気晴らし

三鹿ショート

気晴らし

 彼女の性格は最悪だが、外貌は最高だった。

 道を歩けば性別を問わずに人々が思わず振り返り、繁華街を行けば少し先に存在する飲食店に入ることも難しいほどに声をかけられ続ける。

 当然ながら、彼女には常に恋人が存在していた。

 だが、どのような相手を選んだとしても、彼女と肩を並べることができるほどの美しさを有する人間は存在しなかった。

 それに対して肩を落とす人間が見受けられなかった理由は、人々がそれを認めていたためだろう。

 しかし、私が彼女の恋人どころか夫という立場を得たことに、人々は驚きを隠すことができなかった。

 私が醜い容姿であることは私が最も理解しているために、人々の驚きは当然だといえる。

 だが、彼女が私の愛の告白を受け入れることは、確信していた。

 何故なら、彼女がこの世界で最も好んでいる金銭というものを、私が大量に所有しているからだ。

 たとえ私の醜さを嫌悪していたとしても、今後は生活に困ることがないということと天秤にかけ、その結果どちらを選ぶのかなど、彼女のことを理解している人間ならば即座に分かるはずだった。

 彼女から愛されることが無かったとしても、問題は無い。

 私は彼女のことを、美術品のような存在だと考えていたからだ。

 優れた美術品は、多くの人間に愛されるものであるために、たとえ彼女が私以外の異性に愛されようとも、所有者である私が嫉妬をすることなど無いのだ。

 ゆえに、彼女が私以外の異性と閨を共にし、その相手を私が送迎することになったとしても、心が乱されることはないはずだった。

 しかし、彼女と不貞行為を堂々と働いた二人目の人間を駅まで送ったとき、私は血が滲むほどに拳を握りしめていた。


***


 彼女は毎日のように、異なる相手と身体を重ねている。

 彼女からその相手を送るように頼まれた際は笑顔を見せているが、その相手と二人きりになると、私の表情は無と化す。

 その日もまた、私は彼女の相手を自動車で駅まで送っていたのだが、今日は相手が悪かった。

 その人間は、私のことを嘲笑してきたのである。

 彼女が日々別の男性と閨を共にしているのは、私が役に立たない人間であることが理由だと告げてきたのだ。

 私の醜さを馬鹿にするだけならば、まだ許すことができていただろう。

 だが、私の機能が正常であるにも関わらず、それを事実のように語る姿に、我慢することができなかった。

 私は駅に向かうことを止め、人気の無い場所へと向かった。

 相手が怪訝な顔をしていたが、私はそれに構わず、相手の髪の毛を掴むと、自動車の車内に顔を思い切り叩きつけた。

 歯が折れ、鼻や口の中から血液を出したが、意識を失っているらしい。

 しかし、私はそれで満足することができなかった。

 相手を自動車から外に出すと、近くの巨木に身体を縛り付け、相手めがけて石を投げ続けた。

 みるみる傷が増えていくが、私が手を止めることはない。

 相手の身体が折れ曲がったところで、私は自動車に乗り込むと、巨木めがけて発進させた。

 今まで感じたことが無いほどに、良い気分だった。


***


 それから私は、彼女と不貞行為を働いた人間たちを様々な方法で殺めていった。

 勿論、露見しては困るため、街から離れた場所に存在する廃墟の地下で、行為を重ねていった。

 皮膚を切り、目玉を抉り、内臓を掴んで引っ張り出し、それを本人に食べさせ、生かしていた他の人間と手足を入れ替えるなど、まるで子どもに戻ったかのように、私は楽しみ続けた。

 それ以来、私は彼女の裏切りを気にすることがなくなった。

 むしろ、私のことを裏切ってくれなければ、私が楽しむことができなかったために、それを望んでいたほどである。

 良い気晴らしを見つけることが出来、私は幸福といえよう。


***


 だが、何事にも終わりは訪れる。

 ある日、彼女は自身の裏切り行為を突然反省し、今後は心を入れ替えると告げたのだ。

 その理由を口にすることはなかったが、彼女を眺めているうちに、私は気が付いた。

 年齢を重ねたことによって、彼女の魅力が失われたためだろう。

 当然と言えば当然のことだが、私は彼女が心を入れ替えたことを喜ぶこともなく、ただ悩むだけだった。

 これでは、私が楽しむことができないではないか。

 つまり、彼女は用済みである。

 これまでの男性たちと同様に、彼女を始末することにした。

 廃墟の地下に連れて行き、そこで変わり果てた男性たちを目にすると、彼女はその場に座り込んでしまった。

 彼女は死体の山を指差しながら、

「全て、あなたが行ったことなのですか」

 私が首肯を返すと、彼女は引きつった笑みを浮かべながら私の身体に抱きついてきた。

「どのような行為も受け入れますから、どうか、同じような目に遭わせないでください」

 身体を押しつけてきた彼女だったが、私の身体は何の反応も示さなかった。

 もしかすると、本当に私は役立たずだったのかもしれない。

 私は笑みを浮かべながら、彼女の首に手をかけた。

 苦しむ彼女を見つめ、次なる餌を何処で入手しようかと考えた。

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気晴らし 三鹿ショート @mijikashort

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