第69話 下に広いストライクゾーン

 着替えを済ませたカイルは、さっそく「オークの残存部隊を見つけた」とバースに進言した。


「どうやって見つけたのだね? 信頼できる情報なのか?」

「アンに喋らせた」

「……あの娘、あれで中々口が堅そうに見えたが。一体どのような手段を用いたのだ?」

「聞かない方がいい。察しろ」


 なんせ、モニカと交わっているところを見せつけてムラムラさせ、抱いて欲しくば口を割れ、と迫ったのだ。

 人の道を大きくコースアウトした手法と言える。


「なるほど……体に聞いたわけか。それもまだあどけない幼女に。君はとんでもない男だ」


 なにやらバースは卑猥な解釈をしているようだが、実際に卑猥な行為をされたのはモニカの方である。

 わざわざそれを父親であるバースに教える必要もないので、ここは沈黙を選んでおくが。


「わかった。すぐにでも兵を出そう。君はどうする?」

「俺も行く。オーク殺しは俺にとって趣味みたいなもんだ」

「意外だ。君の趣味は女を抱くことかとばかり思っていたが」

「そっちはただの特技だ」


 勝手に女が寄ってきて、勝手に股を開いてくる。カイルとしても困っているのである。

 レオナが抱ければそれでよかったのだが、気が付けば彼女が二桁に増えている。

 この調子でモテ続けたら、今年中に三桁の女を侍らせるはめになるかもしれない。

 

 別に望んでこうなったわけではないのだが……。


 やれやれとため息をつきながら、カイルは兵士達を引き連れ、町の南部へと向かった。

 

(酷い臭いだ)


 血の臭いに混じって、オークの体臭がぷぅんと漂ってくる。

 アンの言った通りだ。

 周りの兵士達は気付いていないようだが、カイルにはわかる。人生の大半をオーク殺しに捧げてきたのだ。奴らの残り香を嗅ぎ取るなど、造作もないことだ。


 カイルは臭いに従い、南西の方角へと足を進める。


「ここか」


 やがて崩れかけの廃屋の中に、大量のオークがひしめいているのを見つけた。

 まさに豚小屋だな、とカイルは胸糞が悪くなるのを感じた。


「全く、活きのいい豚肉どもだ」


 見てると腹が減ってくるな、と軽口を叩きながら、ダガーを取り出した。

 その時だった。


「一つよろしいでしょうか」


 若い兵士が、静かにカイルの前に進み出て来た。何か言いたいことがあるようだ。


「どうした?」

「お言葉ですが、ここは慎重に動くべきかと思われます」

「なぜだ?」

「地下迷宮とは勝手が違います。カイル殿が利用できるトラップもありません。貴殿が高度な魔法の使い手なのは存じておりますが、さすがにオークとの正面衝突は避けるべきかと……カイル殿が負けるとは思いませんが、乱戦状態に陥れば、我々の中に負傷者が出る可能性が……」


 なるほど。 

 オーク集団と真っ向勝負をしたら、兵士達が巻き添えを食らうかもしれないと恐れているわけだ。

 いくらカイルが最強の戦士でも、全員を庇いきるのは無理だろうと踏んでいるらしい。


「夜が来るまで待って、奇襲をしかけるべきかと。やつらが寝静まった時を見計らって、一斉に襲いかかりましょう」

「その必要はない。要はあのオークどもが、屋外に出てくる前に仕留めればいいんだろう?」

「……は」

 

 ポカンと口を開ける兵士に、カイルは笑いかける。


「俺は投擲を極めた男だ。それはつまり、こういう戦法を取れるってことだ」


 言うなり、カイルは兵士の腰から剣を引き抜き、廃屋に向かって放り投げた。

 一瞬にして音速を突破した剣は、廃屋の柱を右から左へと貫通していく。

 次いで自前のダガーを投げ放ち、次々の建物の基礎部分を破壊していった。


 一瞬にして柱と土台を叩き壊された廃屋は、地震でも起きたかのように揺れ始めた。


「ま、まさか……!?」

「そのまさかだ。――あの家を壊す」


 とどめの一発。

 カイルは、一際大きな石ころを掴み上げると、思い切り屋根に向かって投げつけた。


 直撃の瞬間、バギリと何かが折れる音がした。

 倒壊が始まったのだ。


「ブゴオオオオオ!?」


 廃屋はけたたましい音を放ちながら崩れ落ち、あたりに凄まじい量の瓦礫と粉塵をまき散らす。

 当然、中に潜んでいたオークの群れが、生き埋めになったのは言うまでもない。


「ブギイイイイイ! ブヒイイイイイイイ!」


 切なげに繰り返される豚の遠吠えを、カイルは笑いながら堪能した。


「やはり豚はすり潰すに限る。俺はひき肉が好きでな」


 若い兵士達は、あんぐりと口を開けてその様子を眺めている。

 

「こ、こんな……ここまでなのか……信じられない……俺も明日から野球習います……!」

「野球でどうにかなるのか? もっと根本的な部分で色々俺達とは違う気がするが……まあ俺も念のため野球習ってみるけど」

「俺も習うわ。ピッチャーなったらカイル殿みたいにモテるんだろ? 俺だってモニカ様やアンちゃんみてえな可愛い彼女が欲しいしな」

「確かに……ん? アンちゃん? え? お前のストライクゾーンの下限って……え?」


 意図せず競技人口を増やすことに成功したカイルは、ご満悦の様子でオークの首を刈り取っていく。

 わずか数十分の戦闘で一〇三頭のオークを斬殺という、共和国史上類を見ない大勝であった。

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