第67話 この物語に登場する人物は全て十八歳以上です

 地上に戻ったカイル達は、アンがこれまでどうやって過ごしてきたのかを聞いてみることにした。

 地下世界を知る貴重な情報源なのだ、聞きたいことは山のように出てくる。


「お前の年齢は?」


 わからない、と少女はか細い声で答える。


「お前の母親は人間なんだろ? そいつはどこに行ったんだ。死んだのか」


 やはりこれもわからない、と首を振られた。

 

「何も知らないのかもしれないな」


 と、カイルはあえて大きな声で言ってみた。周囲に聞かせるためだ。

 本当はアンがどのような役割を果たしていたのかは、大体想像がつく。

 だが、ここで騒ぎを起こすと面倒なことになると思ったのだ。


「まあ……カイル君がそう言うのなら確かなのだろう。あの少女はただの犠牲者に違いない」


 バース達がうんうんと頷いている横で、モニカがおずおずと手を挙げた。


「あの……」

「どうした?」

「とりあえず、この子に服を手配するべきではないでしょうか」

「む」


 それもそうか、とカイルは同意する。

 なにせ今のアンは、トップレスなのだ。一応、バースからむしり取ったマントを羽織らせてはいるが、体を隠すという習慣がないらしく、平気で前を開けている。


「確かにこれは少々不味いな。うちのキャプテンが喜びそうな絵面だ」


 まあ服がどうのこうの以前に、全身が垢と下水にまみれていて大変なことになっているのだが。


「ついでだし、風呂に入れてやったらどうだ?」

「それも思ったのですが、町の状況を見る限り、水は貴重品かもしれませんし」


 そうなのか? とカイルはバーズにたずねる。


「いかにも。我が国は国土が乾燥している上、内戦状態に陥ってしまったのだ。飲み水を確保するだけでも精一杯だ」

「なら湯浴みはお預けか」

「……仮に入浴するのであれば、少しでも水を節約するため、一度に複数の人間が入ることになっている」

「公衆浴場でもあるのか?」

「そんな仰々しいものではない。軍隊用の簡易入浴設備だ。同時に入れるのは三人といったところだな」

「なんだ、ちょうどいいじゃないか。俺とモニカとアンで入ればいい」


 何がちょうどいいのかね? とバースは呆れている。


「だから、どうせなら俺とモニカの体も洗えばいいじゃないかと言っている。これならお湯の無駄使いにはなるまい。下水道をうろうろしたせいで、俺達の体も酷い匂いがするしな」

「き、君は、交際女性の父親に対して、『おめーの娘と混浴するための風呂を用意しろ』と言っているわけだが、正気なのかね?」

「いや、正気ではない。俺はとうに狂っている。で、風呂はどこにあるんだ?」

「……ある意味、大物なのかもしれんな」


 バースは右手で目元を覆いながら、「案内してやれ」と兵士達に命じた。


「どうせモニカが嫁入りしたら、これが日常になるのだ。今から慣れておかねばな……」


 カイルは若い兵士に連れられ、本部脇の小道を縫うように進んだ。少し遅れて、モニカとアンも付いてくる。


「こちらでございます」


 戦時下だけあって、入浴設備は軍用キャンプのすぐ傍に置いてあるらしい。ほんの数分ほど歩いたところで、兵士は足を止めた。 


 うむ。ご苦労だった。カイルは鷹揚に頷くと、さっそく服を脱ぎ捨てた。

 当たり前だが、モニカは兵士がその場を立ち去るまで裸になろうとはしなかった。


「……カイル様は羞恥心が壊れておられます……」

「魔王とオークに壊されたんだ」


 何もかもあいつらが悪い。お決まりの恨み言を口にしながら、カイルはアンの腰みのをはぎ取った。

 

「……」

「どうした」


 アンは何か言いたそうにこちらを見ている。


「……人間は……男と女でお風呂に入るのが、普通なの……?」

「そうだ」


 モニカが抗議してくるが、そんなん知るかとばかりにカイルは二人の少女にお湯をかけた。

 スポンジなどというシャレた物体は存在しないので、素手で彼女達の肌をこする。


「……本当に、人間はこういう風にお風呂に入るの……?」

「そうだ」


 やはりモニカがうるさいので、唇を吸って黙らせてやった。

 凄まじく教育に悪い光景だが、アンの実年齢が不明な以上、何をやってもセーフなのである。ぱっと見十歳の幼女だが、実は十八歳かもしれないし。このお風呂場に登場する人物は全て十八歳以上です。また実在のいかなる人物、団体とも一切関係ありません、というやつだ。


「なあ、アン。これはあくまで俺の想像なんだがな」

「……何?」

「共和国が王国にテロを行なったことを、地下のオークに報告した者がいるんだ。つまり、地上と地下を行ったり来たりした奴がいる。人間の世界とオークの世界、両方に紛れ込める人材でなければ無理な仕事だ」

「……」


 お前がやったんだよな? とカイルは問う。


「豚耳がついてるだけで、お前の外見はほぼ人間だからな。被り物でもすれば、簡単に共和国を歩き回れたはずだ。そうして集めた情報を、お前は地下の同胞に教えた。違うか」

「……」


 アンは固く唇を引き結んでいる。薄い肩が小刻みに震えていた。


「図星か」


 モニカは、唇から糸を垂らしながら問いかける。


「……そうなのですか? 貴方がこの騒ぎを引き起こしたというのですか?」


 どうしてこんな子供が、とゴーレムの少女は天を仰ぐ。


「お前はどうやら、頭の中はオーク寄りらしいな? 同胞に美味い人肉を食わせるために、人間を売ったのか。お前だって半分は人間だろうに」

「……違う」


 アンは消え入りそうな声で言う。


「……皆に、地上の様子を知らせたのは本当だけど……違う。こんな、戦争みたいなことをしてほしかったわけじゃない」

「じゃあ何が理由だ?」


 ハーフオークの少女は、目尻に涙を浮かべながら呟く。


「仲間が欲しかったから」

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