優良であるということにはならないのだが。


 三歩、俺は前に出た。くるりと振り返り、父上と母上を前から見上げる。


「母上、王妃としてお聞きください。父上も、国王としてお考えください。――私がお話ししたいのは、アルクシアン王家の証と言われる黄金の目についてです」

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