第65話 リーチの差

 探索を続けていると、さっそく一匹目のオークを見つけた。

 手には小さな斧が握られていて、おびただしい量の血痕が付着している。


「ゲスが」


 この個体が共和国の人間を襲ったのは、誰の目にも明らかだった。

 カイルはさっそく腰に下げていた生首を掴むと、オークの顔面めがけて投げ放った。


 パァンッ! という破裂音は、一撃で勝負が決まったことを示している。


 壁という壁、天井という天井にオークの脳漿がこびり付き、白い石壁は真っ赤に染まっていた。

 

「これほどとは……」


 バース達が息を呑んでいるのが聞こえる。


「君のそれは、どんな魔法を使ってるんだ? 単に身体能力を引き上げただけでは、こうはいかないだろう。やはり投げた物体を、風魔法で加速させているのかね? それとも例の重力魔法で威力を向上させているのか?」


 カイルは首を振って答える。


「いいや。単に肉体を強化しただけだ。魔法で強化したフィジカルと、ピッチングフォームがこの弾速を生み出している。俺が今行なったのは純粋な『投擲』だ」


 馬鹿な……とバースは驚く。周囲の兵士達も同様だ。


「それでは君は……君の両手は、大砲が仕込まれているようなものではないか。いや大砲どころではない。もはやドラゴンブレスだ」

「俺の強みはそれだ。地面に落ちているものを適当にブン投げるだげで、最強の遠隔攻撃になる」

「……我々はこんな人材がいる国に宣戦布告をしたのか……」

「早く和解するべきだろう? ようやく理解したか。俺がその気になれば、共和国など三日で滅ぼせる」


 もう言うことはないとばかりに、カイルはずんずんと足を進める。遅れてやってくるガチャガチャとした足音は、心なしかさきほどより勢いがない。

 カイルに気圧されているのかもしれなかった。


「報告であります!」


 と。

 後方を歩いていた若い兵士が、唐突に声を張り上げた。

 何事かと思って振り向くと、得意満面といった顔でこちらを見ている。


「バース閣下、それにカイル殿。自分の索敵魔法が、敵影を捉えたようであります」

「ほう」

「ここから前方八〇〇メイテルの距離に、オークがひしめいているかと思われます」

「大した精度だな」


 共和国の魔法も大したものだろう? とバースは笑う。


「確かに単純な戦闘力では王都に敵わないかもしれないが、絡め手ならば我が国の方が上だ。見ての通り、索敵や熱源探知の技術は共和国が数十年はリードしている」


 部下の手柄を、まるで我がことのように喜ぶバース。上官に褒められて嬉しいのか、若い兵士は誇らしげに胸を張っていた。

 

「カイル殿にばかり任せるわけにはいきませんからな! さっそく我々が突撃をかけて、オークどもを仕留めて御覧に入れましょう!」

「いや。その必要はない」


 確か前方八〇〇メイテルだったか。カイルは兵士の報告した方向に、重力魔法を詠唱した。

 途端、耳をつんざくような醜い悲鳴が鳴り響いた。


「終わったようだな。行くぞ」


 言って、カイルは悠然と足を進める。


「待て! 一人で先行しては……!」


 バース達が慌てて後を追いかけてきたため、狭い地下水道は一気に騒がしくなった。

 あの若い兵士は、「せっかく自分が索敵したのに、これでは奇襲できない」と嘆いている。確かにこの物音では、簡単にオークに気付かれてしまうだろう。

 相手が生きていたら、の話だが。


 そうして、八〇〇メイテルの道のりを歩き切ったカイル達は――

 

「まるで家畜の屠殺場だな」


 地面を無様に這い回る、オーク集団と遭遇したのであった。哀れな豚人間は、一匹残らず足を切断されていた。

 床は血の海と化しており、ぷぅんと異臭が鼻をつく。

 フラミンゴトラップが発動したのは明白だった。


「どういうことだ、これは」


 戸惑うバースに、カイルは説明する。


「俺はさっき、ここに向かって重力魔法を撃ち込んだのだ。オークの体重を、人間の成人男性並みにするためにな」

「……なんだと……!? 君のその魔法は、射程が八〇〇メイテルを超えているのか……!?」

「無差別に体重を弄るだけなら、二万メイテルまでいけるな」

「に、二万!?」


 パクパクと口を開けるバースの前で、カイルは全力の重量操作を行なう。

 全身から放たれた魔力の波が、次々に地下水道を満たしていく。

 

 直後、ありとあらゆる方向からオークの悲鳴が響いた。


「馬鹿な……こんな……これでは……君の魔法は、我が国を百年はリードしている……」


 ガクンと膝から崩れ落ちるバースの横で、モニカは楚々と微笑んでいた。その瞳は、「さすがカイル様です」と告げている。


「おいおい、どうすんだよこれ。八〇〇メイテル程度の射程でドヤってた奴は、恥さらしもいいところじゃねえか」

「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな……」


 兵士達は口々に感嘆の声を上げ、化物でも見るかのような目でカイルを見ている。


「カイルとか言ったっけ? なんであんなのが無名のまま埋もれてたんだ?」

「いや無名ではないだろ。王都の魔法学院に、やたらと精力絶倫な新入生がいるって噂はこっちにも流れてきてたろ。確かそいつの名前がカイルだったはずだ」

「入学直後から女を抱きまくってるって情報しか流れてこなかったが、戦闘面も凄かったのか」

「モニカ様はそんなのと婚約関係になって大丈夫なのか? 壊されるんじゃ……」

「バース様は十七人も子供を作ったハツカネズミのようなお方だし、そのへんは理解あるんじゃないか? きっとモニカ様も父君に似て、夜はお盛んだろうし……」

「やべえな。カイルとモニカ様で、一体何人の子供を作るんだか……」


 後半から「カイルの魔法凄い」ではなく「カイルの下半身凄い」に話題が切り替わったのは気になるところだが、彼らもようやく実力者を理解したらしい。


 カイルは右手を挙げると、「黙ってついて来い。敵は全て俺が始末する」と告げた。

 バースの兵士達は一斉に姿勢を正し、「はっ!」と敬礼してみせたのだった。

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