第66話 人間
その後もカイルは、遠距離からの重力操作で次々にオークを罠にかけていった。
もはや戦闘ですらない、一方的な虐殺に周囲の人間は目を見開くばかりである。
(こんなことで驚くのか)
トラップの多いダンジョンに潜り込んだら、それを利用してモンスターを討伐するなど常識だろうに。
勇者パーティーという精鋭部隊で培ったカイルにとって、それは「当たり前」でしかないのだが、どうやらら共和国の感覚からすると「未知の技術を使う英雄」に見えてしまうらしい。
この分だとカイルは、ただ戦っているだけで人望を集めることになるだろう。
まあ、配下となる人材が増えるならそれでいい。もらえるものならなんでももらっておくか、とカイルは己を納得させ、歩き続ける。
オークをちぎっては投げ、投げてはちぎり、と淡々と殺害をこなしながら考える。
内通者は誰なのだろう?
共和国が王都に破壊工作をしかけたタイミングで、オークが町を襲ってきた。となると、地上の様子をオークに知らせた者がいるはずだが……。
今ここにいる兵士の中に混ざっていれば都合がいいのだが、そんな美味い話があるとは思えない。
今はとりあえず、オークを殺すことだけ考えるべきだ。
カイルは余計な雑念を振り払うと、地下水道を駆けまわって片っ端からオークを処分し続けた。
無論、手法は投擲である。
殺したオークの死体をちぎり、次々と他の個体へと投げつけていく。
伸びのあるストレートで、巨大な雄オークを仕留めた。
キレのあるスライダーで、一度に三体のオークを倒した。
コクのあるSFFで雌オークの群れを蹂躙し、まろやかなチェンジアップで年老いたオークを虐殺する。
隠し味の落ちるスライダーは、壁を舐めるような軌道でオークの子供達を殺めた。
気が付けばカイルの討伐スコアは、三千に達していた。
もはやオークの気配はなく、沈黙と死臭のみが地下世界を支配している。
……水道全体がすっかり血生臭くなってしまったわけだが、果たしてこの異臭は消えるのだろうか?
大雨でも降ってくれれば洗い流されるかもしれないが、このあたりは乾燥していると聞く。
「ま、そういうのは役人の仕事だな」
インフラ整備はカイルの担当ではない。
これで俺の仕事は終わった、と頭上を見上げた。
その時だった。
「……?」
一瞬、カイルの耳は奇妙な音を捉えた。
それは女の泣き声だった。
カイルは毎日レオナ達を抱いているせいで、女の泣き声を聴き分けるのが得意なのだ。鼻のすすり方や声の上ずり具合で、よがり泣きなのか単に痛がっているだけなのかを瞬時に判断することができる。
(これは……苦しんでいる時の泣き方だな)
もしかしたら、オークにさらわれた娘がいるのかもしれない。
こんな薄暗い場所に連れ込まれ、凌辱を受けた末に餌となる。――許しがたい暴挙である。
待ってろ、今助けてやる。
カイルは犬歯を剥き出しにし、血走った目で声のした方へと駆け出した。
「待って下さい!」
背後からモニカが慌ただしく追いかけてくるのがわかる。バースや兵士達も動き出したようだ。
(オークが人間の女に手を出した……)
カイルは側頭部に鈍い痛みを感じた。前世の記憶が蘇る。魔王に敗れたレオナ達が、オークに踊り食いされる光景が脳裏をよぎる。
煮えたぎる怒りが、思考を白熱させた。内側から脳の血管を破りかねない勢いだった。
もしもまだオークがいるようなら……念入りにいたぶってから殺してやる。
カイルは太腿のホルスターから、ダガーを勢いよく引き抜いた。
これは大型モンスターを想定した特注品で、その先端には神経毒が塗られている。
まずはこいつを眼球に刺して、視力を奪ってやろう。それから生きたまま爪を剥いでやろう。切り裂いた性器を食わせて、内臓を引きずり出してやろう。
酷薄なプランを練りながら、走る。
「――おい、何人いるんだ!?」
そうして。
カイルは、無事に泣き声の主と対面し――
「……は?」
カラリと、ダガーを取り落としたのだった。
なぜならば。
「……殺して……」
なぜなら、そこにいたのは人間でもオークでもなかったのだから。
ぺたんと床に座り込む、十歳くらいの少女。服装は粗末な腰みので、あろうことか上半身は裸だった。
蛮族としか言いようのない格好だが、顔立ちそのものは美しい。豊かな黒髪と、真っ白な肌。青い瞳。どこからどう見ても人間族の風貌だ。
だが、少女の耳は豚のように尖っていた。臀部には尻尾らしきものも見え、犬歯も並の人間より尖っている。
これはオーク族に見られる特徴だ。
間違いない。
――ハーフオークだ。
残念ながら、ここに来るのが遅すぎたようだ。もう十年は早く来るべきだった。
下劣なオークどもは、あろうことか人間の娘を孕ませていたらしい。
「……こいつは保護対象か? それとも敵か?」
カイルは咄嗟にバースの顔を見やる。
「わからぬ」
モニカは唇を嚙み、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
亜人の凌辱によって生まれさた子供など、女性からすれば見るに堪えない存在なのだろう。あるいは人間の自我を持ちながら人間ではないとう境遇に、切実な同情を覚えているのかもしれない。
「……ひとまず、カイル君のおかげでオークどもは壊滅した。これは間違いない。あとはこの子をどうするかだが……」
オークならば殺さなければならない。人間ならば助けなければならない。
どうすればいい。俺はどうすれば?
教えてくれレオナ、お前ならどうする?
カイルの感情は、殺意と憐憫の間を行ったり来たりした。殺す。助ける。殺す。助ける。
狂った頭は極論から極論に飛び、人ではない選択肢をどんどん提示していった。
「俺は……」
カイルがダガーを拾い上げた瞬間、囁くような声でモニカが言った。
「心が人間ならば、人間族だと思います」
ゴーレムとして製造された少女は、どのような想いでその言葉を口にしたのだろうか。
心が人間ならば……。
「……わかった」
カイルは静かにダガーをしまうと、ハーフオークの少女に右手を伸ばした。
「立てるか?」
少女は怯えた目でカイルを見上げている。
「……殺さないの?」
「ああ。お前はこれから人間族として生きるんだ」
「……人間……」
お前の名は? とカイルはたずねる。
「……名前は、ない。オーク語で『人間』って呼ばれてただけ……」
「糞みたいな連中だな、オークってのは。なら今考えてやる」
カイルは頭の中で、いくつかの候補を思い浮かべた。人間らしく、女の子らしい名前。
ハンブンオークネキ。ゲスイドウネキ。ポークムスメ。トンコツジョシ。
様々な名前が浮かんでくるが、どれもしっくりこない。
「……ハンブンオークネキか、ポークムスメの二択だな……」
「カイル様、もしよろしければ私が考えましょうか?」
見かねたモニカが、おずおずと申し出てきた。
なんだ、お前がやってくれるなら助かる、とカイルはあっさり引き下がった。元々ネーミングセンスには自信がないので、誰かが引き受けてくれるならそれが一番いい。
「……アンはどうでしょう? お祖母様の名前なのですが」
異論はない、とカイルは頷き、アンの体を抱き起こした。
たった一人の生存者を救出した瞬間だった。
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