第64話 エースの重み

 バースが言うには、オークは地面の下から湧いてきたそうだ。


「足元にトンネルでも掘られたのか?」

「いや。掘られたのではない。トンネルは最初からあったものを使われた」


 なんでも共和国の地下には、巨大な水道が存在するらしい。

 その範囲はほぼ国土面積と一致し、毛細血管のように張り巡らされているようだ。ある種の迷宮と言っていいだろう。


 そして、地下水道の全容は誰も把握していない。


 とうに滅んでしまった古代帝国から受け継いだものなので、詳しいことはよくわからないそうなのだ。

 地図もなければ、整備の方法もわからない。なのに排水システムは完全にこの水道に依存しているのだから、非常に不安定なインフラと言える。


「魔物が住み着いている気配は、以前からあった。だがロストテクノロジーの塊ゆえ、迂闊に足を踏み入れることはできなかったのだ。学者や錬金術師を派遣し、少しずつ入り口付近から探索を続けていたという状態でな。我々としても持て余していた」


 とバースは語る。眉間に寄せられた深い縦皺から、この男が心底国を憂いていることがわかる。

 しょうもない勘違いから始まったクーデターだが、彼が大統領になったこと自体は正解かもしれないな、とカイルは思った。


「となると、地下をねぐらとするオークを一匹残らず始末すればいいわけだな」

「……そう簡単にいくかね? 我が国の水道は強力な魔法防壁が施されており、トラップも確認されている。大規模な討伐部隊を編成する必要があるだろう。人員は私が手配するゆえ、君はその指揮官となってもらいたい」

「ちなみにどんな形式のトラップなんだ?」

「賢者ウォンの考案した、フラミンゴトラップだな」


 ああ、あの地面から巨大なハサミが出現して、侵入者の脚を断ち切るタイプの罠か、とカイルは頷く。

 やたらと頑丈な材質でできているため、破壊困難のトラップと知られており、数多の冒険者が片足をもぎ取られてきた。

 ゆえに付いた呼び名が、フラミンゴトラップ。


(未来の世界では、とっくに対策法が見つかっているんだがな)


 前世のカイルは、勇者パーティーに所属していた頃、何度かこの罠を解除したことがある。

 何も問題にならない。


「その罠なら解除できる。すぐにでも地下に行こう」

「……何を言ってるんだ? あの罠の構造はまだ誰も解析していない! 将来の婿を危険な目に遭わせるわけにいはいかん、人員を用意して、入念な準備を進めてから……」


 バースの話も終わらないうちに、カイルは足元の排水溝に飛び降りた。

 重力制御魔法で体重を軽減し、難なく地下水道に着地する。

 頭上では、バースとモニカが驚愕の声を上げていた。


「……無謀な真似を! 私もすぐにそちらに向かう、絶対に動くな!」


 数分ほど待っていると、縄梯子がするすると下りてきて、バース・モニカ親子がゆっくりと降りて来た。

 護衛の兵士らしきものもやって来たので、一気に大所帯となる。

 

「しかし、カイル君はあの高さから降りてなぜ平気なのだね? いくら魔法で肉体を強化していても、膝にきそうなものだが」

「体重を軽減させただけだが」

「……冗談だろう? そんな魔法は存在しない」


 いつも使ってるんだがな、と不敵に笑いながら、カイルは足を進める。

 

「待つんだ! どこにフラミンゴトラップが発動するかわからない以上――」

「これか?」


 言いながら、カイルは床板を剥がした。中に眠っていた金属製のハサミを、ずるずると引っ張り出してみせる。


「な……!? 不発……だと……!?」

「あの少年、確かにトラップ周辺の床板を踏んでいた! なのになぜ無事でいられるのだ!?」


 ざわつく兵士達に、カイルはタネを説明する。


「フラミンゴトラップは、人間の体重を感知して発動する仕組みになっている。……これを考案した輩は、よほど人間が嫌いだったのだろうな。トラップ周辺に成人男性くらいの重量がかかると、ハサミが出現するようになっているのだ。おかげで極端に重すぎるモンスターや、軽すぎる小動物であれば難なく罠の上を歩ける。……人間の冒険者であっても、小柄な女や老人であれば、罠が不発に終わることがあっただろう?」

「た、確かに……なるほど、フラミンゴトラップは、大人の男を狙い撃ちしたものだったのか……いや、待て。その理屈でいくと、君が無事でいられる説明がつかない。どう見ても君の体格は、成人男性並みだ。体重だってそうだろう」

「だから言ったではないか、俺は重力を制御できると。今の俺は、体重を普段の三分の一にしてある。これなら罠は発動しない」


 バースは信じられない、という顔をしている。


「馬鹿な……なら君は……本当に重さを操れるのか……?……君の、君のその魔法知識は一体……」


 四年後の未来から転生してきた、といっても混乱するだけだろう。

 なのでカイルは、「球速が上がったら自然に魔法も上手くなった」とほらを吹いた。


「ストレートを投げるためのテクニックと、重さを操作するテクニックはよく似ている。ピッチングは体重移動が大事だからな」

「そういうものなのか……野手の私にはわからない世界だが……さすが速球派投手といったところか……」

「わかったならそれでいい。来い、お前らの体重も軽減してやろう」


 王都のピッチャーってやべえな……と兵士達がざわつく。

 一方モニカは、「そうなんです、私の恋人はやばいんです」と誇らしげに胸を張っている。


「明かりが要るな」


 全員に重量軽減をかけたのを確認すると、カイルは閃光魔法を唱えた。

 明るくなった視界は、ここが魔物の世界から、人間の世界に切り替わったことを示していた。


 ふとカイルが足元を見下ろすと、数滴の血痕が見えた。

 血の雫は、点々と道の奥まで続いている。


「所詮は豚人間。食い散らかしが多いな」


 カイルはさっそく、血痕を辿るようにして歩き始めた。

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