第63話 私の彼は総司令官

「――なら、王都もはめられたというのか?」

 

 その通り、とカイルは頷く。

 神妙な顔をして「大体全部オークが悪いのだ……」と呟いてみたところ、バースが食いついてきたのだ。


「王都にいたオークは、バザロフという男が連れ込んでいた。そいつは確かに魔王側に寝返った内通者だったが、俺が捕まえた。今頃は裁判所で懲役期間クジの真っ最中だろうさ。大当たりが出ればいいんだがな」

「……では、サッカー派に鞍替えした件についてはどうなる?」

「魔法サッカー部なら、俺が潰した。あそこのエースを暴力で躾けて、グラウンドの使用権を奪い取ってやった。今後、王都は魔法硬球部のレベルが上がるに違いない。いずれお前達が満足するような親睦試合を行なえるようになるだろう」

「……その言葉を信じるとすると、何もかもお前が解決したことになるな?……それなりに鍛えているのは体つきでわかるが、話を盛ってはおらんか?」


 お父様、カイル様はきっと事実を言っておられます、とモニカは告げる。


「カイル様ほどのピッチャーは見たことがありません。球速は音速を軽々と上回り、コントロールも変化球も見事なものです。加えて打力も申し分なく、エースで四番を地で行くお方です。お父様は仰っていたではないですか。エースピッチャーならばなんだってできる、と……」

「それはそうだが……」


 バースはモニカの髪を撫でながら、何か考え事をしていた。

 愛おしむような手つきを見るに、こちらのモニカも娘として認めたようだ。


「ならば試させてもらおう」


 言うなり、バースはテントの出口に向かって歩き出した。


「ついて来い、カイルとやら。三球勝負だ」

「ほう。お前も野球をやるのか?」

「当たり前だろう。男児として生を受けた以上、バットを振り回すのは本能と言っていい。私はこう見えて、若い頃は強打者として鳴らした男だ。お前の投手力、この目で確かめさせてもらう」


 カイルとはモニカは、バースの後を追うようにしてテントを出た。

 血と硝煙の臭いが漂う一角で、謎の三球勝負が始まろうとしていた。

 バースは「ここでいいな」と頷くと、足を止めた。それから魔法でバットを生成し、素振りを開始する。

 ビュゴウ! というスイング音は、彼が傑出した強打者であることを物語っている。


「キャッチャーはモニカに頼むか」


 わかっております、とモニカは頷き、父親の後ろにしゃがみこんだ。


「ボールは……オークの肉片でいいか」


 カイルは、腰に下げていたオークの生首をむんずと掴むと、眼球やら何やらを遠慮なくむしり取った。

 それらを手のひらで圧縮し、容赦なく肉団子をこね始める。

 猟奇的極まりないボールは、ものの数分で完成した。


「初めに言っておくが、俺はストレートしか投げるつもりがない」


 カイルの直球宣言に、「そんなことよりうちの娘に向かって肉団子を投げるつもりか?」とバースは顔をしかめる。


「一々細かい男だな。もういい、投げるぞ」

「ちっ」


 カイルは高々を足を振り上げ、一投目を投じる。


「――シッ!」


 肉の球は、ヒイイィーン……という独特な加速音を放って、モニカの手元へと吸い込まれていく。

 だが、音速を超えた急速は、肉団子の強度で耐えられるものではない。

 魔法でコーティングしたにも関わらず、途中で燃え尽きてしまったのだった。


「む、悪い。もう一個練る」


 カイルがもう一度オークの生首に手を伸ばしたところで、バースが声を発した。


「いや、もういい」


 もうわかった、とバースは言う。


「……なんという……本物だ……お前は本当に、天才投手だったのか……」


 ボールが燃え尽きるほどの速球派など見たことがない、とバースは目を見開いていた。


「確かに……この身体能力ならば、どんな奇跡だって起こせるだろう。そうか、本当にお前が……」


 バースはバットを地面に放り投げると、カイルに向かってずんずんと歩み寄って来た。

 何をするのかと思えば、両手を力強く握りしめてきたではないか。


「頼むカイル……いや、カイル君。共和国を救えるのは君しかいない」


 急に改まった言葉使いに奇妙な感覚を覚えながら、カイルは「なんだ?」とたずねる。


「王都に破壊工作をした瞬間、オークどもが攻め込んできた。これはもう、こちらの情報が漏れていたとしか思えないのだ。……外交的に孤立したタイミングを狙っての襲撃だ。あまりにもできすぎている」

「それで?」

「内通者を見つけ出すのを手伝ってはくれないか」

「それだけか?」

「可能なら、町にいるオークを皆殺しにしてほしい」

「後半はただで引き受けてやろう。俺の趣味とも合致する。だが、内通者の捜索はお前らの尻ぬぐいだろう? 何かしら報酬を用意するべきなんじゃないか?」

「……うちの娘を……モニカとの結婚を、許してやろう。これでどうだ!?」


 カイルからすれば、モニカとの婚約云々は単にこの男と会うための方便だったのだが。

 どうやら本気で籍を入れたがっていると思われたらしい。


「もう一声ないのか?」

「……何を望む?」


 カイルはニヤリと口の端を歪めて言った。


「俺が望むのは、対魔王連合軍だ。今回のゴタゴタが片付いたら、王都側の代表者と話を付けて、同盟関係を修復しろ。それから、魔王討伐に向けて軍備を整えるんだ。何年かかってもいい、究極の武装国家を作り上げろ」

「……それは君にどんな利益があるのだね?」

「俺は魔法学院を卒業したら、勇者になるつもりだ。その際、この国の軍隊を貰い受ける」

「……何……!?」


 よろめくバースに、カイルは続けて要求をぶつける。


「俺は、この国の武力を貰う。全ての軍人、全ての軍馬、全ての兵器は、卒業後に俺が借りる。その武威を用いて、魔王軍に宣戦布告する気だ」

「……それはつまり……王都の人間でありながら、共和国軍の総司令官になるということではないかね?」

「そうかもしれないな」

「馬鹿な……こんなことが……」

「だが、俺以外に魔王を倒しうる人間がいないのも事実だ。お前もよくわかっただろうバース? 俺の投球技術は、スポーツだけでなく戦闘にも生かせる。人間族に最も利益を与える選択はなんだ? 王都と共和国でいがみ合うことか? 違うよな?」


 バースは深く息を吸って、呼吸を整えるような仕草をした。

 それから、意を決したように言う。


「……私も男だ、責任を取ろう。カイル君――君が学院を卒業した暁には、共和国軍総司令官に任命する」

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