第4話 鷹と両親と弟たち
六歳の身ながら俺はすでに離宮を持っており、普段はそこで生活している。家族全員で顔を合わせるのは、毎日の夕食時だけだ。俺以外の家族は本宮に住んでいるわけだが、これは俺が仲間外れにされているわけでは断じてない。どうせいつかは離宮で暮らすことになるなら、早いうちから慣れておきたいと俺自ら願った結果だ。家族をきちんと好いている俺にも、一人のほうが気楽だという気持ちがあるというだけ。両親に不満は無いし、弟たちはかわいい。
晩餐のために食堂に入ると、俺以外はすでに揃っていた。
「兄上!」
ぴょんっ、と椅子から下りて俺に駆け寄る、四歳の少年。短く刈り込まれた髪は白みがかった金色で、母上譲りの吊り上がった目は琥珀色。当代アルクシアン王国の第二王子である、ディルゼス・アルクシアンだ。
「ディル、こんばんは」
「こんばんはっ。兄上、私も足し算ができるようになりました!」
「それは偉い。毎日頑張っているんだね」
俺に抱き着いて、ディルは褒めてと言わんばかりにきらきらの目で見上げてきた。もちろん俺は抱き締め返したまま、その丸い頭をよしよしと撫でる。するとディルは嬉しそうに頬を緩め、いっそう強く俺にしがみつく。かわいい、かわいい俺の弟。アルクシアン王家の証たる黄金の瞳を持たないからと、蔑む大人たちの気が知れない。そんなものが無くとも、ディルは唯一無二の王子だ。
ディルを連れ、俺は中央のテーブルへと向かった。上座には父上が、その左手には母上ともう一人の弟が座っている。
「父上、母上、お待たせして申し訳ありません」
「いや、構わぬよ」
「ええ。リーヴェ、ヴェル兄上よ」
母上の声掛けに対し、二歳の幼児はきょときょとと目をしばたたかせた。顎の位置で切り揃えられた髪も、まん丸とした目も、透き通るような金色をしている。当代アルクシアン王国の第三王子である、リヴェルディア・レオ・アルクシアンだ。
子供椅子に座っているリーヴェは、むっちりとした小さな手を俺に伸ばした。
「ヴェル兄上」
「うん、こんばんは、リーヴェ」
リーヴェはとても大人しく、ディルが二歳だったときのように大声を出したり走ったりすることはない。だが、信頼している相手にはぺたぺたと触れる。俺は好きに頬を触らせ、お返しにリーヴェの頭を撫でた。すると、リーヴェはにっこりと笑う。かわいい、かわいい俺の弟。もしもこの世界が漫画の通りになった場合、最初に殺されるのはリーヴェだ。リーヴェの未来を守るためにも、俺は気を抜くわけにはいかない。
弟たちとの触れ合いを終え、俺はようやく席に着いた。俺が父上の右手に座ると、ディルも俺の隣に腰を下ろす。使用人たちが配膳する料理は、今日もおいしそうだ。俺はディルにテーブルマナーを教えながら、完璧な所作で食事を進める。
「ヴェル、クラッドコード公爵息女はどうだ?」
気がかりな様子と共に、父上は俺に尋ねた。息子への心配の表れだと言えば聞こえはいいものの、国王ならもっと毅然としていてほしいものだ。
父上は金色の髪と目をした国王だが、威厳はあまり無い。父上は兄弟の中で唯一黄金の目を持っていたから、子供の頃に大事に育てられすぎたせいだと思われる。黙っていても王位を手に入れられる境遇だったので、闘争心や野心というものがいまいち身に付かなかったのだろう。それゆえ、姉であるシュネーゼが何かと口を挟んできても、宰相がいなければ父上は受け入れてしまいがちらしい。今思えば、だからこそランジルが生まれて虐げられることになったのだろう。フィルシーの言葉ではないが、大きな責任は父上にあると言っても過言ではないかもしれない。
「問題ありません。ご心配なさらずとも、上手くやってみせますよ」
「そうか……?」
「それよりも、父上と母上は最近、お二人でのお時間はありましたか?リーヴェの面倒なら私とディルで見ますから、一晩くらいゆっくりとなさっても構いませんよ」
俺が提案すると、父上と母上は顔を見合わせた。大方、俺らしくないとでも思っているのだろう。それは同感だ。俺は弟たちのために影ながら動くことはあっても、両親に面と向かって気を遣ったことはない。
「ヴェル、何か悩み事でもあるの?」
リーヴェの口もとを拭きながら、母上は俺を見やった。琥珀色の双眸は大きく吊り上がっているが、色素が薄い金髪は緩く編まれて背中に垂らされているので、全体的な印象としてはさほど怖くない。良き王妃であり、良き母でもあると俺は思う。この愛情ゆえに、漫画ではランジルに壮絶な虐待をしてしまったのだろう。この世界でランジルが生まれた後に最も注意しなくてはならないのは、母上だ。
「いえ、そういうわけでは。ただ、クラッドコード公爵息女が夫婦のあり方についての話をよくするので、そういえばと思っただけです」
「その話は、どのような内容なの?」
「互いに信頼を抱いている夫婦は素敵だとか、一般論的な話ですよ」
俺がいい加減な説明をすると、両親はもう一度顔を見合わせた。母上は穏やかな相槌を打ったが、内心では怪訝に感じているに違いない。勘が鋭ければ、まさかアルクシアン王家の家庭環境を非難していたのではとさえ考えているかもしれない。当たらずといえども遠からずといったところだ。
フィルシーが礼節に欠けた娘だということは、すでに二人の耳に入っているだろう。六歳児に何を求めているのかと思わなくもないが、俺の相手ともなれば高い教養が要されるのはさもありなん。完璧な第一王子の婚約者があれでは、アルクシアン王家の名も落ちる。
「とにかく、父上と母上は、今晩くらいはお二人で過ごされては?リーヴェとは、私とディルが一緒に寝ますよ」
「兄上、今日は一緒に寝てくださるんですか?」
「うん。夜の間、私たちがリーヴェを守ろうね」
「はいっ!」
ディルはすっかりとやる気だ。将来は騎士となって俺を守りたいという夢があるのに違わず、正義をちらつかせればディルは食いつく。兄としては、その純朴さが少々不安だが。万が一悪い大人や転生者にそこを利用されないように、守りを堅くしておこう。
俺とディルで勝手に話をまとめてしまえば、両親も折れた。何だかんだと言って、この二人は普通に仲がいい。ランジルが生まれたことで母上が壊れると厄介なので、父上には心に母上しかいないのだということを頑張って伝えてほしいものだ、それが後の己を救うのだから、なおさら。
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