第70話 大衆取り扱い検定一級
共和国司令部へと帰還したカイルは、さっそくバースに戦果を報告した。
「そうか、全滅させたか。よもやこれほどの短時間で成し遂げるとはな」
証拠ならここにあるぞ、と腰に下げていた生首をデスクに置く。
少々力みすぎたせいか、グチャリと血しぶきが跳ね、眼窩からこぼれ落ちた眼球がコロコロとバースの手元に転がっていった。
見るからに嫌がられているが、そんなことを気にするカイルではない。常識やリテラシーといった概念は、前世の一件で全て吹き飛んでいる。
「王都の人間に貸しができたようだな、バース?」
「……そうなるな」
重々しく息を吐く共和国大統領に、畳みかけるように要求をぶつける。
「今すぐ馬を出せ。王都に出向いて、関係修復をするんだ」
「いいだろう。代表者である私が直接頭を下げなければ、収まらないだろうからな。……あちらのモニカも心配だしな。なんとしても迎えに行かなければ」
バースは側近に指示を出すと、三頭の白馬を用意させた。
カイル、モニカ、バースの分だろう。
「乗りたまえ。とびきりの駿馬を用意したつもりだ」
ちなみに馬の名前はそれぞれサンカンオー、サワムラショー、メーキューカイというらしい。
なんだか競走馬みたいなネーミングセンスだな、と思いつつもカイルはサワムラショーに跨った。
モニカはメーキューカイを選んだようだ。
「急いだ方がいい。王都にもそれなりに好戦的な輩はいる。レオナ達がなだめているとは思うが、今頃出兵の準備をしているかもしれん」
カイルが鞭を入れると、サワムラショーはヒヒンといなないた。
既に日が暮れ始めている。この分だと途中に野営を挟み、到着することには日付が変わっていることだろう。
翌朝。
カイル達が王都の門をくぐると、予想通り交戦ムードが町を覆い尽くしていた。
人々は手に武器を携えて自警団のようなものを設立し、「共和国が来るならいつでも返り討ちにしてくれる!」と息巻いている。
「……交渉は難航することが予想されるな。まさか彼らを一人一人なだめ回らねばならないのか?」
「果たして共和国の情報が、どのように耳に入っているのか。想像するだけで恐ろしいですね……」
バースはため息をつき、モニカは不安そうにあたりを見回す。
一方カイルは、これといって心配はしていなかった。
なぜなら彼は、大衆の生態を知り抜いているからだ。
なにせ前世のカイルは、勇者パーティーに所属していた人間である。
妙な噂話を流されたことなど、一度や二度じゃ済まない。
ましてや若く美しい女性に囲まれた状態で冒険していたのだ。ゲスな勘繰りはいくらでもされたものだ。
やれカイルは荷物持ちだ、カイルはレオナ様の靴裏を舐めてパーティーに入れたもらった、カイルは男奴隷……。
奇妙なことに、カイルとパーティーメンバーが交際しているという噂は全く流れなかったのを覚えている。
きっとそれは、世間が許さないからだ。
あんなうだつの上がらない、平凡な錬金術師がレオナ様と付き合っているわけがない。いや、付き合ってほしくない。
だからあのカイルとかいう男は、ただの荷物持ちなのだろう。
人々はこんな風に考え、ありもしない噂話をひねり上げたのだ。
そう。
噂というのは、大衆の願望が大いに混じる。
真実よりも、真実であってほしい情報の方が広まってしまう。
では今の王都はどのような状況にあるか。どんな願いを込めて、デマを広めているのか。
かつて敵対関係にあった共和国の少女が、テロ行為を行なって逮捕された。
これを聞いた者達は、何を考えたか。
――ほら、やっぱりあいつらは信用できないんだ。
過去のことは水に流して同盟関係を結びましょうなんて、そんなのただの綺麗ごとだったんだ。
ずっと復讐の炎を燃え上がらせてきた、俺達が正しかったんだ……。
大体こんなところだろうな、とカイルは想像する。
見たところ武器を持って共和国憎しの声を上げているのは年配の人々が中心ようだし、自分の復讐心と差別感情を肯定してくれるようなニュースが飛び込んできて、いてもたってもいられなくなったのだろう。
(つまり、王都の民族感情を利用するような方法でなだめればいいのか)
さてどうしたものかな、とカイルは考える。
自分とモニカの関係。バースと取り付けた、卒業後の身の振り方に関する確約。オーク悪玉論の普及……。
(ん)
そうか、とカイルは馬上でポンと手を叩く。
なんだ、簡単なことじゃないか。たったこれだけのことで王都の民衆を満足させることができる。
己の名案に満足すると、カイルは馬に鞭を入れた。
向かう先は、レオナ達の待つ球技場である。
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